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9.迷惑な訪問者と突然の訪問者2
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「ヴィクトリア、わしはこの家の存続にこだわりはない。所詮成り上がり、商売さえできれば我々はどこででも生きて行ける。何も気負うな。破談になっても、むしろこっちが向こうからむしり取ってやるからな!」
「お父様、流石です」
政略結婚を押し付ける家ではなく、こうして守ってくれる親がいる。それだけでもとても恵まれている。
そう思うと、クレメンスは押し付けられた婚約だったなと少し同情した。
望まない婚約だったかも知れないけど、将来結婚するのだから歩み寄る努力をしてほしかったとは思うが。
応接室には、婚約者のクレメンスとその父親で当主の伯爵が待っていた。
「遅いぞ! 上位の我々を待たせるとはどういうことだ!」
「申し訳ありませんが我々には仕事がありますので、突然お越しになられても困ります」
毅然とした態度で無礼なのはお前の達の方だと言い返す。
すると、相手は下位の存在に言い返された怒りで顔を赤くして、つばをまき散らしながら怒鳴り返した。
「は、これだから商売人は! 貴族と名乗りながら卑しい金の亡者が我が伯爵家の家名を汚したのだ、それ相応の慰謝料は払ってもらうからな!」
「父上の言う通りだ。私の名誉がひどく傷ついたのだから、いくばくかの和解金で済むと思うなよ、ヴィクトリア」
「おっしゃる意味が分かりません」
「もう、肉体関係でもあるのか? その男とは。商売人の女は身体で契約を取ると聞くが、お前もそんな卑しい商人だったとは思わなかった」
下碑た笑みを見た瞬間、もうこの関係は戻る事ないと悟った。いや、本当はずっと気づいていたが、見ないふりをしていた。
結婚するのだからと我慢してきて、信頼関係の構築のために努力してきた自分が馬鹿だったと今、心から思う。
向こうははじめから努力していなかったのに。
にやにや笑いながら正面に座る親子と対面していた。
ヴィクトリアの隣には今にも怒鳴り散らして、非常識で迷惑な客を追い出したい雰囲気の父親が同席している。
「もう一度おっしゃっていただいてもよろしいですか?」
唸るような父親の声は怒りで震えていた。
「もちろん。子爵、お前の娘が私の息子と婚約しているのにもかからわず、男と二人で会っている。息子は最近、それを誘っても断られるから何故かと不思議に思い調べたら、そう言う事らしい。地味な顔だちのわりに、男を捕まえるのは得意らしいな?」
不愉快な事を並べ立てられ、ヴィクトリアの父親でこの家の当主に手に力が入っているのをヴィクトリアは見た。
意外と武闘派の父親が暴れ出したら、それこそ大事になりそうで、そっちの方が心配だった。
なにせ、一応相手は格上の伯爵家なのだから。
怪我の一つでも負わせれば、それはそれで厄介。
「大勢見ているんだぞ、子爵。全く、娘一人管理できないとはそれでも貴族の当主かと思うと、恥ずかしい限りだ」
「この件はお前の家の有責だからな。しっかり慰謝料はもらうからぞ、ヴィクトリア。私と婚約しておきながら浮気するとは、恥を知れ。伯爵家、しいてはこの話を持ってきた公爵家の顔に泥を塗る行為なのだから、覚悟しておけよ」
「覚悟も何も、わたくしには身に覚えがありません。もしそうおっしゃるなら、ぜひ訴えて下さい。裁判所でお会いしても、わたくしは問題ありません。むしろ、そちらの方がお困りになるのでは?」
まっすぐ、堂々と返す。
「裁判沙汰など、困るのはお前の方ではないか? 名誉どころか家名にまで泥を塗る事になるぞ?」
「クレメンス殿、伯爵、私は娘を信じております。そして、信用しているからこそ、裁判になっても問題ない! いいか! はっきりとけりを付けさせてもらう!! ここまで我が家を娘を馬鹿にされて黙っていられるか!!」
響く一喝に、ふんぞり返っていた二人が若干気おされていた。
長く腹黒い商売人たちを相手に戦ってきた父と、でっぷり超えた伯爵に甘やかされて育ったクレメンスとでは、人としての格が違う。
そして、ヴィクトリアもそんな父親から教育されてきた。
「一つ言わせていただきますが、そのような事実は一切ありません。それこそ名誉棄損です。それ以上事を大きくして困るのはそちらでは?」
「ふん、汚らわしい商売女が私に口答えとはな。女は大人しく男に従ってだけいればいいんだ! こんな女と一時でも婚約していたなど生涯の恥だ! 婚約破棄させてもらう!」
どれだけ父が促しても、それこそ違約金は不要と解消を打診しても応じることの無かった事がこんなにもあっさりと相手の口から飛び出してきた。
悲しむべきか喜ぶべきか悩むところだった。
父に関してみれば、こちらも怒りで拳が震えている。娘が侮辱され、しかも今さらな婚約破棄の言葉。解消ではなく、破棄。
どちらにしても、ヴィクトリアの多少の傷はついてしまう。
破棄ではなく、どうしてもっと早く解消してくれなかったのか。そうすれば、ヴィクトリアはもっと素晴らしい男性と結婚して、もしかしたら子供の一人でもいたかもしれない。そんな事を思っていそうだ。
そっと、手を上に重ねると、少し力が抜けたのが分かった。
ヴィクトリアは、しっかりと相手を見据えて言葉を紡ぐ。
悲しみではなく、これは好機なのだととらえて。
これ以上、この家門と関わり合いになりたくなかった。
「お父様、流石です」
政略結婚を押し付ける家ではなく、こうして守ってくれる親がいる。それだけでもとても恵まれている。
そう思うと、クレメンスは押し付けられた婚約だったなと少し同情した。
望まない婚約だったかも知れないけど、将来結婚するのだから歩み寄る努力をしてほしかったとは思うが。
応接室には、婚約者のクレメンスとその父親で当主の伯爵が待っていた。
「遅いぞ! 上位の我々を待たせるとはどういうことだ!」
「申し訳ありませんが我々には仕事がありますので、突然お越しになられても困ります」
毅然とした態度で無礼なのはお前の達の方だと言い返す。
すると、相手は下位の存在に言い返された怒りで顔を赤くして、つばをまき散らしながら怒鳴り返した。
「は、これだから商売人は! 貴族と名乗りながら卑しい金の亡者が我が伯爵家の家名を汚したのだ、それ相応の慰謝料は払ってもらうからな!」
「父上の言う通りだ。私の名誉がひどく傷ついたのだから、いくばくかの和解金で済むと思うなよ、ヴィクトリア」
「おっしゃる意味が分かりません」
「もう、肉体関係でもあるのか? その男とは。商売人の女は身体で契約を取ると聞くが、お前もそんな卑しい商人だったとは思わなかった」
下碑た笑みを見た瞬間、もうこの関係は戻る事ないと悟った。いや、本当はずっと気づいていたが、見ないふりをしていた。
結婚するのだからと我慢してきて、信頼関係の構築のために努力してきた自分が馬鹿だったと今、心から思う。
向こうははじめから努力していなかったのに。
にやにや笑いながら正面に座る親子と対面していた。
ヴィクトリアの隣には今にも怒鳴り散らして、非常識で迷惑な客を追い出したい雰囲気の父親が同席している。
「もう一度おっしゃっていただいてもよろしいですか?」
唸るような父親の声は怒りで震えていた。
「もちろん。子爵、お前の娘が私の息子と婚約しているのにもかからわず、男と二人で会っている。息子は最近、それを誘っても断られるから何故かと不思議に思い調べたら、そう言う事らしい。地味な顔だちのわりに、男を捕まえるのは得意らしいな?」
不愉快な事を並べ立てられ、ヴィクトリアの父親でこの家の当主に手に力が入っているのをヴィクトリアは見た。
意外と武闘派の父親が暴れ出したら、それこそ大事になりそうで、そっちの方が心配だった。
なにせ、一応相手は格上の伯爵家なのだから。
怪我の一つでも負わせれば、それはそれで厄介。
「大勢見ているんだぞ、子爵。全く、娘一人管理できないとはそれでも貴族の当主かと思うと、恥ずかしい限りだ」
「この件はお前の家の有責だからな。しっかり慰謝料はもらうからぞ、ヴィクトリア。私と婚約しておきながら浮気するとは、恥を知れ。伯爵家、しいてはこの話を持ってきた公爵家の顔に泥を塗る行為なのだから、覚悟しておけよ」
「覚悟も何も、わたくしには身に覚えがありません。もしそうおっしゃるなら、ぜひ訴えて下さい。裁判所でお会いしても、わたくしは問題ありません。むしろ、そちらの方がお困りになるのでは?」
まっすぐ、堂々と返す。
「裁判沙汰など、困るのはお前の方ではないか? 名誉どころか家名にまで泥を塗る事になるぞ?」
「クレメンス殿、伯爵、私は娘を信じております。そして、信用しているからこそ、裁判になっても問題ない! いいか! はっきりとけりを付けさせてもらう!! ここまで我が家を娘を馬鹿にされて黙っていられるか!!」
響く一喝に、ふんぞり返っていた二人が若干気おされていた。
長く腹黒い商売人たちを相手に戦ってきた父と、でっぷり超えた伯爵に甘やかされて育ったクレメンスとでは、人としての格が違う。
そして、ヴィクトリアもそんな父親から教育されてきた。
「一つ言わせていただきますが、そのような事実は一切ありません。それこそ名誉棄損です。それ以上事を大きくして困るのはそちらでは?」
「ふん、汚らわしい商売女が私に口答えとはな。女は大人しく男に従ってだけいればいいんだ! こんな女と一時でも婚約していたなど生涯の恥だ! 婚約破棄させてもらう!」
どれだけ父が促しても、それこそ違約金は不要と解消を打診しても応じることの無かった事がこんなにもあっさりと相手の口から飛び出してきた。
悲しむべきか喜ぶべきか悩むところだった。
父に関してみれば、こちらも怒りで拳が震えている。娘が侮辱され、しかも今さらな婚約破棄の言葉。解消ではなく、破棄。
どちらにしても、ヴィクトリアの多少の傷はついてしまう。
破棄ではなく、どうしてもっと早く解消してくれなかったのか。そうすれば、ヴィクトリアはもっと素晴らしい男性と結婚して、もしかしたら子供の一人でもいたかもしれない。そんな事を思っていそうだ。
そっと、手を上に重ねると、少し力が抜けたのが分かった。
ヴィクトリアは、しっかりと相手を見据えて言葉を紡ぐ。
悲しみではなく、これは好機なのだととらえて。
これ以上、この家門と関わり合いになりたくなかった。
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