27 / 43
27.
しおりを挟む
「はじめは、妹の幻影を見ていたのは否定しない……俺の目の前でもう二度とアンナの様な不幸な結末にしたくないと……。今は、正直良く分からない」
それはローレンツの本音なのだろうと感じた。
戸惑っているから、話を避けていたのだと知った。
「シアがこの邸宅からいつか出て行く事は分かっている。ずっとここに留めておくことは法律的にも倫理的にも世間的にもなにもかも難しい。それが早いか遅いかの違いで、絶対的な確実な未来だ」
ローレンツが言ったことは間違ってはいない。
アリーシアも、先日話をしたのだ。
しかし、こうしてローレンツにいづれ出て行く人だと言われると、ずきりと胸が痛む。
「俺は、復讐のために金が必要だった。十年以上傭兵として世界中を旅してきて、資金は全て投資した。自分で言うのもなんだが、どうやらそっちの方面の才能はあったらしい。後は貴族になるための後ろ盾が必要だったが、その後ろ盾に王家が買って出てくれるとは思っていなかった」
運が良かったとローレンツは言う。
しかし、そうなると当然義務も生じる。
それはアリーシアが考えていた未来の義務。
結婚だ。
「わたくしが邪魔なのは分かっています。ローレンツ様の足かせにはなりたくはありませんし、なるつもりもありません」
もし、結婚しているアリーシアを何週間もこうして邸宅に住まわせていると世間に知れたら、その悪評はローレンツにもかぶることになる。
それだけはしたくない。
「もし、わたくしに同情してくださっているのなら、それは止めたほうがいいです。わたくしのせいであなたが攻撃対象になってしまうでしょう。王家が後ろ盾となっているのに人妻との醜聞は、きっと快く思われません。本当ならすぐに追い出してもいいはずです」
「いや、それは――……」
「ローレンツ様、あなたが二十年もの間貴族の邸宅で働いていたのなら分かっているはずです。貴族のやり方というものが。戦場に十年以上いても、その教育は根幹にあるのですから。わたくしがあなたの弱みになる恐れがある事も分かっているはずです」
助けた義務があり、保護した責任を感じ、そして三年前起こった出来事の贖罪なのかも知れないが、すでにそれ以上の恩恵を受けているとアリーシアは思った。
少なくとも、貞操と命は目の前のローレンツによって守られた。
それだけでも有難いことだ。
「わたくし、もう歩けます」
「ああ」
「ローレンツ様、ありがとうございます」
アリーシアは微笑んだ。
なぜか、悲しそうに見えるローレンツを元気づけるように。
それなのに、余計に顔が歪んだように思えた。
ぽつりぽつりとシーツに沁みが出来ていった。
あれ? と思うと同時にアリーシアはローレンツに抱きしめられていた。
「悪かった……言い方が良くなかったな。つまり、俺が言いたいのは、何も心配することはないという事だ」
「何を――……」
「ここに居たければ、居たいだけずっとここに居ればいい。俺は迷惑だなんて思っていない。むしろ、ここにいても君が苦労する羽目になる。なにせ、ここはいつでも人手不足だ。しかも管理が行き届いているとは言い難い」
ぎゅっと力が強くなった。
「動けるようになったら、アンドレはきっと家政に引っ張り出すだろうし、大変な仕事も押し付けそうだ。動けて理解できるのなら動物だって使うような男だ」
「それは……」
「俺は、確かに貴族の家で働いていたが、だからと言って女性が担当するべき家政に詳しいわけじゃない。そこまでの教育は受けていない。だから、アンドレに丸投げしているが、アンドレもそれが負担に思っている節がある」
普通は執事が行う事ではない。
女主人がいないのなら、その時点で侍女長のような女性を統括するような使用人が家政を代理で行う。
「わたくしは……敵ですよ? きっと、ご迷惑をおかけします。すでに厄介事が起こっているのですから」
「敵じゃない。それから、別に俺は貴族の地位がほしかったわけじゃない。復讐するために必要そうだったらもらっただけだ。すべてが終わったら、この国を離れたっていいんだ」
むしろ、そうすることを望んでいるような感じだ。
「だから、貴族の評判なんてどうでもいい。それに、俺が君にここに居てほしいと思っている。ここにいれば、苦労するだろうから離れた方がいいとは思っているが」
「いいのでしょうか……?」
「ここの当主である俺がいいと言っている。使用人も特別反対はしないだろうし、きっととどまってくれることを喜んでくれると思う」
「でも、訴訟が――……」
「むしろ、喜んで受ければいいさ。証人台に俺も登ってやる。証拠は押さえているし、こちらの後ろ盾は王家だ。あんな家に嫁いだことを白紙に出来るならその方がいい」
まるでなんでもないかのようにローレンツはアリーシアを落ち着かせるように撫でた。
今まで、こんな風にアリーシアを守ってくれる人もいなかった。
頼れる人はいなかった。
どう返していいのか分からない。
その腕の中で、ただアリーシアは感謝の涙を流した。
ローレンツの腕の中は温かく、しっかりとしていて、なんの心配もないと安らぎを与えてくれた。
それはローレンツの本音なのだろうと感じた。
戸惑っているから、話を避けていたのだと知った。
「シアがこの邸宅からいつか出て行く事は分かっている。ずっとここに留めておくことは法律的にも倫理的にも世間的にもなにもかも難しい。それが早いか遅いかの違いで、絶対的な確実な未来だ」
ローレンツが言ったことは間違ってはいない。
アリーシアも、先日話をしたのだ。
しかし、こうしてローレンツにいづれ出て行く人だと言われると、ずきりと胸が痛む。
「俺は、復讐のために金が必要だった。十年以上傭兵として世界中を旅してきて、資金は全て投資した。自分で言うのもなんだが、どうやらそっちの方面の才能はあったらしい。後は貴族になるための後ろ盾が必要だったが、その後ろ盾に王家が買って出てくれるとは思っていなかった」
運が良かったとローレンツは言う。
しかし、そうなると当然義務も生じる。
それはアリーシアが考えていた未来の義務。
結婚だ。
「わたくしが邪魔なのは分かっています。ローレンツ様の足かせにはなりたくはありませんし、なるつもりもありません」
もし、結婚しているアリーシアを何週間もこうして邸宅に住まわせていると世間に知れたら、その悪評はローレンツにもかぶることになる。
それだけはしたくない。
「もし、わたくしに同情してくださっているのなら、それは止めたほうがいいです。わたくしのせいであなたが攻撃対象になってしまうでしょう。王家が後ろ盾となっているのに人妻との醜聞は、きっと快く思われません。本当ならすぐに追い出してもいいはずです」
「いや、それは――……」
「ローレンツ様、あなたが二十年もの間貴族の邸宅で働いていたのなら分かっているはずです。貴族のやり方というものが。戦場に十年以上いても、その教育は根幹にあるのですから。わたくしがあなたの弱みになる恐れがある事も分かっているはずです」
助けた義務があり、保護した責任を感じ、そして三年前起こった出来事の贖罪なのかも知れないが、すでにそれ以上の恩恵を受けているとアリーシアは思った。
少なくとも、貞操と命は目の前のローレンツによって守られた。
それだけでも有難いことだ。
「わたくし、もう歩けます」
「ああ」
「ローレンツ様、ありがとうございます」
アリーシアは微笑んだ。
なぜか、悲しそうに見えるローレンツを元気づけるように。
それなのに、余計に顔が歪んだように思えた。
ぽつりぽつりとシーツに沁みが出来ていった。
あれ? と思うと同時にアリーシアはローレンツに抱きしめられていた。
「悪かった……言い方が良くなかったな。つまり、俺が言いたいのは、何も心配することはないという事だ」
「何を――……」
「ここに居たければ、居たいだけずっとここに居ればいい。俺は迷惑だなんて思っていない。むしろ、ここにいても君が苦労する羽目になる。なにせ、ここはいつでも人手不足だ。しかも管理が行き届いているとは言い難い」
ぎゅっと力が強くなった。
「動けるようになったら、アンドレはきっと家政に引っ張り出すだろうし、大変な仕事も押し付けそうだ。動けて理解できるのなら動物だって使うような男だ」
「それは……」
「俺は、確かに貴族の家で働いていたが、だからと言って女性が担当するべき家政に詳しいわけじゃない。そこまでの教育は受けていない。だから、アンドレに丸投げしているが、アンドレもそれが負担に思っている節がある」
普通は執事が行う事ではない。
女主人がいないのなら、その時点で侍女長のような女性を統括するような使用人が家政を代理で行う。
「わたくしは……敵ですよ? きっと、ご迷惑をおかけします。すでに厄介事が起こっているのですから」
「敵じゃない。それから、別に俺は貴族の地位がほしかったわけじゃない。復讐するために必要そうだったらもらっただけだ。すべてが終わったら、この国を離れたっていいんだ」
むしろ、そうすることを望んでいるような感じだ。
「だから、貴族の評判なんてどうでもいい。それに、俺が君にここに居てほしいと思っている。ここにいれば、苦労するだろうから離れた方がいいとは思っているが」
「いいのでしょうか……?」
「ここの当主である俺がいいと言っている。使用人も特別反対はしないだろうし、きっととどまってくれることを喜んでくれると思う」
「でも、訴訟が――……」
「むしろ、喜んで受ければいいさ。証人台に俺も登ってやる。証拠は押さえているし、こちらの後ろ盾は王家だ。あんな家に嫁いだことを白紙に出来るならその方がいい」
まるでなんでもないかのようにローレンツはアリーシアを落ち着かせるように撫でた。
今まで、こんな風にアリーシアを守ってくれる人もいなかった。
頼れる人はいなかった。
どう返していいのか分からない。
その腕の中で、ただアリーシアは感謝の涙を流した。
ローレンツの腕の中は温かく、しっかりとしていて、なんの心配もないと安らぎを与えてくれた。
52
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください
無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――
能力持ちの若き夫人は、冷遇夫から去る
基本二度寝
恋愛
「婚姻は王命だ。私に愛されようなんて思うな」
若き宰相次官のボルスターは、薄い夜着を纏って寝台に腰掛けている今日妻になったばかりのクエッカに向かって言い放った。
実力でその立場までのし上がったボルスターには敵が多かった。
一目惚れをしたクエッカに想いを伝えたかったが、政敵から彼女がボルスターの弱点になる事を悟られるわけには行かない。
巻き込みたくない気持ちとそれでも一緒にいたいという欲望が鬩ぎ合っていた。
ボルスターは国王陛下に願い、その令嬢との婚姻を王命という形にしてもらうことで、彼女との婚姻はあくまで命令で、本意ではないという態度を取ることで、ボルスターはめでたく彼女を手中に収めた。
けれど。
「旦那様。お久しぶりです。離縁してください」
結婚から半年後に、ボルスターは離縁を突きつけられたのだった。
※復縁、元サヤ無しです。
※時系列と視点がコロコロゴロゴロ変わるのでタイトル入れました
※えろありです
※ボルスター主人公のつもりが、端役になってます(どうしてだ)
※タイトル変更→旧題:黒い結婚
傲慢な伯爵は追い出した妻に愛を乞う
ノルジャン
恋愛
「堕ろせ。子どもはまた出来る」夫ランドルフに不貞を疑われたジュリア。誤解を解こうとランドルフを追いかけたところ、階段から転げ落ちてしまった。流産したと勘違いしたランドルフは「よかったじゃないか」と言い放った。ショックを受けたジュリアは、ランドルフの子どもを身籠ったまま彼の元を去ることに。昔お世話になった学校の先生、ケビンの元を訪ね、彼の支えの下で無事に子どもが生まれた。だがそんな中、夫ランドルフが現れて――?
エブリスタ、ムーンライトノベルズにて投稿したものを加筆改稿しております。
従姉の子を義母から守るために婚約しました。
しゃーりん
恋愛
ジェットには6歳年上の従姉チェルシーがいた。
しかし、彼女は事故で亡くなってしまった。まだ小さい娘を残して。
再婚した従姉の夫ウォルトは娘シャルロッテの立場が不安になり、娘をジェットの家に預けてきた。婚約者として。
シャルロッテが15歳になるまでは、婚約者でいる必要があるらしい。
ところが、シャルロッテが13歳の時、公爵家に帰ることになった。
当然、婚約は白紙に戻ると思っていたジェットだが、シャルロッテの気持ち次第となって…
歳の差13歳のジェットとシャルロッテのお話です。
どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。
無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。
彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。
ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。
居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。
こんな旦那様、いりません!
誰か、私の旦那様を貰って下さい……。
愛さないと言うけれど、婚家の跡継ぎは産みます
基本二度寝
恋愛
「君と結婚はするよ。愛することは無理だけどね」
婚約者はミレーユに恋人の存在を告げた。
愛する女は彼女だけとのことらしい。
相手から、侯爵家から望まれた婚約だった。
真面目で誠実な侯爵当主が、息子の嫁にミレーユを是非にと望んだ。
だから、娘を溺愛する父も認めた婚約だった。
「父も知っている。寧ろ好きにしろって言われたからね。でも、ミレーユとの婚姻だけは好きにはできなかった。どうせなら愛する女を妻に持ちたかったのに」
彼はミレーユを愛していない。愛する気もない。
しかし、結婚はするという。
結婚さえすれば、これまで通り好きに生きていいと言われているらしい。
あの侯爵がこんなに息子に甘かったなんて。
お飾り王妃だって幸せを望んでも構わないでしょう?
基本二度寝
恋愛
王太子だったベアディスは結婚し即位した。
彼の妻となった王妃サリーシアは今日もため息を吐いている。
仕事は有能でも、ベアディスとサリーシアは性格が合わないのだ。
王は今日も愛妾のもとへ通う。
妃はそれは構わないと思っている。
元々学園時代に、今の愛妾である男爵令嬢リリネーゼと結ばれたいがために王はサリーシアに婚約破棄を突きつけた。
しかし、実際サリーシアが居なくなれば教育もままなっていないリリネーゼが彼女同様の公務が行えるはずもなく。
廃嫡を回避するために、ベアディスは恥知らずにもサリーシアにお飾り妃となれと命じた。
王家の臣下にしかなかった公爵家がそれを拒むこともできず、サリーシアはお飾り王妃となった。
しかし、彼女は自身が幸せになる事を諦めたわけではない。
虎視眈々と、離縁を計画していたのであった。
※初っ端から乳弄られてます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる