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時がゆっくりと過ぎていく。
アリーシアは涙が収まると、途端に恥ずかしくなり、そっとローレンツから離れる。
ローレンツの方もそんなアリーシアを離し、どこかお互い気まずげに視線をさまよわせた。
「あの……申し訳ありません。わたくし、こんなはしたないことを」
「いや、こちらこそすまなかった」
一応人妻であるアリーシアだが、夫やほかの親族を含めた男性に、こんな風に抱きしめられたことがなく、自然と頬が熱くなる。
「ところで、勝手に色々言ってしまったが、君には離婚の意思はあるのだろうか……」
貴族の離婚の多くは妻側が泥をかぶることがほとんどだ。
そして、そうすれば社交界では生きてはいけない上に、家の不名誉になるのでどこか田舎の修道院にいれられるか、最悪勘当される。
もちろん、再婚することなどまず不可能に近い。
アリーシアの場合、家族は絶対に受け入れてくれないことが分かっている。
行く先もない状況だが、それでもアリーシアははっきりと頷いた。
「もし、別れられるのならそうしたいです」
どちらにしても、あんな風にアリーシアを切り捨てた人と一緒に暮らしていくなんて到底無理だ。
それなら泥をかぶって、家族から勘当された方がましだとも思う。
「分かった……近々、君の実家には話を通しておこう。前にも言ったが、ここに居る限り手出しは出来ない。それは伯爵家の者も、君の生家もだ」
家の中の事をこなす使用人は少なくても、内外を警護する人は多いのだそうだ。
職業柄、人から恨みを買うことは多々あるせいか、警備は厳重。
それこそ、数で押し入ってこな限りは安全との事だ。
詳しく聞いたことが無かったが、やはりそれなりに有名な傭兵団を雇っているようだ。
ローレンツ自身も十年以上も傭兵として戦場を駆け巡ってきたので、かなり強いと聞いている。
そんな邸宅に忍び込もうとする方が無謀だ。
「話が進めば神殿に徴集されるが、その時も付きそう。ああ、心配はしなくてもいい。神殿は金の亡者だ。袖の下さえ払っておけば、無碍な扱いはされない」
「それは……」
暗黙の了解、周知の事実ではあるが、あからさまに言うのは憚られる。
「一応平等をうたっているから、普通は一方的にならないが、資金の差で扱いは雲泥の差だ。まあ、そのせいでほとんど男側が勝つのもまた事実」
「あの、お金は――……」
「そのうちに。今は気にしなくてもいい」
どこか楽しそうに計画を練っていく。
彼は復讐するためにいろいろ準備してきたはずなのに、今はアリーシアの事に乗り気になっている。
離婚訴訟は、もしかしたらローレンツにとっても得難い機会なのかも知れない。
とにかく、アリーシアが離婚を決意した瞬間にはすでに色々決まっていたかのように動き出す。
もとより頭は悪くなく、教育もされてきている。
そして十年以上戦場で生き抜いてきたせいか、それとも元来の性格なのか少しの考えに即座に決定を下していく。
一瞬の判断の迷いが致命傷になるとでも言わんばかりに。
「早ければ早い方がいい」
というのが彼の言い分だ。
そもそもアリーシアはほとんど外の情報を知らないので、全て任せることしか出来なかった。
しかし、何かを企んでいるような彼は楽しそうだ。
「離婚後の生活を考えているのなら、大丈夫。ここで雇っても構わないしな。君はきちんと教育を受けてきたから、きっと女性視点でこの邸宅に足りないものを――……いや、つまりだ! 別にこの邸宅でこき使いたくて離婚を進めているわけではなく……」
「わかっております。ローレンス様がお優しいことは」
「俺は別に優しくない。自分の益になるからやっている。そう言ったら幻滅するか?」
伺うようなローレンツにアリーシアは、首を振った。
今さらそんな風に言われても、人となりはアリーシアとてもう分かっている。
ローレンツは優しく親切だ。
そして頼りがいがあって、行動力もある。
恐ろしく重い過去があって、復讐する事だけを考えて生きてきた割に、彼はあまりにも善良だった。
復讐のためだけにアリーシアを利用して捨てればいいのに、そうしない。
だから脅しの様にいわれたところで、幻滅などしない。
おそらくは、益になるという事も事実の一つだが、それ以上にローレンツはきっとアリーシアを巻き込んだことを後悔しているのだと思った。
優しい人だからこそ、無関係な人を巻き込みたくなかったのだ。
「わたくしは、大丈夫です」
困ったように微笑みながら、アリーシアは言った。
もし利用されていても、構わなかった。
こんなに良くしてもらえた事実だけは本物だから。
しかし、最後までアリーシアに対して責任を持とうとする姿に、どこかで悲しくなる自分がいた。
アリーシアは涙が収まると、途端に恥ずかしくなり、そっとローレンツから離れる。
ローレンツの方もそんなアリーシアを離し、どこかお互い気まずげに視線をさまよわせた。
「あの……申し訳ありません。わたくし、こんなはしたないことを」
「いや、こちらこそすまなかった」
一応人妻であるアリーシアだが、夫やほかの親族を含めた男性に、こんな風に抱きしめられたことがなく、自然と頬が熱くなる。
「ところで、勝手に色々言ってしまったが、君には離婚の意思はあるのだろうか……」
貴族の離婚の多くは妻側が泥をかぶることがほとんどだ。
そして、そうすれば社交界では生きてはいけない上に、家の不名誉になるのでどこか田舎の修道院にいれられるか、最悪勘当される。
もちろん、再婚することなどまず不可能に近い。
アリーシアの場合、家族は絶対に受け入れてくれないことが分かっている。
行く先もない状況だが、それでもアリーシアははっきりと頷いた。
「もし、別れられるのならそうしたいです」
どちらにしても、あんな風にアリーシアを切り捨てた人と一緒に暮らしていくなんて到底無理だ。
それなら泥をかぶって、家族から勘当された方がましだとも思う。
「分かった……近々、君の実家には話を通しておこう。前にも言ったが、ここに居る限り手出しは出来ない。それは伯爵家の者も、君の生家もだ」
家の中の事をこなす使用人は少なくても、内外を警護する人は多いのだそうだ。
職業柄、人から恨みを買うことは多々あるせいか、警備は厳重。
それこそ、数で押し入ってこな限りは安全との事だ。
詳しく聞いたことが無かったが、やはりそれなりに有名な傭兵団を雇っているようだ。
ローレンツ自身も十年以上も傭兵として戦場を駆け巡ってきたので、かなり強いと聞いている。
そんな邸宅に忍び込もうとする方が無謀だ。
「話が進めば神殿に徴集されるが、その時も付きそう。ああ、心配はしなくてもいい。神殿は金の亡者だ。袖の下さえ払っておけば、無碍な扱いはされない」
「それは……」
暗黙の了解、周知の事実ではあるが、あからさまに言うのは憚られる。
「一応平等をうたっているから、普通は一方的にならないが、資金の差で扱いは雲泥の差だ。まあ、そのせいでほとんど男側が勝つのもまた事実」
「あの、お金は――……」
「そのうちに。今は気にしなくてもいい」
どこか楽しそうに計画を練っていく。
彼は復讐するためにいろいろ準備してきたはずなのに、今はアリーシアの事に乗り気になっている。
離婚訴訟は、もしかしたらローレンツにとっても得難い機会なのかも知れない。
とにかく、アリーシアが離婚を決意した瞬間にはすでに色々決まっていたかのように動き出す。
もとより頭は悪くなく、教育もされてきている。
そして十年以上戦場で生き抜いてきたせいか、それとも元来の性格なのか少しの考えに即座に決定を下していく。
一瞬の判断の迷いが致命傷になるとでも言わんばかりに。
「早ければ早い方がいい」
というのが彼の言い分だ。
そもそもアリーシアはほとんど外の情報を知らないので、全て任せることしか出来なかった。
しかし、何かを企んでいるような彼は楽しそうだ。
「離婚後の生活を考えているのなら、大丈夫。ここで雇っても構わないしな。君はきちんと教育を受けてきたから、きっと女性視点でこの邸宅に足りないものを――……いや、つまりだ! 別にこの邸宅でこき使いたくて離婚を進めているわけではなく……」
「わかっております。ローレンス様がお優しいことは」
「俺は別に優しくない。自分の益になるからやっている。そう言ったら幻滅するか?」
伺うようなローレンツにアリーシアは、首を振った。
今さらそんな風に言われても、人となりはアリーシアとてもう分かっている。
ローレンツは優しく親切だ。
そして頼りがいがあって、行動力もある。
恐ろしく重い過去があって、復讐する事だけを考えて生きてきた割に、彼はあまりにも善良だった。
復讐のためだけにアリーシアを利用して捨てればいいのに、そうしない。
だから脅しの様にいわれたところで、幻滅などしない。
おそらくは、益になるという事も事実の一つだが、それ以上にローレンツはきっとアリーシアを巻き込んだことを後悔しているのだと思った。
優しい人だからこそ、無関係な人を巻き込みたくなかったのだ。
「わたくしは、大丈夫です」
困ったように微笑みながら、アリーシアは言った。
もし利用されていても、構わなかった。
こんなに良くしてもらえた事実だけは本物だから。
しかし、最後までアリーシアに対して責任を持とうとする姿に、どこかで悲しくなる自分がいた。
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