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「はじめは、妹の幻影を見ていたのは否定しない……俺の目の前でもう二度とアンナの様な不幸な結末にしたくないと……。今は、正直良く分からない」
それはローレンツの本音なのだろうと感じた。
戸惑っているから、話を避けていたのだと知った。
「シアがこの邸宅からいつか出て行く事は分かっている。ずっとここに留めておくことは法律的にも倫理的にも世間的にもなにもかも難しい。それが早いか遅いかの違いで、絶対的な確実な未来だ」
ローレンツが言ったことは間違ってはいない。
アリーシアも、先日話をしたのだ。
しかし、こうしてローレンツにいづれ出て行く人だと言われると、ずきりと胸が痛む。
「俺は、復讐のために金が必要だった。十年以上傭兵として世界中を旅してきて、資金は全て投資した。自分で言うのもなんだが、どうやらそっちの方面の才能はあったらしい。後は貴族になるための後ろ盾が必要だったが、その後ろ盾に王家が買って出てくれるとは思っていなかった」
運が良かったとローレンツは言う。
しかし、そうなると当然義務も生じる。
それはアリーシアが考えていた未来の義務。
結婚だ。
「わたくしが邪魔なのは分かっています。ローレンツ様の足かせにはなりたくはありませんし、なるつもりもありません」
もし、結婚しているアリーシアを何週間もこうして邸宅に住まわせていると世間に知れたら、その悪評はローレンツにもかぶることになる。
それだけはしたくない。
「もし、わたくしに同情してくださっているのなら、それは止めたほうがいいです。わたくしのせいであなたが攻撃対象になってしまうでしょう。王家が後ろ盾となっているのに人妻との醜聞は、きっと快く思われません。本当ならすぐに追い出してもいいはずです」
「いや、それは――……」
「ローレンツ様、あなたが二十年もの間貴族の邸宅で働いていたのなら分かっているはずです。貴族のやり方というものが。戦場に十年以上いても、その教育は根幹にあるのですから。わたくしがあなたの弱みになる恐れがある事も分かっているはずです」
助けた義務があり、保護した責任を感じ、そして三年前起こった出来事の贖罪なのかも知れないが、すでにそれ以上の恩恵を受けているとアリーシアは思った。
少なくとも、貞操と命は目の前のローレンツによって守られた。
それだけでも有難いことだ。
「わたくし、もう歩けます」
「ああ」
「ローレンツ様、ありがとうございます」
アリーシアは微笑んだ。
なぜか、悲しそうに見えるローレンツを元気づけるように。
それなのに、余計に顔が歪んだように思えた。
ぽつりぽつりとシーツに沁みが出来ていった。
あれ? と思うと同時にアリーシアはローレンツに抱きしめられていた。
「悪かった……言い方が良くなかったな。つまり、俺が言いたいのは、何も心配することはないという事だ」
「何を――……」
「ここに居たければ、居たいだけずっとここに居ればいい。俺は迷惑だなんて思っていない。むしろ、ここにいても君が苦労する羽目になる。なにせ、ここはいつでも人手不足だ。しかも管理が行き届いているとは言い難い」
ぎゅっと力が強くなった。
「動けるようになったら、アンドレはきっと家政に引っ張り出すだろうし、大変な仕事も押し付けそうだ。動けて理解できるのなら動物だって使うような男だ」
「それは……」
「俺は、確かに貴族の家で働いていたが、だからと言って女性が担当するべき家政に詳しいわけじゃない。そこまでの教育は受けていない。だから、アンドレに丸投げしているが、アンドレもそれが負担に思っている節がある」
普通は執事が行う事ではない。
女主人がいないのなら、その時点で侍女長のような女性を統括するような使用人が家政を代理で行う。
「わたくしは……敵ですよ? きっと、ご迷惑をおかけします。すでに厄介事が起こっているのですから」
「敵じゃない。それから、別に俺は貴族の地位がほしかったわけじゃない。復讐するために必要そうだったらもらっただけだ。すべてが終わったら、この国を離れたっていいんだ」
むしろ、そうすることを望んでいるような感じだ。
「だから、貴族の評判なんてどうでもいい。それに、俺が君にここに居てほしいと思っている。ここにいれば、苦労するだろうから離れた方がいいとは思っているが」
「いいのでしょうか……?」
「ここの当主である俺がいいと言っている。使用人も特別反対はしないだろうし、きっととどまってくれることを喜んでくれると思う」
「でも、訴訟が――……」
「むしろ、喜んで受ければいいさ。証人台に俺も登ってやる。証拠は押さえているし、こちらの後ろ盾は王家だ。あんな家に嫁いだことを白紙に出来るならその方がいい」
まるでなんでもないかのようにローレンツはアリーシアを落ち着かせるように撫でた。
今まで、こんな風にアリーシアを守ってくれる人もいなかった。
頼れる人はいなかった。
どう返していいのか分からない。
その腕の中で、ただアリーシアは感謝の涙を流した。
ローレンツの腕の中は温かく、しっかりとしていて、なんの心配もないと安らぎを与えてくれた。
それはローレンツの本音なのだろうと感じた。
戸惑っているから、話を避けていたのだと知った。
「シアがこの邸宅からいつか出て行く事は分かっている。ずっとここに留めておくことは法律的にも倫理的にも世間的にもなにもかも難しい。それが早いか遅いかの違いで、絶対的な確実な未来だ」
ローレンツが言ったことは間違ってはいない。
アリーシアも、先日話をしたのだ。
しかし、こうしてローレンツにいづれ出て行く人だと言われると、ずきりと胸が痛む。
「俺は、復讐のために金が必要だった。十年以上傭兵として世界中を旅してきて、資金は全て投資した。自分で言うのもなんだが、どうやらそっちの方面の才能はあったらしい。後は貴族になるための後ろ盾が必要だったが、その後ろ盾に王家が買って出てくれるとは思っていなかった」
運が良かったとローレンツは言う。
しかし、そうなると当然義務も生じる。
それはアリーシアが考えていた未来の義務。
結婚だ。
「わたくしが邪魔なのは分かっています。ローレンツ様の足かせにはなりたくはありませんし、なるつもりもありません」
もし、結婚しているアリーシアを何週間もこうして邸宅に住まわせていると世間に知れたら、その悪評はローレンツにもかぶることになる。
それだけはしたくない。
「もし、わたくしに同情してくださっているのなら、それは止めたほうがいいです。わたくしのせいであなたが攻撃対象になってしまうでしょう。王家が後ろ盾となっているのに人妻との醜聞は、きっと快く思われません。本当ならすぐに追い出してもいいはずです」
「いや、それは――……」
「ローレンツ様、あなたが二十年もの間貴族の邸宅で働いていたのなら分かっているはずです。貴族のやり方というものが。戦場に十年以上いても、その教育は根幹にあるのですから。わたくしがあなたの弱みになる恐れがある事も分かっているはずです」
助けた義務があり、保護した責任を感じ、そして三年前起こった出来事の贖罪なのかも知れないが、すでにそれ以上の恩恵を受けているとアリーシアは思った。
少なくとも、貞操と命は目の前のローレンツによって守られた。
それだけでも有難いことだ。
「わたくし、もう歩けます」
「ああ」
「ローレンツ様、ありがとうございます」
アリーシアは微笑んだ。
なぜか、悲しそうに見えるローレンツを元気づけるように。
それなのに、余計に顔が歪んだように思えた。
ぽつりぽつりとシーツに沁みが出来ていった。
あれ? と思うと同時にアリーシアはローレンツに抱きしめられていた。
「悪かった……言い方が良くなかったな。つまり、俺が言いたいのは、何も心配することはないという事だ」
「何を――……」
「ここに居たければ、居たいだけずっとここに居ればいい。俺は迷惑だなんて思っていない。むしろ、ここにいても君が苦労する羽目になる。なにせ、ここはいつでも人手不足だ。しかも管理が行き届いているとは言い難い」
ぎゅっと力が強くなった。
「動けるようになったら、アンドレはきっと家政に引っ張り出すだろうし、大変な仕事も押し付けそうだ。動けて理解できるのなら動物だって使うような男だ」
「それは……」
「俺は、確かに貴族の家で働いていたが、だからと言って女性が担当するべき家政に詳しいわけじゃない。そこまでの教育は受けていない。だから、アンドレに丸投げしているが、アンドレもそれが負担に思っている節がある」
普通は執事が行う事ではない。
女主人がいないのなら、その時点で侍女長のような女性を統括するような使用人が家政を代理で行う。
「わたくしは……敵ですよ? きっと、ご迷惑をおかけします。すでに厄介事が起こっているのですから」
「敵じゃない。それから、別に俺は貴族の地位がほしかったわけじゃない。復讐するために必要そうだったらもらっただけだ。すべてが終わったら、この国を離れたっていいんだ」
むしろ、そうすることを望んでいるような感じだ。
「だから、貴族の評判なんてどうでもいい。それに、俺が君にここに居てほしいと思っている。ここにいれば、苦労するだろうから離れた方がいいとは思っているが」
「いいのでしょうか……?」
「ここの当主である俺がいいと言っている。使用人も特別反対はしないだろうし、きっととどまってくれることを喜んでくれると思う」
「でも、訴訟が――……」
「むしろ、喜んで受ければいいさ。証人台に俺も登ってやる。証拠は押さえているし、こちらの後ろ盾は王家だ。あんな家に嫁いだことを白紙に出来るならその方がいい」
まるでなんでもないかのようにローレンツはアリーシアを落ち着かせるように撫でた。
今まで、こんな風にアリーシアを守ってくれる人もいなかった。
頼れる人はいなかった。
どう返していいのか分からない。
その腕の中で、ただアリーシアは感謝の涙を流した。
ローレンツの腕の中は温かく、しっかりとしていて、なんの心配もないと安らぎを与えてくれた。
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