33 / 43
33.
しおりを挟む
結局、ローレンツはアリーシアの衣装を色々買い込んだ。
いらないと言ったところで聞かないのだから、アリーシアにはどうしようもなかった。
しかも、アリスもアンドレも勧めてきて、誰も主の散財を止めようとしないのだから、アリーシア一人で立ち向かったところで無駄なのは分かりきっていた。
困り果てたアリーシアを楽し気に見ているのはザックだ。
アリーシアを見ているというよりも、ローレンツを見ていると言ったほうが正しい。
許可が出れば今すぐにでも大笑いしそうな雰囲気でにやにや見ている。
何がそんなに楽しいのかアリーシアには分からないが、結局彼もローレンツを止める気配はなかった。
「金は腐る程あるから問題ない」
「旦那様はため込むしか能がないので、こうしてたまには経済を動かさなければなりません」
「そうですよ! お金は使ってこそです」
「いいんじゃね? 自分の金をどう使おうが、自分の勝手だろ?」
「しかし、限度と言うものが――……」
アリーシアの言い分もあるが、それは黙殺された。
「金のないどこかの伯爵家と一緒にしてもらっては困る。それこそ、俺に対する侮辱だ」
「そんな事……」
「まあまあ、わたくしとしては、いいと思います? 好きにさせておけばいいんですよ。それに、お断りするのは失礼にあたりますよ」
好きにさせておけばいいとは、それは彼女が商売人だからだ。
金払いのいい相手はさぞ好まれるだろう。
「わたくしは、ただの厄介者です……」
仮縫いの時にそう言えば、ローラはけらけらと笑った。
この場には、さすがにローレンツはいない。
下着一枚で、何枚ものドレスを試着している今は、女性陣だけだ。
「本当の厄介者は、そう言わないものですよ、お嬢様。それに、あの男はそんな小さなことにこだわるような性格じゃないですよ」
「小さなことではないのですが」
「小さなことですよ。戦場で生きてきたあの人たちにとって、こんな日常、ライオンの尻尾にたかるハエ程度でしょう。でも、そのハエも時々気に障る。だから排除する。そんなところでしょうね」
ローレンツを過去を知っていると、そうは思えない。
復讐するのだと言った、瞳は力強い決意に満ちていて、今こうしてアリーシアに関わっているのもそのせいだ。
「わたくしは、ローレンツ様が……いえ、ローレンツがまだこの国にいるときからの知り合いだけど、まあだいぶ変わったと思います。言っておきますけど、いい意味でという事です。色々とあったけど、復讐でもなんでもいいから前向きになってくれてよかったなと」
ローラはローレンツの過去を知っている。
復讐がそんなにいい事なのかと思ってしまう発言に、アリーシアはちらりとローラを見た。
「生きる屍よりかはマシと言うところです。復讐を推奨しているわけではありませんが、目的があって、それで生きて行けるのなら、復讐でもなんでもいいと思うんですよ」
生きると言うのは難しいですね、と苦笑しながらローラは衣装に合わせた装飾品も取り出していく。
「でも、復讐だけで人は生きてもいけません。復讐が終わったら、その次はどうするか、その目的を失えば、結局生きることは難しいのですから。でも、ローレンツはそんな心配必要なさそうでよかったと思います」
「こちらの使用人は、みなさんいい方ばかりですから」
執事のアンドレも、侍女のアリスも、そしてザックや他の傭兵団の傭兵、みんながローレンツを慕っていて、ローレンツも彼らを守るために生きて行ける。
「うーん、そういう意味ではないのですが――……まあ、今はまだいいでしょう。お嬢様は奥様ですしね」
着替えを手伝っていたアリスはうんうんと頷きながら、ローラと分かりあっている。
自分一人だけ、分からないのは、きっとローレンツとの付き合いが短いからだ。
「お嬢様も、もっと幸せになる権利はあるんですよ? 大丈夫。ローレンツに任せておけば、全員殺してくれますから!」
「えっ!? こ、殺す?」
復讐と言っていたからには、ローレンツはそういうことを考えているのだろうけど、争いごとになれていないアリーシアは、直接的な言い方に戸惑ってしまう。
「ローラさん、少し言いすぎですよ。シア様が驚いています。せめて、暗殺くらいにしませんか?」
「アリスちゃんも言うわねぇ。でも、どうせ死ぬならどっちの表現でも同じかしら?」
「わたしの方がまだ平和的じゃないですか?」
どっちもどっちな気がしたが、それを指摘できない。
「シア様、旦那様は狙った獲物は逃がさない方です! ですから安心してください」
とりあえず、何をどう安心すればいいのか分からないが、アリスがローレンツを信じている事だけは分かった。
「さあさあ、おしゃべりはほどほどにして次はこちらをお願いしますね?」
「はい、シア様。これも綺麗ですね。特にこのラインが――……」
アリーシアは、ここ最近特に感じるローレンツの好意に戸惑う事がある。
その好意はいやではなかった。
いやでないからこそ、アリーシアは自覚し始めている思いに蓋を閉じるしかない。
夫のある身で考えてはいけない事。
そして、ローレンツを困らせる結果にしかならないのだから。
いらないと言ったところで聞かないのだから、アリーシアにはどうしようもなかった。
しかも、アリスもアンドレも勧めてきて、誰も主の散財を止めようとしないのだから、アリーシア一人で立ち向かったところで無駄なのは分かりきっていた。
困り果てたアリーシアを楽し気に見ているのはザックだ。
アリーシアを見ているというよりも、ローレンツを見ていると言ったほうが正しい。
許可が出れば今すぐにでも大笑いしそうな雰囲気でにやにや見ている。
何がそんなに楽しいのかアリーシアには分からないが、結局彼もローレンツを止める気配はなかった。
「金は腐る程あるから問題ない」
「旦那様はため込むしか能がないので、こうしてたまには経済を動かさなければなりません」
「そうですよ! お金は使ってこそです」
「いいんじゃね? 自分の金をどう使おうが、自分の勝手だろ?」
「しかし、限度と言うものが――……」
アリーシアの言い分もあるが、それは黙殺された。
「金のないどこかの伯爵家と一緒にしてもらっては困る。それこそ、俺に対する侮辱だ」
「そんな事……」
「まあまあ、わたくしとしては、いいと思います? 好きにさせておけばいいんですよ。それに、お断りするのは失礼にあたりますよ」
好きにさせておけばいいとは、それは彼女が商売人だからだ。
金払いのいい相手はさぞ好まれるだろう。
「わたくしは、ただの厄介者です……」
仮縫いの時にそう言えば、ローラはけらけらと笑った。
この場には、さすがにローレンツはいない。
下着一枚で、何枚ものドレスを試着している今は、女性陣だけだ。
「本当の厄介者は、そう言わないものですよ、お嬢様。それに、あの男はそんな小さなことにこだわるような性格じゃないですよ」
「小さなことではないのですが」
「小さなことですよ。戦場で生きてきたあの人たちにとって、こんな日常、ライオンの尻尾にたかるハエ程度でしょう。でも、そのハエも時々気に障る。だから排除する。そんなところでしょうね」
ローレンツを過去を知っていると、そうは思えない。
復讐するのだと言った、瞳は力強い決意に満ちていて、今こうしてアリーシアに関わっているのもそのせいだ。
「わたくしは、ローレンツ様が……いえ、ローレンツがまだこの国にいるときからの知り合いだけど、まあだいぶ変わったと思います。言っておきますけど、いい意味でという事です。色々とあったけど、復讐でもなんでもいいから前向きになってくれてよかったなと」
ローラはローレンツの過去を知っている。
復讐がそんなにいい事なのかと思ってしまう発言に、アリーシアはちらりとローラを見た。
「生きる屍よりかはマシと言うところです。復讐を推奨しているわけではありませんが、目的があって、それで生きて行けるのなら、復讐でもなんでもいいと思うんですよ」
生きると言うのは難しいですね、と苦笑しながらローラは衣装に合わせた装飾品も取り出していく。
「でも、復讐だけで人は生きてもいけません。復讐が終わったら、その次はどうするか、その目的を失えば、結局生きることは難しいのですから。でも、ローレンツはそんな心配必要なさそうでよかったと思います」
「こちらの使用人は、みなさんいい方ばかりですから」
執事のアンドレも、侍女のアリスも、そしてザックや他の傭兵団の傭兵、みんながローレンツを慕っていて、ローレンツも彼らを守るために生きて行ける。
「うーん、そういう意味ではないのですが――……まあ、今はまだいいでしょう。お嬢様は奥様ですしね」
着替えを手伝っていたアリスはうんうんと頷きながら、ローラと分かりあっている。
自分一人だけ、分からないのは、きっとローレンツとの付き合いが短いからだ。
「お嬢様も、もっと幸せになる権利はあるんですよ? 大丈夫。ローレンツに任せておけば、全員殺してくれますから!」
「えっ!? こ、殺す?」
復讐と言っていたからには、ローレンツはそういうことを考えているのだろうけど、争いごとになれていないアリーシアは、直接的な言い方に戸惑ってしまう。
「ローラさん、少し言いすぎですよ。シア様が驚いています。せめて、暗殺くらいにしませんか?」
「アリスちゃんも言うわねぇ。でも、どうせ死ぬならどっちの表現でも同じかしら?」
「わたしの方がまだ平和的じゃないですか?」
どっちもどっちな気がしたが、それを指摘できない。
「シア様、旦那様は狙った獲物は逃がさない方です! ですから安心してください」
とりあえず、何をどう安心すればいいのか分からないが、アリスがローレンツを信じている事だけは分かった。
「さあさあ、おしゃべりはほどほどにして次はこちらをお願いしますね?」
「はい、シア様。これも綺麗ですね。特にこのラインが――……」
アリーシアは、ここ最近特に感じるローレンツの好意に戸惑う事がある。
その好意はいやではなかった。
いやでないからこそ、アリーシアは自覚し始めている思いに蓋を閉じるしかない。
夫のある身で考えてはいけない事。
そして、ローレンツを困らせる結果にしかならないのだから。
39
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください
無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――
能力持ちの若き夫人は、冷遇夫から去る
基本二度寝
恋愛
「婚姻は王命だ。私に愛されようなんて思うな」
若き宰相次官のボルスターは、薄い夜着を纏って寝台に腰掛けている今日妻になったばかりのクエッカに向かって言い放った。
実力でその立場までのし上がったボルスターには敵が多かった。
一目惚れをしたクエッカに想いを伝えたかったが、政敵から彼女がボルスターの弱点になる事を悟られるわけには行かない。
巻き込みたくない気持ちとそれでも一緒にいたいという欲望が鬩ぎ合っていた。
ボルスターは国王陛下に願い、その令嬢との婚姻を王命という形にしてもらうことで、彼女との婚姻はあくまで命令で、本意ではないという態度を取ることで、ボルスターはめでたく彼女を手中に収めた。
けれど。
「旦那様。お久しぶりです。離縁してください」
結婚から半年後に、ボルスターは離縁を突きつけられたのだった。
※復縁、元サヤ無しです。
※時系列と視点がコロコロゴロゴロ変わるのでタイトル入れました
※えろありです
※ボルスター主人公のつもりが、端役になってます(どうしてだ)
※タイトル変更→旧題:黒い結婚
傲慢な伯爵は追い出した妻に愛を乞う
ノルジャン
恋愛
「堕ろせ。子どもはまた出来る」夫ランドルフに不貞を疑われたジュリア。誤解を解こうとランドルフを追いかけたところ、階段から転げ落ちてしまった。流産したと勘違いしたランドルフは「よかったじゃないか」と言い放った。ショックを受けたジュリアは、ランドルフの子どもを身籠ったまま彼の元を去ることに。昔お世話になった学校の先生、ケビンの元を訪ね、彼の支えの下で無事に子どもが生まれた。だがそんな中、夫ランドルフが現れて――?
エブリスタ、ムーンライトノベルズにて投稿したものを加筆改稿しております。
従姉の子を義母から守るために婚約しました。
しゃーりん
恋愛
ジェットには6歳年上の従姉チェルシーがいた。
しかし、彼女は事故で亡くなってしまった。まだ小さい娘を残して。
再婚した従姉の夫ウォルトは娘シャルロッテの立場が不安になり、娘をジェットの家に預けてきた。婚約者として。
シャルロッテが15歳になるまでは、婚約者でいる必要があるらしい。
ところが、シャルロッテが13歳の時、公爵家に帰ることになった。
当然、婚約は白紙に戻ると思っていたジェットだが、シャルロッテの気持ち次第となって…
歳の差13歳のジェットとシャルロッテのお話です。
どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。
無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。
彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。
ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。
居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。
こんな旦那様、いりません!
誰か、私の旦那様を貰って下さい……。
愛さないと言うけれど、婚家の跡継ぎは産みます
基本二度寝
恋愛
「君と結婚はするよ。愛することは無理だけどね」
婚約者はミレーユに恋人の存在を告げた。
愛する女は彼女だけとのことらしい。
相手から、侯爵家から望まれた婚約だった。
真面目で誠実な侯爵当主が、息子の嫁にミレーユを是非にと望んだ。
だから、娘を溺愛する父も認めた婚約だった。
「父も知っている。寧ろ好きにしろって言われたからね。でも、ミレーユとの婚姻だけは好きにはできなかった。どうせなら愛する女を妻に持ちたかったのに」
彼はミレーユを愛していない。愛する気もない。
しかし、結婚はするという。
結婚さえすれば、これまで通り好きに生きていいと言われているらしい。
あの侯爵がこんなに息子に甘かったなんて。
お飾り王妃だって幸せを望んでも構わないでしょう?
基本二度寝
恋愛
王太子だったベアディスは結婚し即位した。
彼の妻となった王妃サリーシアは今日もため息を吐いている。
仕事は有能でも、ベアディスとサリーシアは性格が合わないのだ。
王は今日も愛妾のもとへ通う。
妃はそれは構わないと思っている。
元々学園時代に、今の愛妾である男爵令嬢リリネーゼと結ばれたいがために王はサリーシアに婚約破棄を突きつけた。
しかし、実際サリーシアが居なくなれば教育もままなっていないリリネーゼが彼女同様の公務が行えるはずもなく。
廃嫡を回避するために、ベアディスは恥知らずにもサリーシアにお飾り妃となれと命じた。
王家の臣下にしかなかった公爵家がそれを拒むこともできず、サリーシアはお飾り王妃となった。
しかし、彼女は自身が幸せになる事を諦めたわけではない。
虎視眈々と、離縁を計画していたのであった。
※初っ端から乳弄られてます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる