36 / 43
36.
しおりを挟む
『白い結婚』
これは貴族間の間で、貴族女性が公的に結婚を執り行う神殿に申し入れ、結婚解消を求めることの出来る権利だ。
しかし、当然、このような事は不祥事でしかない。
男側にとっても女側にとっても。
特に女性側は、夫となる男性に触れてもらえることさえできない程魅力がないと見られ、再婚することはまずできない。
ただでさえ、離婚訴訟を起こされているのに、白い結婚を申し出た場合、本当に貴族社会では生きていく事はできない。
「いいんです、どちらにしても貴族社会で生きていく事は難し事は分かっていますから」
アリーシアは大神官が帰った後で、吹っ切れたようにローレンツに言った。
「不名誉であろうと、少なくとも結婚した事実が無くなるほうが、わたくしとしてはうれしいのです」
困惑したようにアリーシアを見る相手に、どうってことない様に話す。
事実、アリーシアは本気でどうも思っていなかった。
むしろ、清々した気分にもなっていた。
こんな風に考えられたのはローレンツのおかげだと感謝もしている。
一人だったら、きっと言われるままにすべての泥をかぶって死んでいたかもしれないから。
「ローレンツ様、気にしないで下さい。本当にわたくしは大丈夫です」
「いや……それは――」
口元を手で覆いながら、ローレンツは何を言っていいのか分からないようだった。
「こんなに良くしていただいて、一つくらいはわたくしにも手伝わせていただきたいのです。こんな方法でしか、ローレンツ様の名誉を守ることが出来ませんが」
ローレンツは沈黙したままだ。
今までにない反応に、もしかして勝手なことをした事を怒っているのではないかと心配になる。
神官がきても全部ローレンツに任せるように言われていたのに、最後の最後で口を挟んだから。
それでも、あの大神官のいい様に、アリーシアも思うところがあった。
公平と言いながらも、どこかでローレンツを見下したような言い方だった。
確かに、ローレンツは平民だったかも知れないが、今は国王陛下が、王家が認めた貴族だ。
一方的な言い分は、我慢できなかった。
「すみません……わたくしは余計な事をしましたか?もし、わたくしの発言のせいでローレンツ様を困らせてしまったのなら謝罪します」
はっとしたかのように、ローレンツは顔を上げた。
しかし、その視線は揺らいで、いつもまっすぐアリーシアを見ている瞳がすぐに逸らされる。
「その、別に俺は困っていない……君の方が社会的に不利になる……」
「社会的に不利になっても、貴族でなくなれば、どうってことはありませんよ。平民になれば、こんな貴族の不祥事など誰も気にしませんから」
「そうだが……いや、その……でも、本当なのか?」
ちらりとアリーシアに投げかけられる視線に、ぱちぱちと目を瞬いた。
「あの……」
「『白い結婚』ということは、つまり、そういう事だろう?」
「そういう……?――えぇ、つまり夫とは一度も身体を重ねたことはないと――……」
「本当に?」
「お疑いなのでしょうか? 検査を受ければすぐに分かることで――」
その時、なぜローレンツがこんなに動揺したように視線を逸らしているのかようやく理解した。
まさか、結婚しているのに乙女だと――処女だとは思っていなかったのだろう。
アリーシアは困ったように微笑んだ。
「わたくしは、旦那様の好みではないそうです。当時、すでに愛している方がいらっしゃたようでして、そちらの方とお過ごしで……。わたくし、貧相ですから、殿方からしたらやはり魅力が乏しいのでしょうね」
「そんな事はない!」
ローレンツがきっぱりと否定した。
驚いたようにアリーシアが目を見開く。
「こんな事を言うと、その、所謂性的な目で見ていると非難されるかもしれないが……少なうとも、俺は魅力的だと思う。女性として魅力がないと言っている男の方が、特殊な趣味でもあるのかと思うくらいには、美的感覚がおかしいと思う」
「あ、ありがとうございます」
真面目にそう返されると、耐性のないアリーシアの頬を自然と赤くなる。
しかも、それを口にしたのは、顔の整ったそれこそ、誰が見ても魅力的な男性だと特にだ。
恥ずかしそうに、今度はアリーシアの方が俯く番になった。
とても冷静にローレンツを見る事が出来なかった。
お世辞だとしても、破壊力は抜群の言葉だった。
これは貴族間の間で、貴族女性が公的に結婚を執り行う神殿に申し入れ、結婚解消を求めることの出来る権利だ。
しかし、当然、このような事は不祥事でしかない。
男側にとっても女側にとっても。
特に女性側は、夫となる男性に触れてもらえることさえできない程魅力がないと見られ、再婚することはまずできない。
ただでさえ、離婚訴訟を起こされているのに、白い結婚を申し出た場合、本当に貴族社会では生きていく事はできない。
「いいんです、どちらにしても貴族社会で生きていく事は難し事は分かっていますから」
アリーシアは大神官が帰った後で、吹っ切れたようにローレンツに言った。
「不名誉であろうと、少なくとも結婚した事実が無くなるほうが、わたくしとしてはうれしいのです」
困惑したようにアリーシアを見る相手に、どうってことない様に話す。
事実、アリーシアは本気でどうも思っていなかった。
むしろ、清々した気分にもなっていた。
こんな風に考えられたのはローレンツのおかげだと感謝もしている。
一人だったら、きっと言われるままにすべての泥をかぶって死んでいたかもしれないから。
「ローレンツ様、気にしないで下さい。本当にわたくしは大丈夫です」
「いや……それは――」
口元を手で覆いながら、ローレンツは何を言っていいのか分からないようだった。
「こんなに良くしていただいて、一つくらいはわたくしにも手伝わせていただきたいのです。こんな方法でしか、ローレンツ様の名誉を守ることが出来ませんが」
ローレンツは沈黙したままだ。
今までにない反応に、もしかして勝手なことをした事を怒っているのではないかと心配になる。
神官がきても全部ローレンツに任せるように言われていたのに、最後の最後で口を挟んだから。
それでも、あの大神官のいい様に、アリーシアも思うところがあった。
公平と言いながらも、どこかでローレンツを見下したような言い方だった。
確かに、ローレンツは平民だったかも知れないが、今は国王陛下が、王家が認めた貴族だ。
一方的な言い分は、我慢できなかった。
「すみません……わたくしは余計な事をしましたか?もし、わたくしの発言のせいでローレンツ様を困らせてしまったのなら謝罪します」
はっとしたかのように、ローレンツは顔を上げた。
しかし、その視線は揺らいで、いつもまっすぐアリーシアを見ている瞳がすぐに逸らされる。
「その、別に俺は困っていない……君の方が社会的に不利になる……」
「社会的に不利になっても、貴族でなくなれば、どうってことはありませんよ。平民になれば、こんな貴族の不祥事など誰も気にしませんから」
「そうだが……いや、その……でも、本当なのか?」
ちらりとアリーシアに投げかけられる視線に、ぱちぱちと目を瞬いた。
「あの……」
「『白い結婚』ということは、つまり、そういう事だろう?」
「そういう……?――えぇ、つまり夫とは一度も身体を重ねたことはないと――……」
「本当に?」
「お疑いなのでしょうか? 検査を受ければすぐに分かることで――」
その時、なぜローレンツがこんなに動揺したように視線を逸らしているのかようやく理解した。
まさか、結婚しているのに乙女だと――処女だとは思っていなかったのだろう。
アリーシアは困ったように微笑んだ。
「わたくしは、旦那様の好みではないそうです。当時、すでに愛している方がいらっしゃたようでして、そちらの方とお過ごしで……。わたくし、貧相ですから、殿方からしたらやはり魅力が乏しいのでしょうね」
「そんな事はない!」
ローレンツがきっぱりと否定した。
驚いたようにアリーシアが目を見開く。
「こんな事を言うと、その、所謂性的な目で見ていると非難されるかもしれないが……少なうとも、俺は魅力的だと思う。女性として魅力がないと言っている男の方が、特殊な趣味でもあるのかと思うくらいには、美的感覚がおかしいと思う」
「あ、ありがとうございます」
真面目にそう返されると、耐性のないアリーシアの頬を自然と赤くなる。
しかも、それを口にしたのは、顔の整ったそれこそ、誰が見ても魅力的な男性だと特にだ。
恥ずかしそうに、今度はアリーシアの方が俯く番になった。
とても冷静にローレンツを見る事が出来なかった。
お世辞だとしても、破壊力は抜群の言葉だった。
47
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください
無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――
能力持ちの若き夫人は、冷遇夫から去る
基本二度寝
恋愛
「婚姻は王命だ。私に愛されようなんて思うな」
若き宰相次官のボルスターは、薄い夜着を纏って寝台に腰掛けている今日妻になったばかりのクエッカに向かって言い放った。
実力でその立場までのし上がったボルスターには敵が多かった。
一目惚れをしたクエッカに想いを伝えたかったが、政敵から彼女がボルスターの弱点になる事を悟られるわけには行かない。
巻き込みたくない気持ちとそれでも一緒にいたいという欲望が鬩ぎ合っていた。
ボルスターは国王陛下に願い、その令嬢との婚姻を王命という形にしてもらうことで、彼女との婚姻はあくまで命令で、本意ではないという態度を取ることで、ボルスターはめでたく彼女を手中に収めた。
けれど。
「旦那様。お久しぶりです。離縁してください」
結婚から半年後に、ボルスターは離縁を突きつけられたのだった。
※復縁、元サヤ無しです。
※時系列と視点がコロコロゴロゴロ変わるのでタイトル入れました
※えろありです
※ボルスター主人公のつもりが、端役になってます(どうしてだ)
※タイトル変更→旧題:黒い結婚
傲慢な伯爵は追い出した妻に愛を乞う
ノルジャン
恋愛
「堕ろせ。子どもはまた出来る」夫ランドルフに不貞を疑われたジュリア。誤解を解こうとランドルフを追いかけたところ、階段から転げ落ちてしまった。流産したと勘違いしたランドルフは「よかったじゃないか」と言い放った。ショックを受けたジュリアは、ランドルフの子どもを身籠ったまま彼の元を去ることに。昔お世話になった学校の先生、ケビンの元を訪ね、彼の支えの下で無事に子どもが生まれた。だがそんな中、夫ランドルフが現れて――?
エブリスタ、ムーンライトノベルズにて投稿したものを加筆改稿しております。
従姉の子を義母から守るために婚約しました。
しゃーりん
恋愛
ジェットには6歳年上の従姉チェルシーがいた。
しかし、彼女は事故で亡くなってしまった。まだ小さい娘を残して。
再婚した従姉の夫ウォルトは娘シャルロッテの立場が不安になり、娘をジェットの家に預けてきた。婚約者として。
シャルロッテが15歳になるまでは、婚約者でいる必要があるらしい。
ところが、シャルロッテが13歳の時、公爵家に帰ることになった。
当然、婚約は白紙に戻ると思っていたジェットだが、シャルロッテの気持ち次第となって…
歳の差13歳のジェットとシャルロッテのお話です。
どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。
無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。
彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。
ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。
居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。
こんな旦那様、いりません!
誰か、私の旦那様を貰って下さい……。
愛さないと言うけれど、婚家の跡継ぎは産みます
基本二度寝
恋愛
「君と結婚はするよ。愛することは無理だけどね」
婚約者はミレーユに恋人の存在を告げた。
愛する女は彼女だけとのことらしい。
相手から、侯爵家から望まれた婚約だった。
真面目で誠実な侯爵当主が、息子の嫁にミレーユを是非にと望んだ。
だから、娘を溺愛する父も認めた婚約だった。
「父も知っている。寧ろ好きにしろって言われたからね。でも、ミレーユとの婚姻だけは好きにはできなかった。どうせなら愛する女を妻に持ちたかったのに」
彼はミレーユを愛していない。愛する気もない。
しかし、結婚はするという。
結婚さえすれば、これまで通り好きに生きていいと言われているらしい。
あの侯爵がこんなに息子に甘かったなんて。
お飾り王妃だって幸せを望んでも構わないでしょう?
基本二度寝
恋愛
王太子だったベアディスは結婚し即位した。
彼の妻となった王妃サリーシアは今日もため息を吐いている。
仕事は有能でも、ベアディスとサリーシアは性格が合わないのだ。
王は今日も愛妾のもとへ通う。
妃はそれは構わないと思っている。
元々学園時代に、今の愛妾である男爵令嬢リリネーゼと結ばれたいがために王はサリーシアに婚約破棄を突きつけた。
しかし、実際サリーシアが居なくなれば教育もままなっていないリリネーゼが彼女同様の公務が行えるはずもなく。
廃嫡を回避するために、ベアディスは恥知らずにもサリーシアにお飾り妃となれと命じた。
王家の臣下にしかなかった公爵家がそれを拒むこともできず、サリーシアはお飾り王妃となった。
しかし、彼女は自身が幸せになる事を諦めたわけではない。
虎視眈々と、離縁を計画していたのであった。
※初っ端から乳弄られてます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる