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40.ローレンツサイド
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怒っているのか、いないのか。
親しい間柄ならすぐ分かるが、知り合って短いと良く分からない事もある。
特に、今は。
神殿からの帰り道で、アリーシアは何も語らず、馬車から流れる景色を眺めていて、話しかけるなと拒絶されているようだったので、ローレンツも大人しく馬車の中で仕事していた。
しかし、そういうときこそ進みが遅い。
というか、静かで広くいから郊外なんて場所を住まいとして選んだことを今後悔していた。
いつもは仕事をしていればあっと言う間につくこの道が、今はとても長く感じる。
しかも、相手はなんとなく話かけるのもためらわれる雰囲気で、さすがにローレンツだって空気を読む。
色々と下世話な視線にさらされて、悪意ある嘲笑も受けて、これで平然としていられるほど、アリーシアが図太くないことは分かっている。
だからと言って、なんと声をかければいいのかはローレンツには分からない。
馬車の乗って、仕事の書類も目に入ってこず、仕事をしているふりをしておよそ、半分の道が過ぎた頃、ローレンツはさすがに声をかけた。
ローレンツ自身がこの空気に耐えられなかった。
「シア、大丈夫か?」
「……ええ、お気遣いいただきありがとうございます」
気落ちしているような雰囲気に、一瞬ドキリとする。
「後悔しているのか?」
「後悔? そうですね……少しは」
「それは、あのクズ男に多少なりとも好意があったという事か?」
まさか、あんな場に引っ張り出され、それでなくても暴力でアリーシアを傷つけたヘンリーのことを少なからず思っていたのかと、困惑した。
しかし、アリーシアは驚いたようにローレンツを見て、クスリと笑った。
「いえ、まさか。後悔しているというのは、どうしてもっと早く行動しなかったのかという事です。本当に不思議なのですが、結婚一年たって、二年たって、それでも夫を信じていたんですよ。もしもっと早く行動していたら、違った結果になっていたのではないかと思うと、なんて愚かだったのだろうと」
「それは――」
「わたくしは今まで人の言いなりで生きてきました。父に言われた通り、母の望むまま、家庭教師が教えることだけを信じ、自分自身で考えることを放棄してきたんです。きっと、これはその罰なのではないかと考えていました」
「それは違う。君は自分で考える力を持っている。それを、周りが押さえつけていただけだ」
ヘンリーの事を考えていたのではないと思うと、少しホッとした。
しかし、どこか後ろ向きな考えは、今まで生きてきた価値観のせいだろうとも思う。
全部自分が悪いのだと思い込み、自分が我慢すればいいと教え込んだのは、生家であり婚家だ。
だからこそローレンツは、アリーシアの考えを時には否定し、新たな考えを芽生えさえるために言葉を交わしてきた。
少しでも彼女らしく生きてもらうために。
自由に生きてほしかった。
少なくとも、ローレンツの様に復讐に取りつかれているような男の側は彼女にはふさわしくないと、思っている。
「多少の援助は出来る。自分に何ができるのか、邸宅で考えたらいい」
「その事なんですが、ローレンツ様。もし、この件が終わりましたら、ぶしつけなお願いですが、わたくしを雇っていただけないでしょうか? わたくしは貴族として産まれ貴族として育ちました。正直申し上げて、わたくしは世間知らずです。でも、少しでも役に立ちたいと思います」
一瞬、ローレンツは何を言われたのか理解できていなかった。
「世間にはお世話になった場所でお礼奉公という礼の尽くし方があるのだと伺いました。わたくしがローレンツ様に礼を返す唯一の方法ではないかと愚考いたしまして……もちろん! 役立たずなのは分かっています! ですので必死に学びます。確か、邸宅では女主人が行うべき家政が上手く回ってないとお聞きしました。そちらでしたら多少はお力になれると思うのですが……」
「いいのか?」
ローレンツは、静かに問う。
きっと彼女は上手く家政を取り仕切る、そんな気がした。
どこかで、駄目だという気持ちがあるのに、悦びの方が大きく、答えは一つだった。
「ぜひ頼みたい」
「わたくしでよければ、アリスを教育し、家政を任せられるくらいに育てたいと思います」
それで、アリスが独り立ちしたら、きっとアリーシアは邸宅を辞去するのだろう。
ただし、アリスは家政を取り仕切る指揮官役には不向きなので、きっと難航するだろうなと、ローレンツはかすかに口元が緩む。
「前向きな発言は、初めて聞いたな」
「わたくしも、初めて口にしたかも知れません。なんだか、あの神殿で色々吹っ切れました。こんな貴族の社会で生きて行きたくないなと本気で思いました」
無理した言葉ではないのはすぐに分かった。
初めて見る、アリーシアの本当の笑顔に、ローレンツも微笑んだ。
親しい間柄ならすぐ分かるが、知り合って短いと良く分からない事もある。
特に、今は。
神殿からの帰り道で、アリーシアは何も語らず、馬車から流れる景色を眺めていて、話しかけるなと拒絶されているようだったので、ローレンツも大人しく馬車の中で仕事していた。
しかし、そういうときこそ進みが遅い。
というか、静かで広くいから郊外なんて場所を住まいとして選んだことを今後悔していた。
いつもは仕事をしていればあっと言う間につくこの道が、今はとても長く感じる。
しかも、相手はなんとなく話かけるのもためらわれる雰囲気で、さすがにローレンツだって空気を読む。
色々と下世話な視線にさらされて、悪意ある嘲笑も受けて、これで平然としていられるほど、アリーシアが図太くないことは分かっている。
だからと言って、なんと声をかければいいのかはローレンツには分からない。
馬車の乗って、仕事の書類も目に入ってこず、仕事をしているふりをしておよそ、半分の道が過ぎた頃、ローレンツはさすがに声をかけた。
ローレンツ自身がこの空気に耐えられなかった。
「シア、大丈夫か?」
「……ええ、お気遣いいただきありがとうございます」
気落ちしているような雰囲気に、一瞬ドキリとする。
「後悔しているのか?」
「後悔? そうですね……少しは」
「それは、あのクズ男に多少なりとも好意があったという事か?」
まさか、あんな場に引っ張り出され、それでなくても暴力でアリーシアを傷つけたヘンリーのことを少なからず思っていたのかと、困惑した。
しかし、アリーシアは驚いたようにローレンツを見て、クスリと笑った。
「いえ、まさか。後悔しているというのは、どうしてもっと早く行動しなかったのかという事です。本当に不思議なのですが、結婚一年たって、二年たって、それでも夫を信じていたんですよ。もしもっと早く行動していたら、違った結果になっていたのではないかと思うと、なんて愚かだったのだろうと」
「それは――」
「わたくしは今まで人の言いなりで生きてきました。父に言われた通り、母の望むまま、家庭教師が教えることだけを信じ、自分自身で考えることを放棄してきたんです。きっと、これはその罰なのではないかと考えていました」
「それは違う。君は自分で考える力を持っている。それを、周りが押さえつけていただけだ」
ヘンリーの事を考えていたのではないと思うと、少しホッとした。
しかし、どこか後ろ向きな考えは、今まで生きてきた価値観のせいだろうとも思う。
全部自分が悪いのだと思い込み、自分が我慢すればいいと教え込んだのは、生家であり婚家だ。
だからこそローレンツは、アリーシアの考えを時には否定し、新たな考えを芽生えさえるために言葉を交わしてきた。
少しでも彼女らしく生きてもらうために。
自由に生きてほしかった。
少なくとも、ローレンツの様に復讐に取りつかれているような男の側は彼女にはふさわしくないと、思っている。
「多少の援助は出来る。自分に何ができるのか、邸宅で考えたらいい」
「その事なんですが、ローレンツ様。もし、この件が終わりましたら、ぶしつけなお願いですが、わたくしを雇っていただけないでしょうか? わたくしは貴族として産まれ貴族として育ちました。正直申し上げて、わたくしは世間知らずです。でも、少しでも役に立ちたいと思います」
一瞬、ローレンツは何を言われたのか理解できていなかった。
「世間にはお世話になった場所でお礼奉公という礼の尽くし方があるのだと伺いました。わたくしがローレンツ様に礼を返す唯一の方法ではないかと愚考いたしまして……もちろん! 役立たずなのは分かっています! ですので必死に学びます。確か、邸宅では女主人が行うべき家政が上手く回ってないとお聞きしました。そちらでしたら多少はお力になれると思うのですが……」
「いいのか?」
ローレンツは、静かに問う。
きっと彼女は上手く家政を取り仕切る、そんな気がした。
どこかで、駄目だという気持ちがあるのに、悦びの方が大きく、答えは一つだった。
「ぜひ頼みたい」
「わたくしでよければ、アリスを教育し、家政を任せられるくらいに育てたいと思います」
それで、アリスが独り立ちしたら、きっとアリーシアは邸宅を辞去するのだろう。
ただし、アリスは家政を取り仕切る指揮官役には不向きなので、きっと難航するだろうなと、ローレンツはかすかに口元が緩む。
「前向きな発言は、初めて聞いたな」
「わたくしも、初めて口にしたかも知れません。なんだか、あの神殿で色々吹っ切れました。こんな貴族の社会で生きて行きたくないなと本気で思いました」
無理した言葉ではないのはすぐに分かった。
初めて見る、アリーシアの本当の笑顔に、ローレンツも微笑んだ。
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