竜神様の番

田舎

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4 兄竜

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番だ。
そう言われた日に空界まで連れてこられたリオだが、『村に帰りたい』と思ったことはない。

リオは村の青年たちの中でも背が低く、小柄で、愛想がよい方でもなかった。
「優しい」と褒められたことはあっても、男としての魅力には欠けていたらしい。
成人を過ぎても、嫁にしてくれと訪れる女性はいなかった。

さらに、生まれ育った村の土地は厳しい。
雨が少なく、作物は育ちづらい。
家畜を育てても栄養不足。
畑の収穫が少なければ、飢える前に魚を捕るか、山で猟をするしかなかった。
弟は病弱で動けない。
家族の中で一番若い自分が動き、薬草も探さなければならなかった。

その日々が、大きく変わった。

竜人様からの貢ぎ物で、村はいくらか潤った。
おかげで両親に育ててもらった恩は返せただろうと思う。

リオの心残りは弟だけ――
だが、それも心配する必要はなくなった。

心残りはない。
一人の人間として、リオは竜人様に感謝していた。



* * *


清掃のときしか使用人が入ることを許されない、竜人様の寝室。

「リオ」
「ん……りゅ、……ナガレ様」

ナガレ様との婚姻は、形だけのものではなかった。
眉目秀麗な竜人が、人の男に欲情するのか――それが、いつも不思議だった。

「ほら、もっと口を開けろ」
「は……、ふっ……ん」

浅く、深くなっていく口づけにはまだ慣れないが、ぴくりと熱を帯びるくらいには、リオも反応するようになっていた。
それにこうして……「番」ではなく名前を呼ばれると嬉しい。
とても大切で、愛おしい存在以上に思ってくれている気がした。

「はっ、ナガレ様……っ」
「手荒にしたくない。少しでも痛ければ言え」
「ん……っ、あ、平気、です……あっ」

いつも、何度も確認してしまうほど、
ナガレはリオが壊れないかを必要以上に心配してくれる。



* * *



「やや貫禄はありますが、ナガレ様はお若い竜人です――色々と大変でしょう」
「……うっ……はい」

顔から火が出そうになるが、医者に指摘されたのは「夜の事情」だった。

信じられないことだが、ナガレ様は人間でいうところの「思春期」が終わったばかりにあたるらしい。
まだまだ性的なことには盛んで、さらに番を得た。
竜人特有の“発情期”に交合をしなければ、精神が不安定になるとリオは聞かされた。

さらに、リオが一番驚いたのが――。


「……うむ、問題ありませんね。では、いつもの薬をお出しします」
「ありがとう、ございます」

ナガレ様には内緒にしてほしいと処方してもらっているのは避妊薬だ。
医者は最初、「そんなものは必要ありません」と渋ったが、
リオが「番になったばかりです。子供のことは計画的にしたい」と言えば、従ってくれた。

もちろん、薬の件はナガレ様の耳に入れないでほしいと口止めもしてある。
医者としても《将来を考えている若い二人》に野暮なことを言うつもりはないらしく、この件に関してはリオに味方してくれていた。





医者が帰ると、リオは一人で庭に出て花を愛でる。
どこからやって来たのか、水と光の精霊たちはすっかり懐き、ついてきた。

ありがたいことだ。
言葉は通じないが、リオにとっては唯一、軽口の叩ける友達だった。

「……本当に、オレでなくてもいいんだ」
『~~~?』
「あ、ごめんな。ちょっと弱音……みたいなもんだよ」

――普通に考えれば、男の自分が妊娠などあり得ない。
それが可能だと聞かされたとき、目の前が真っ暗になった。

どういう仕組みで子供ができ、生まれてくるのか。
リオが聞かなければ答えてくれないし、
答えられても人間の常識の範疇を超えている。

『……!!』
「ちょ、急にどうしたんだ!?」

精霊たちが、何かを察したかのように一斉に姿を隠した。
途端、ざわりと空気が変わる。

そして――

「無粋な真似をしてすまないね」

低く、柔らかな声。
リオの前に立っていたのは、ナガレと同じく頭に角を持つ竜人だった。
似ているのに、どこか違う。

「我が弟ナガレが、ようやく“番”を見つけたというのに紹介をしてくれなくてね。
痺れを切らして、私のほうから押しかけてしまったよ」

冗談めいた口調。
だが鋭い目に、リオは背筋を伸ばす。

「は、はじめまして、リオです!」
「こんにちは、リオ。私の名前はハクレイだ。丁寧にありがとう」

どう振る舞うのが正しいのか分からない。
“番”としてか、それとも――。

「あはは。そんなに身構えなくていい」

ハクレイはリオを一目見て微笑み、
手首、首元、そして部屋の方へと視線を向け――盛大なため息をついた。

「はぁ……本当に困った弟だ」

箱庭のような、美しくも逃げ場のない空間に目を顰める。

「大事にしろとは忠告したけどさあ……こんな風に閉じ込めるなんて。子供じみた真似だ」
「……可哀想に、リオ。怖かったね」

穏やかな眼差しに、リオの胸の奥がきゅっと縮む。
突然現れた兄竜――ハクレイ様。
そこに敵意はなく、むしろ心配と気遣いがあった。

「い、いえ……っ! ナガレ様は、とてもお優しい方です!」

庭も、衣服も、すべてが「番」だから与えられたものだとしても。
オレは恵まれている。
ナガレ様は、怖くなんてない。

だが、それは――。


「それならリオ? 君は、感謝を理由にヤツを信頼して、これからも永遠に言葉足らずでワガママな愚弟を一途に想えると約束できるかい?」
「!?そ、それは……っ」
「君が医者から竜石の話を聞いたことは、私の耳に入っている。それに薬のことも」
「――――!」
「ああ、安心してくれ。私の耳が少し大きいだけで、ナガレは知らない」

責める素振りでも言葉遣いではない。
リオの動揺だけが浮き彫りになる。

「察するに、君は竜石で得られる“不老不死”を望んでいない」
「……っ」
「隠さなくていい。人の怯えは、よく分かる」

人間としての寿命と生涯なら、竜人様に喜んで尽くせる。
だが、番として生きるのは――。
それを見透かしている兄竜にリオは何も言えなかった。

「……すみません」
「謝ることじゃない。むしろ、私の愚弟が、すまない」

ハクレイはそう言って、深く頭を下げた。
気高き竜人が、人間に向かって――。

「そんな……!」

「君は弟の宝だ。
だが、人間は箱に閉じ込めるものじゃない。番と対等の関係を望むなら、なおさらだ」

「……は、ハクレイ様は、その……」
「告げ口なんてしないよ。それに私も一度、失敗した口でね」

だから重ねてしまうのだと、苦笑する。


「君がここを出たいと願うなら、
私は力を貸そう」


この瞬間、リオの世界に初めて

"選択”という一筋の道ができた。
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