竜神様の番

田舎

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5 リオの決意

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兄竜ハクレイとの出会いから数日間。リオは悩み続けた。

番の意味は、今も分からない。
閉鎖的な生活から、自由になることもない。
それでも――長く一緒にいれば伝わってくる。


ナガレ様は、不器用だ。


『お前が大切だ』

危ない目に遭わせたくないと懇願する。

『必要以上に使用人と話すな……いや、話すなとは言わんが、あまり愛嬌を振りまくのは控えてくれ』

拙い言い方。
けれど、独占欲を隠しきれない声音。

『忙しくて二日も会えなかったのだ。今日は離れるな』

甘えん坊で、わがままで、
それを自覚していない竜人様。

そういうところも愛おしいと思うようになっていた。

リオは、とっくに竜人様を好きになっていた。


けどそれは―――竜人様がリオに抱いていない感情であることも知っていた。




夜。
静けさの中で、リオはぽつりと口を開いた。

「……竜人様」

呼びかける声は、どこか低く震えている。
続かない弱い声に竜人様もピクリと反応した。

「どうした?」
「もし…もし、オレが死んだりしたら……」

『そしてリオも、人の寿命を望んだなら』
しかし言い終わる前に、言葉は遮られた。

「そんなことはあり得ない」

間を置くことなく即答された。
フン、と竜人様は鼻を鳴らす。
ナガレにとってリオ――人間が、死ぬなどあり得ないのだ。

「……どうして、言い切れるんですか?」

リオは、恐る恐る尋ねた。

「言わずとも分かるだろう?」

「“番”だからだ」

だから二度と、離れることはない。

その一言で、
リオの胸に、静かに、重たいものが落ちる。


―――番。


それが、この人にとって
すべての理由であり、答えであり、未来そのものだ。

番だから離れない。

なら、リオは……?
リオという存在は、必要ないものですか…?



「……そう、ですか」

それ以上、聞きたくない。悲しみで胸が張り裂けそうで言えなかった。
竜人様は、リオの沈黙を“納得”だと思った。

「なにも心配しなくていい」

腕を伸ばして、いつものように抱き寄せる。

「俺がすべて決めてやる」

リオが、死に怯えているのだろうと思った竜人様の声は、とても優しい。


死ぬことに怯える必要などない。俺が守ってやる、と……。



竜人の寝顔を見つめながら、リオは思う。

竜人様は、言わない。

好きだとも、
愛しているとも。

一度も、言ったことはなかった。

ただ、決まってこう言う。


【番だからだ】


(オレが、番でなければ?)

答えは簡単だ。
ナガレ様の目に入ることはない。
一生、会うことはなかった。

――時が止まったかのように美しいが、
齢何百歳もの竜人様。

悠久の時間を生きていく竜人様には、
人の命など、小鳥ほどのものなのだろう。

それを愛でることはできても、
心から愛することはない。

たとえリオが同じ寿命になったところで、
価値観を変えることはできない。


(……番は、次も生まれると聞いた)

ふと、誰かの言葉がよぎる。

竜人にとって番は、
失っても、また巡り会うもの。

もし、本当に自分が“そう”なら――

(オレは……)
(生まれてくる種族を、間違えたんだ)

オレなんかが隣にいても、ナガレ様のためにはならない。


それを悟った夜、リオは静かに目を閉じた。




翌日。
まるで機を見計らっていたかのように、兄竜ハクレイは再び庭園を訪れた。

「いや~参った参った。君にこっそり会ったことが弟にバレちゃってねぇ。小言と文句の嵐さ!ほんと、嫉妬にまみれた竜の恐ろしいこと」
「……」

兄竜は相変わらず気楽そうな笑みを浮かべているが、リオは黙ったまま俯いていた。
兄竜は一瞥しただけで察したのか、声を落とす。


「何か、決まったみたいだね」


静かな問いに、リオは答える。


「竜人様と……離縁を望みます」


自分の言葉が、胸に突き刺さる。
それでも、撤回はしなかった。



「ハッ」

リオの決意を兄竜は短く笑う。

「逃げたいでも距離を置きたいでもなく離縁とは!大きく出たものだねぇ……君、竜の逆鱗に触れる気かい?」

冗談めかしているが、事実だ。
それにリオだって竜人様の怒りを買うことくらい分かっていた。

「それで死ぬのなら、本望です」

リオは、はっきりと言った。

「オレは……本当の番じゃありません。それに、人間のオレでは、あの方に伝えることも、与えることも……何もできません」

リオの悲痛な言葉に、
ハクレイの笑みが、ふっと消える。

「竜人にとって、番であることを拒絶されるのは……死ぬほど痛いんだよ」
「……っ」

ナガレ様と同じ黄金の瞳が哀しく揺れて、リオの喉が詰まる。
それでも選択は変わらない。

「まぁ、それだけの愚行をやらかした弟が悪い」
「――よし、うん……なんとかしよう」

兄竜は、すぐにいつもの調子に戻る。

「ただし、今すぐは無理だ。それと…この部屋の位置は警備に見つかりやすい」

理由はなんでもいい。
とにかく部屋を移動したいと言いなさい。と、ハクレイは言った。

「アイツは喜んで叶えてくれるさ」
「……そうでしょうか?」
「ああ」

兄竜は、愉快そうに目を細める。
弟竜はまだ知らない。番に求められる喜びを。


「場所が変われば、改めて―― 君を攫いにくるよ」


それは、冗談ではなく、約束だった。
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