狼騎士と初恋王子

柚杏

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「で、クレエは何か用か?」
 ハッとしてクレエは思考を切り替える為に頭を振った。
 今日はレストに話があってきたのだから、王子としての自分はひとまず置いておこう。
「盗賊って、危険じゃないのか?」
 部屋の中をあちこちと動き回り必要な物をテーブルに集めていたレストがクレエに視線を移した。その目は狼らしいアンバー色で吸い込まれそうなくらい美しく、力強い。その目にじっと見られると心の中まで見透かされてしまいそうで、クレエは少し怖くなった。
「なんだ、心配してくれているのか?」
 入り口に立ったままのクレエの前まで戻ってきたレストは笑みを浮かべながらクレエの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「なっ、やめろって! 別に心配とかっ……」
 子供扱いされたみたいで頭を撫でるレストの手を退けようとするけれど、大きな手はビクともせず頭を撫で続けた。
「確かに安全とはいいきれないが……」
 懸命に手を退けようとしているクレエの顔の高さまで膝を曲げて合わせると、銀色の狼は真っ直ぐにクレエを見て言った。
「オレは誰にも負けない」
 その言葉は重く、魂に刻み込まれていつまでも消えない祈りのようで、呪いのようにも思えた。この狼の騎士が戦場で膝をついた時、この国は為す術なく陥落するであろうと悟りクレエは息が苦しくなった。
「まあ、大丈夫さ。今回は事後処理みたいなもんだ。剣を抜く事すらないかもしれん」
 レストの強さは誰もが認めていて、敵う相手はいない。それはわかっている。しかも本人が、誰にも負けないと自分に誓っている。心配する必要は全くない。
 けれど、それでも――。
「レストっ……」
 気が付いたら思わずレストの厚い胸に抱きついて顔を埋めていた。柔らかい銀の毛の感触がくすぐったい。
「ど、どうした?」
 突然のことに慌てるレストはどうしたらいいかわからず困惑して耳をピクピクと動かした。
「無事に帰って来たら……オレの項を噛んでほしいっ……!!」
 それは番になってほしいという意味。言葉で素直な気持ちを伝える方法が見つからなくて、一番わかりやすい言葉を口にした。
「……それって……つまり、番に?」
 驚くレストの背中に腕をグッと回してクレエは何度も胸の中で頷いた。
「番になるかって言ってただろ!? やっぱり冗談だったのか!? オレといると楽しいって……気が休まるって……」
 我ながらカッコ悪いと思い、クレエは真っ赤になった顔を見られまいとさらに強くレストの胸に顔をつけた。
 もっと素直に、もっと簡単な言葉で思いを伝える方法はあるはずなのに、本人を前にすると照れて素直になれない。
 本当は、ただ「好き」だと伝えたいだけなのに。
「……冗談なんか言ってない」
 少しの間のあと、ため息混じりに言ったレストの手がクレエの髪を撫で梳いたあと、柔らかく身体を包むようにしてクレエを抱きしめた。
 優しいのに力強い逞しい腕に包まれて心臓は壊れたようにドキドキと早鐘をうち、身体は熱く火照っていく。
 この美しく勇猛果敢で情の深い銀の狼が堪らなく好きだ。心の奥底から、身体の内側から、とめどなく好きという感情が溢れてくる。
 それは種族も越えて、性別も関係なく、ただ目の前のレストという存在にだけ真っ直ぐに向かっている。
「もっとちゃんと、いずれオレからちゃんと言うつもりだった。けれど断られたらと思うと冗談まじりにしか言えずにいた」
 強く抱きしめていた腕の力が弱まり、レストは真面目な表情でクレエの頬に触れて直視した。
「初めて会った時は生意気な子供だと思っていたのにな……いつの間にかその無邪気さや必死に挑んでくる姿を可愛いと感じるようになった。時折見せる哀しそうな横顔もどうにかしてやりたいと思ってしまう。誰か他の番を見つけたらどうしようと胸が痛くなる。こんなふうに思うのは、クレエ、お前だけだ」
 レストの視線を逸らすことが出来ないまま、クレエはその思いをゆっくりと頭の中で反芻した。一度にたくさんの気持ちを伝えられて処理が追いつかない。それでも理解出来たのは、レストが自分に特別な感情を抱いているということ。
「オレの番になってくれるか?」
 頬に触れた手が熱い。レストの体温なのか、それとも自分の顔が熱いのか。
「……なる……」
 嬉しさと気恥しさ、胸を締め付ける恋しさでそう一言、小さく返事をするのがやっとだった。
 レストはその返事を聞いてホッとした表情になり、その後、とても嬉しそうな笑顔を見せた。
「クレエ、帰るまでの約束をくれないか」
「約束って?」
「いない間に気が変わらないという約束を」
 急に不安げに耳を折るレストに「バカだな」と笑いながら言って、その頬にある傷を中心に優しく撫でた。柔らかい感触にもっとたくさん触れたいという願望が湧いてくる。
「約束の証しを……」
 大きな手が後頭部に回り、レストの顔がゆっくりと近付いてくる。綺麗な狼の顔に見惚れていたクレエは目を閉じることも忘れて約束の証しの口付けを受け入れようとした。
 ――が、唇よりさきにお互いの鼻先がツン、とぶつかってしまい間抜けな顔で数秒、見つめあっていた。
 やがて、どちらからともなく笑いが込み上げてきて何度も鼻先を擦り合わせて戯れると自然と顔を傾けたレストの舌がクレエの唇をそっと舐めた。
 まるで食むように何度も舌を出して口を大きく開き、クレエの唇を舐めては甘く噛む。初めての口付けの甘さに思考が溶けそうになりながら、クレエも狼の舌よりも短い自らの舌を出して応える。
「んっ……」
 どんなに大きく開いてもレストの口に貪られ喰らいつかれ呼吸も上手く出来ず、段々とクラクラしてくる。
 舌を絡み取られ口内の奥までレストの舌がうねるように入ってくるのを、肩で息をしながら受け入れる。お互いの唾液の音がぐちゃぐちゃと響く。その音の淫靡さに耳まで貪られているような気がして背筋がゾクゾクした。
「は、ぁ……」
 深く長い口付けから解放された瞬間、身体の力が一気に抜けてレストの胸に倒れこんだ。レストの身体はビクともせずにクレエを抱きとめて背中に手を回し支えた。
「……少し……いや、かなり……夢中になってしまった……すまない」
 まだ息の上がったまま、クレエは何も言えずに余韻に浸っていた。全身がビリビリと痺れて興奮がいつまでも冷めない。まるで発情期の身体みたいにどんどん体温は熱くなり、心臓が早くなる。
「……クレエ……?」
 胸の中にいてもレストが鼻をヒクヒクと動かしたのが分かった。そしてそれが何の匂いを嗅いだのかも。
「この匂い……もしかして……?」
 自分でも驚くほど、身体の内側からΩ特有の匂いが出ているのを感じた。発情期に相手を誘うフェロモンの甘い匂いが溢れてくる。
「っ……クレエ……発情期、なのか?」
 普通の人間でもクラクラするΩの発情期のフェロモンは、獣人でしかも鼻のいい狼のレストには強烈だろう。何とかしたくても一度こうなってしまうと自分ではどうすることも出来ない。現に今、思考は靄がかかったみたいにあやふやで少しでも気を抜いたら一瞬で持っていかれそうな状態だ。
「……なん、で……今、まだ……ちが……のに」
 発情期の周期はきちんと把握して、その数日前から気を付けていたのに。今はまだその周期ではないはず。なんで急に発情期が来たのかクレエも分からず困惑していた。
「オレのせいかもしれない……」
「え……?」
 熱い息を吐きながらクレエはレストを見上げた。
「獣人は、その……元は獣だから、発情するとフェロモンが出るんだ」
「Ωみたいな……?」
 クラクラする意識を何とか保ちながら聞き返すと、レストは頷いて気まずそうに耳を折る。
「オレが今、お前を抱きたいと思ったからそのフェロモンが出て……Ωのお前がそれにあてられたのかも……」
「なんだよ、それ……」
 獣人にそんな特性があるなんて知らなかった。それがΩの発情期に影響することも。
「オレのせいだ……でも、本心だ」
 レストが自分に性的魅力を感じている。Ωのフェロモンがなくても、求めてくれている。それがとても嬉しくて、クレエはその気持ちに素直に応えたいと思った。
「バカ……責任、とれよ」
 この発情した身体を鎮める為にはそれしかない。Ωとして産まれ発情期を迎えてから、初めてこの身を委ねたいと思う相手に出会い心を通わせた。だから全て捧げたい。
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