あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ

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カフェ店員のやんごとなき事情

ただならぬ関係に見えたけど

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 カウンターでマスターが訊いてきた。

「あまりちゃん、さっきのお客さんなんだったの?」

 会計するとき、海里は、小声で、
「また来る」
と言って去っていた。

 いや……来ないでください。

「ああ、えっと。
 父のお友だちの息子さんです。

 よくは存じ上げないんですが」
とあまりは笑顔を作って言った。

 高校の同窓会で再会した親同士が酔った弾みに、あまりと海里でちょうどいいとかいう訳のわからない理由で見合い結婚させようとした相手ですよ……。

 しかも、見合いは形式上のもので、勝手に話はどんどん進んで行っていたようだった。

 私、まだ写真しか見てないのにっ、と騒ぐと、弟のたけるが、
「他に誰か好きな相手でも居るのなら、連れてきたらいいじゃん」
と言ってきたのだが。

 いえ、おりませんとも、そんなもの。

 この二十数年間、ぼうっと生きてきたので、付き合うどころか、好きな人も居ませんでしたとも。

 あまりにぼんやりしていたので、なんとなく素敵なカフェで働きたい、というイメージだけを抱いたまま、就職活動もせずに大学を卒業してしまい。

 親が文句を言わないな、と思っていたら、勝手にそんな話が進んでいたのだった。

「あいつ、知ってるよ。
 犬塚の社長の息子だろ?」

 え、なんで? とあまりは成田の言葉に顔を上げる。

「大学一緒だったから」

「ええっ?
 成田さんって、ケンブリッジなんですかっ?」

「……なんで、ケンブリッジってわかったの?」

 釣書読まされたからですよ、とはまさか言えない。

「ケ、ケンブリッジのような香りがしたからです……」

「どんな香り……?」

「テ、テーブル拭いてきますね」
と布巾を手に、あまりは、よろりとテラス席へと向かった。



 本日のまかないは、エビとスモークサーモンにアボガドのディップのバゲットサンド。

 それに、あまりは、お店のロゴの入ったマグカップにたっぷりのカフェオレを淹れてもらっていた。

「あ~、幸せです~。
 やっぱり辞められません~っ」

 ほこほこに温かいマグカップを手に、思わず、そうもらしてしまうと、
「ええっ?
 あまりさん、もう辞める気だったんですかっ?」
沙耶さやが言ってくる。

 沙耶は近くの大学の二年生で、あまりより先に此処でバイトを始めていた。

 午前中は授業が詰まっているようで、バイトは午後からが多いのだが。

 いつも、何故か、まかないの出る直前にやってくる。

 まあ、わかる気はする。
 美味しいから、と思っていると、

「どう? あまりちゃん。
 それ、新メニューにする予定なんだけど」
とマスターに言われ、

「ピリ辛で美味しいです。
 カフェオレより、黒ビールとかの方が合いそうですねー」
と笑って言うと、ふいに成田が、

「意外に呑むよね、あまりは。
 犬塚とも呑んだりするの?」
と訊いてきた。

 思わずバゲットを握り過ぎ、すぽん、と海老が飛び出していった。

「やったっ。
 もーらいっ」
と自分の皿に飛んできた海老をすかさず、沙耶が食べてしまう。

 ああああああ。
 好きなのに、海老ーっ、と叫びそうになったが、成田への答えがまだだと気づき、
「え、えーと、なんでですか?」
と海里を前にしたときのような引きつり笑いを見せて言った。

「犬塚さんは、ただ、父のお友だちの息子さんってだけですよ」

 あまり面識もありませんし、と言うと、成田は、ふうん、という顔をし、

「いやいや。
 あまりちゃんがレジ打ってるとき、黙ってそれを見下ろしてる犬塚との間に、ただならぬ雰囲気が漂っていた気がしたから」
と言ってくる。

 見下ろしてるっていうか、見下してるっていうか。

 まあ、ただならぬ空気は漂ってましたよね、違う意味で……。

 海里は、見合いする前に断ったことで、プライドでも傷ついたのか。

 どうも恨みに思っているような気配を感じていた。

「誰ですか? 犬塚さんって」
と沙耶が身を乗りだし、訊いてくる。

「僕の昔の知り合いのすごいイケメンで、確か、父親の会社で支社長を……」

 言い終わらないうちに、沙耶は、
「あまりさん、紹介してくださいっ」
とこちらを振り向き、言ってきた。

 成田を見て、此処でバイトしようと決めたという沙耶は、イケメン好きだ。

「いや……成田さんに頼めば?」
と言うと、

「そんな成田さんに頼むなんて、失礼な」

 ねえ、成田さん、と本人に向かって言い、

「いや……別にいいよ」
と言われていた。


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