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カフェ店員のやんごとなき事情
ちょっとカフェで働いてみたいと思っただけなのに、何故、そんな話に……?
しおりを挟むあ~、足は棒のようでフラフラだけど。
今日も一日幸せだった。
あまりの仕事は五時半までだ。
そのあとはお酒も出したりしているようなのだが、夜に訪れたことはまだない。
夕暮れの暖かい風を受けながら、軽く伸びをしたとき、街路樹の陰に隠れたように立っている高校生がこちらを見た。
無言で、弁当箱を差し出してくる。
「いや、いいって」
「母さんが持ってけって」
「……家出中なんで」
と弟の尊に言うと、
「姉ちゃんの好きな、とろとろ半熟卵の肉巻きと、カリカリベーコンとアスパラの炒めものと。
シュガートマトとゆかりご飯のおむすびが入ってる」
とあまりが高校の頃使っていた可愛い保温ランチボックスを突き出したまま言う。
うう……。
あまりは思わず受け取り、両手で掲げ持ったまま、頭を下げた。
「あ、ありがとうございます」
うん、と通学の沿線から外れているのに、わざわざ運んできてくれたらしい弟は深く頷いた。
ちなみに、大学のときは、学食で食べていたので、お弁当箱は使っていない。
街路樹の陰から出て来た尊は呆れたように溜息をついて言う。
「帰ってきなよ。
もう見合いは断ったんだろ?
そりゃあ、父さんの会社的にも、相手の人と結婚した方がよかったみたいだけど」
うっ。
「でも、もう父さん断ったから。
これで会社が倒れても、それがあまりの意志ならって」
「待って。
うちの会社、別に経営怪しくないよね?
なに私に罪の意識を抱かせて帰らせようとしてんの?」
と言うと、バレたか、と言う。
酔ったノリで適当に娘の結婚を決めたくせに。
同窓会に来ていた恩師が、わしが仲人をしようと言い出したりして、引っ込みがつかなくなったようだが。
所詮は、酔っぱらいの戯言。
そのまま流せばよかったのに、何故、意地で娘を犠牲にしようとする、と思っていると、
「受ければよかったじゃん。
姉ちゃん好みの美形で、家も釣り合ってるし。
ケンブリッジ出てるんだろ?」
と尊が言い出す。
あんたも釣書読んだのか……。
「そんな人とは話合わないから」
と言ったものの、いや、成田さんとは合わないこともないな、と気づく。
まあ、成田さんは、ケンブリッジ出て、何故かカフェでバイトをしている変わり者だからな。
いや、カフェが悪いわけではないし、マスターとかすごく尊敬しているのだが。
なにかやりたい勉強とか、大学名が活かせるような職種につきたくて、ケンブリッジに行ったのではないかと思うのに。
「まあ、ともかく、姉ちゃん、帰ってきなよ」
「嫌よ。
このまま帰ったら、また、適当に結婚話持ってきそうじゃない、お父さん」
だが、尊は、
「外の世界に出てみたかったのなら、何処か系列会社にでも入れてもらえばよかったじゃん」
と軽く言ってくる。
「もう~。
そういうんじゃないんだってばっ。
私は、今、あのお店で働いてて楽しいのっ。
尊、今度、お店に来てよ。
ほんとに素敵なお店なんだからっ」
はいはい、という顔を尊はする。
「わかったよ、姉ちゃんの決意は」
と言ったあとで、尊は、あまりの手を両手で握ってきた。
「このまま、客として来た妙な男とくっついて、借金取りに追われたり、おかしな仕事を始めたりしても、姉ちゃんは、僕の姉ちゃんだからね」
「……待って。
ちょっと年頃の娘らしく、一人暮らしして、素敵なカフェでバイトしたいって思っただけで、なんで、私、そこまでの転落人生……?」
「待ってるよ、お姉ちゃん。
いつでもあそこはお姉ちゃんのおうちだよ」
なにがあっても帰ってきてね、と言って去っていく弟の背に、
「だから、なんで、そんな転落人生……?」
とあまりはひとり呟いた。
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