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あやかしより不思議なものが現れました
なにもヒュッゲじゃないんですけど
しおりを挟む結局、あの夜のことには触れないまま、ふたたび、金曜の夜を迎えていた。
今日は叱られたわけではなかったのだが、萌子はなんとなく、またカンテラを手に祖母の家の裏山を歩いていた。
今度は穴に落ちないよう気をつけながら。
すると、向こうからまた、総司がやってきた。
今度は小ぶりな斧を持っている。
夜目がきく人なのか、また灯りは持っていない。
お互い無言で、まっすぐ歩いてきて、目の前で止まる。
ヤンキーなら、メンチ切ってんのか、と言いたくなる動きだろう。
総司は、こんばんは、とか、いい月ですね、とかの場を和ませる挨拶もなく、いきなり、
「この間は気づかなかったんだが、いいカンテラだな」
と萌子の手にあるアンティーク風な色合いのカンテラを見て言ってきた。
いや……、今、他に気づくことはないのですか。
部下がなんでまたこんなところにいるのだろうとか、あなたは思わないのですか。
だが、お気に入りのカンテラを褒められて嬉しく、萌子は、
「ありがとうございます。
よく覗くアウトドアグッズのお店で見つけたんです」
と総司に教える。
「ほう、何処だ」
別に話さねば殺る、と構えたわけだはないだろうが。
総司は斧をヒョイと持ち上げ、柄で肩を叩きながら、そう訊いてくる。
萌子が、そのお店が入っているショッピングモールの名前を告げると、
「ほほう。
あそこに、そんな店が。
あのショッピングモールは行ったことがないから知らなかったな」
と言ってきた。
……あの、私の記憶違いでなければ、あのショッピングモール、会社の目の前にあると思うんですけど。
私より長く会社に勤めてて、小さい商店ならともかく、目の前のドデカイ複合商業施設に行ったことがないとかあるんですか。
普通、用はなくとも、会社帰りにちょっと覗いてみたりしないだろうか。
……まあ、この人、興味ないことには関わらなさそうだしな。
待てよ。
ってことは、こうして山の中で出くわして、カンテラ持って立ってても、好みのカンテラ持ってなかったら、スルーされてた可能性もあるわけか、
と萌子は気づく。
街中ですれ違ったのとは訳が違うので、普通そんなことあるわけないのだが、この人の場合、本気でありそうなのが怖い。
萌子は総司に求められるまま、その店にあるアウトドアグッズの説明をした。
総司は、ふんふん、なるほど、と真面目な顔で聞いている。
……課長になにか教えてんの、変な感じだな、と思っていたが、総司は、
「店の傾向は大体わかった。
ありがとう」
と礼まで言ってくる。
なんだろう。
今までで一番、課長に感謝されたような……。
仕事のときに資料などを渡したら、ありがとう、と言ってくれるときはあるのだが。
こんにちは、こんばんば、はい、どうも的な、流れ作業なありがとうだった。
だが、今日のありがとうは、ずいぶんと心がこもっていた。
だが、総司は必要な情報を聞くだけ聞くと、
「じゃあ」
と言い、さっさと行こうとする。
やはりそこで、じゃあか、と思いながら見送ろうとした萌子だったが。
ふと、
「あの」
と呼びかけてみた。
なんだか止まらない気がしたが、総司は足を止め、こちらを振り返る。
萌子は呼びかけておいて、
ええっ!?
そこは止まるんですか!?
とちょっと困った。
ほんとうに振り返ると思っていなかったので、総司に話しかける心構えができていなかったからだ。
「あの、こんなところでなにしてるんですか?」
「ソロキャンプだ」
「ああ、そういえば、この上の方になにやらキャンプ場みたいなのができたんでしたね」
と言ったが、
「いや、まだそこまで到達していない」
と総司は言う。
「山のこの上の辺りが知り合いの所有しているエリアなんだ。
まず、その辺りで、やってみて。
これは行けるかなと思ったら、キャンプ場に行ってみようかと」
いや、逆ですよ……と萌子は思う。
キャンプ場の方が初心者でもできるように設備が整っているのでは?
っていうか、堂に入った感じだが。
もしや、キャンプ初心者なのか?
と思う萌子に総司が訊いてくる。
「いいカンテラ持ってるのに、お前はキャンプしないのか」
いや、どんな話の飛躍ですか、と思いながら、
「キャンプするって発想はなかったです。
私は灯りが好きなだけなので」
と言うと、ほう、と総司はちょっと感心したように言ってきた。
どうやら、総司も灯りのグッズに興味があるようだった。
まあ、キャンプ用品のひとつとしてだろうが。
すると、そこで総司が語り出す。
「俺は事情があって、毎週山にこなければいけないんで」
どんな事情だ……。
「わりとこの辺にいるんだが」
いるんだが? と萌子は身を乗り出したが。
総司はそこで上を向いて少し考えたあとで、
「じゃあ」
と言って、また歩き出してしまった。
いや、いるんだが、なんなんですかーっ、
と萌子は思わせぶりなところで止まった総司の言葉に心の中で絶叫していたが。
総司はこちらを一度も振り返ることなく。
使うときの感覚を確かめるためか、軽く斧を振ってみながら林の中に消えていった。
これ以上、総司を呼び止める勇気は萌子には、もうなかった。
灯りで癒されようと思って、暗い山の中にわざわざ来たのに。
もやっとするんですけどっ。
来る前より、更に、もやっとしてるんですけど~っ。
なにもヒュッゲじゃない~っ、と思いながら、萌子はカンテラを手に山を下る。
そういえば、怒涛の展開で、またちゃんとお礼が言えなかったな……、と思いながら。
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