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雨が降らなくなりました
ちょっと言いたいことがある
しおりを挟むキャンプのあとの神社と兄への参詣は、最早、恒例となっていた。
萌子たちは、夕暮れの境内でしゃぼんだまを飛ばしている親子と話していて。
藤崎と司は、それを離れた位置から眺めていた。
この間、勢いで花宮に告白できそうだったのに。
結局、なにも言えなかったな……と思いながら、藤崎は空に舞い上がる黄昏色のシャボン玉を見上げていた。
ふっと寂しく笑い、
「困ったもんですよ、この霊」
と藤崎は、おのれの右肩を振り返る。
肝心な女性になにも言えないタラシの霊を振り返ったつもりだった。
が――、
「いや、藤崎。
この間の霊なら、もう離れてるぞ」
と司があっさり言ってくる。
えっ? と藤崎はもう一度、後ろを振り返った。
いや、振り返ったところで、どのみち霊は見えはしないのだが。
司の視線がすごい速さで、藤崎の後ろから萌子たちに向かい動くのが見えた。
ウリを見ているようだ。
ウリは普通に藤崎を通り抜けていったらしい。
やはり霊はもう憑いていないようだった。
……花宮になにも言えなかったのは、俺の自前の(?)ヘタレのせいだったのか、
と藤崎が落ち込んでいる頃、藤崎に憑いていたタラシの霊は、理に憑いていた。
が、今、特に意中の女性がいない理は、ただ女性に声をかけやすくなっただけだった。
「なんか最近、絶好調なんだよ、俺ーっ。
今度、秘書の柴崎さんと呑みに行くんだー」
と会社で陽気に総司に言っていた理は、柴崎に本気になった途端に、なにも言えなくなる自分の未来をまだ知らなかった。
ようやく恥じらうことを覚えたケモノの萌子は、どうしたら部屋がキャンドルでいっぱいになるかな、と思っていた。
事あるごとに、あの日の総司の言葉を思い出していたからだ。
『お前の部屋がキャンドルでいっぱいになったら、全部に火をつけて。
ちょっと言いたいことがある』
ちょっと言いたいこととは、なんだったんですか、課長っ、
と思いながら、萌子は社食で同じテーブルになった総司を見つめていた。
みんなの話を聞いていなかったので、
「ヒュッゲってなに? 花宮さん」
といきなり理に名前を呼ばれて、ハッとする。
どうやら、総司がソロキャンの話から流れて、萌子が好きなヒュッゲの話をしていたようなのだ。
「あ、えっとですね」
と突然、話を振られてうろたえながらも、萌子は言った。
「静かな場所で、ロウソクの灯りを見つめてみたりとか」
「なにそれ、寺?」
とめぐが横から言ってくる。
「よく選んで、ほんのちょっとのいいものを買って、大事に使ったり」
「あんた、100均大好きじゃん」
と今度は多英が口を挟んできた。
だーかーらー、と萌子は言う。
「そんな風に生きたいなあという願望ですよっ。
急がしい毎日に流されずに、ゆっくり大事な物を見つめて過ごすというか」
「あー、それで、あんたも山の中でのキャンプとか好きなの?」
と多英は言うが。
キャンプは慣れて要領よくならないと、なかなか忙しいですけどね、と萌子は思っていた。
でも、その忙しさにも、ああいう場所だと、なんだか癒されてしまうのだが。
「そういえば、ヒュッゲな国、スウェーデンの人は寝室以外のカーテンは閉めないらしいんですよね。
カーテンも飾りのひとつらしくて。
素敵に飾った家の中を外からも見て欲しいらしいです」
そんな話をした翌日、萌子が休憩しようと、廊下の自動販売機のところにいたら、いきなり、
「カーテンは閉めろ」
と言う声が耳許で聞こえてきた。
振り返ると、総司が立っていた。
何処かの部署に行った帰りのようだ。
「あれから、いろいろ考えてみたんだが。
お前も一応、女なんだから、カーテンは閉めた方がいいぞ。
日本では、外から見られっぱなしの女性の部屋は、物騒で、なにもヒュッゲではないからな」
それ、昨日から、ずっと考えてたんですか……と萌子は自動販売機のボタンを押しかけた手を止め、苦笑する。
「開けてませんよ、物騒ですから。
うちの前まで来たとき、開いてたことないでしょう?」
と言うと、総司は何故か赤くなり、うむ、と頷く。
「でもまあ、課長に買ってもらったキャンドルを可愛く並べてるんで、みんなに見て欲しい気持ちはありますけどね」
と笑うと、
「カーテンを開けて、外から見える仕様にするのなら、キャンドルよりも甲冑を買ってやる。
あの部屋は防犯がしっかりしてそうだと思って、犯罪者も寄ってこないだろう」
と総司は言ってきたが。
いや……、防犯がしっかりしてそうじゃなくて。
なんかヤバイ奴が住んでそう、と思われて、犯罪者以外の人も寄ってこなさそうですよね、
と思う萌子の頭の中では、カーテンが開けられた窓の左右に、西洋の甲冑と日本の鎧が鎮座ましましていた。
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