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雨が降らなくなりました

俺が好きなのは……

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「萌子、萌子ーっ」

 朝、仕事をはじめてすぐ、めぐが廊下を歩いていた萌子を追いかけてやってきた。

 萌子の肩を叩きながら、にまにま笑って言ってくる。

「昨日、あれからなにがあったの~っ?
 ふたりで消えたじゃない~っ」

 確かに、昨夜、総司と萌子はみんなの前から忽然と姿を消した。

 だが、興味津々なめぐに向かい、淡々とした口調で萌子は言う。

「駅ビルの中を上から下まで、キャンドル探してうろついてた」

「え、ずっと……?」

 うん、と頷いた萌子は、
「それから、疲れて、カフェで座り込んで。
 アイスコーヒーを飲んでるうちに、正気に返ってタクシーで帰った」
と真実をありのままに報告する。

「なにが正気に返って、タクシーで帰ったよ。
 あんた、ラッパー!?」
といつの間にか後ろにいた多英が怒って言ってくる。

 いや、ラッパー以外の人もいんは踏むと思いますね……。

 っていうか、今のいまいち踏めてませんよね、と思う萌子に、多英は、
「課長はそれで素直に帰ったの?」
と突っ込んで訊いてきた。

「はい。
 タクシーで送ってくれたんですけど、じゃあって」

「あんたがおあがりくださいって言わないからでしょっ。
 また部屋が汚れてたんでしょっ」
と説教される。

「い、いやいや。
 それだけでもないですよ。

 ……だって、課長に、おあがりくださいとか、あんな遅い時間に言うとか。

 なんだか恥ずかしいじゃないですか」
と赤くなって俯き萌子が言うと、めぐが、

「多英さん、この人、照れという感情を覚えたらしいですよ」
と人をケモノかなにかのように言ってくる。

「課長を前に恥じらうことを覚えたのね。
 ちょっと進化したようね」

 いや、前から恥らったりはしてますよ。

 でも、確かに。
 前以上に課長を意識してるかな、とは思いますね……と思いながら、二人と別れ、給湯室に向かって歩いていると、藤崎と出くわした。

「あれ?
 どうしたの?

 その先、ケメちゃんがいるよ。

 しばらく姿消してるんじゃなかったの?」

 昨日、めぐが、藤崎は見慣れすぎてて、イケメンに見えないと言っていたことを思い出してそう言う。

 確か、一ヶ月くらい顔見せなかったら、イケメンに見えるようになるかもと言ってなかっただろうかと思い、言ったのだが。

「同じ社内でどうやって、顔合わせないでいるんだよ。
 しかも、うちの部署とケメのとこ、目と鼻の先だろ。

 っていうか、なんで俺がケメを好きなことになっている。

 俺が好きなのは……

 ……好きなのは……」

「あっ、田上たのうえさんっ。
 いたっ。
 ついに見つけましたよっ」

 藤崎の言葉が止まった瞬間、萌子はそう叫んで振り返っていた。

 田上さんと言うのは、定年後も嘱託として、何年も会社に残っているおじいさんで。

 なかなか地上には出てこない地下倉庫のあるじみたいな人なのだが。

 地下倉庫の主のわりには、地下倉庫に行っても滅多に出会えないという、不思議な仙人みたいな人だった。

 見た目も総白髪で、かすみを食べて生きてるのかなという感じに、ひょろっとしていて、仙人っぽい。

「印鑑、くださいっ。
 印鑑ーっ」
と萌子は、ひょひょひょひょひょとたいして急いでいるようにも見えないのに、素早い田上を追いかけて、階段に向かい、走って行った。



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