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私の推しは、にーろくふです
竜王戦 第三局
しおりを挟む「知ってるわよ。
田中さんの番号くらい~」
なぜ、田中さんの携帯の番号は知っていて、娘のは知らないのかと問いただすと、母はそう言う。
「だって田中さん、いつも師匠に頼まれて、うちの和菓子、携帯から注文してはとりに来てるもの」
……竜王、使いっ走りか、と思ったが、
「田中さん、歩くの好きなんだって」
と言う。
そういえば、なんかいつも考えながら散歩してるみたいだからな。
私は最近、家から川を見下ろしていると、いろいろ思い浮かぶんだが――。
田中さんに食べてもらえるかはわからないけど。
……とりあえず、考えてみよう、竜王戦用のお菓子、とめぐるは思った。
ふんふん。
将棋めしって、最近、いろいろ取り上げられてるけど。
話題になってるだけじゃなくて、ほんとうに大事なのね。
栄養脳に直結してるし。
気分転換にもなるんだろうし。
食事のメニューはすごく考えて作られてるんだろうから、スイーツもその辺、考慮しないとな。
めぐるは対局の間に食べる食事やスイーツについて、真面目に調べはじめた。
頭が回るスイーツとかどうだろう。
……黒木田さんも頼んだら、黒木田さんも回っちゃうな。
疲れがとれるスイーツとか。
黒木田さんも頼んだら、黒木田さんも元気になっちゃうな。
まあ、二人とも万全の体制で戦う方が田中さんも嬉しいかな。
弱ってる人に勝っても嬉しくないかもしれないし。
って、そもそも、二人とも私のスイーツ選んでくれないかもっ。
なんかご当地メニュー的なスイーツもメニューに載るらしいから、そっちを選んでしまうかもっ。
めぐるの頭の中では、田中ですら、めぐるのスイーツを頼んでくれていなかった。
……う~ん。
まあ、でも、いろいろ考えても、第七局までたどり着かないかもしれないから、余計な心配かもしれないなー。
ふふふ、と送られてきた資料に載っている田中を見ながら微笑んだめぐるだったが。
田中竜王は第三局で負けてしまった――。
「ごめんなさいっ。
私のせいです~っ」
食堂に来た田中にめぐるは土下座せんばかりに謝った。
いや、なぜだ……という顔で田中が見ている。
「私が田中さんにスイーツ食べさせたいなって思ったから、私の怨念がっ」
「怨念?」
と健が苦笑いする。
「いいえっ。
めぐる様のスイーツに呪われるなんてことありませんっ」
めぐるファンたちは食堂に戻ってきていた。
めぐるが竜王戦第七局のスイーツを担当するという記事が出たからだ。
ちなみに、彼女たちは、めぐるがこのために、また帰ってきたと思っている。
いや、ずっと日本にいたんだが……。
「めぐる様のスイーツを食べると、ほっこり幸せな気持ちになるんですっ」
「なにそれ、宗教?」
と健が口を挟んでくる。
だが、茶化されても彼女たちは熱く訴えてきた。
「そうですっ。
嫌なことも辛いことも。
なにもかもどうでもいい気がしてくるんですっ。
明日、提出の企画書が半分しか書けていないことも、そんなに大変なことじゃないかなってっ」
いや、それは大変なことなのでは……、とめぐるは思っていたが。
要は、そのくらい余裕な感じで物事にとりかかった方が、脳が萎縮しなくて上手くいく、という話のようだった。
「心配するな。
お前のせいじゃない」
と田中は言ってくれた。
「宇宙人の卵は頭の中から追いやっておいたし」
と不思議なことを言う。
「なんですか、宇宙人の卵って」
「……覚えてないのか。
メールでお前の弟に訊いたが、昔の記事すぎて覚えてなかった。
真実は闇の中だな」
と田中は眉をひそめる。
「まあ、別に一敗したからと言って、どうということはない。
想定内だ。
そもそも、ずっと勝ち続けられるわけないだろ。
相手は黒木田なんだから。
それに、むしろ、今回は内容では勝っていた!」
田中は逆に機嫌がよかった。
負けたのに勝ってたってなに……?
将棋、やっぱり、よくわからない、とめぐるは思っていた。
「めぐるちゃん、いろいろ大変だねえ。
棋士の人がよく行くお店とか、対局のとき、出前とるお店とかあるから。
ちょっとどこかに行ってみる?
タイトル戦のときの将棋めしとはまた感じが違うから、参考にはならないかもしれないけど」
と師匠が言ってくれて、将棋会館近くのレストランに連れて行ってくれた。
田中も一緒だった。
「あ、天才パティシエ、めぐるちゃんだ。
週刊誌見たよ~。
あ、竜王戦の将棋めしの記事の方ね。
これ、おまけ。
竜王戦のスイーツ、頑張ってね」
と気のいいシェフのおじさんが水色のゼリーをおまけしてくれた。
将棋めしの記事の方ね、とわざわざ言うと言うことは、久門さんの方の記事も読んだんだな。
なんか気を使わせてしまったな、とめぐるは思う。
「あ、おいしい」
水色のゼリーに白いホイップクリームがのっている。
なんの変哲もないゼリーだったが、懐かしい感じがして、しみる美味しさだった。
「……このいつも食べ慣れている味に勝てるくらいのスイーツじゃないといけないんですよね。
頑張らねばっ」
とゼリーが入っていたガラスの器を見ながら言って、
「おい、天才パティシエ……」
と田中に呆れられる。
いやいや、豪華ならすごいとか。
よくあるものだから、簡単だとかそういうものでもない。
人には好みというものがあるわけだから。
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