同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ

文字の大きさ
30 / 44
私の推しは、にーろくふです

勝負おやつの依頼

しおりを挟む
 

 建て付けの悪い木の扉を開けると、田中が立っていた。

「あっ、田中さんっ」
と言うと、上でガサガサ音がした。

 どどどっと鞄をつかんだ雄嵩が下りてくる。

「田中さん、こんばんは。
 俺、番組録画すんの忘れてた。

 じゃあ」
となぜか急いで帰ってしまう。

「気をつけてねー」
とその後ろ姿に向かい、めぐるは叫んだ。

 もうガタイのいい高校生なのだが、めぐるの中の雄嵩はまだ、手を引いて公園に連れていっていた頃のイメージのままだ。

 雄嵩が夜道を帰るときはいつも、大丈夫だろうか、ひょいと誘拐されたりしないだろうかと心配してしまう。

 充則に言ったら、

「いや、まず、ひょいと抱えられないし。
 抱えようとしたら、相手が殴られて吹っ飛ばされると思うし。

 あいつ、中学のとき、部活の嫌味な先輩、吹っ飛ばしてたから」

 だから、ナイナイと手を振り言ってきたことだろうが――。

「あ、えーと……

 お、おめでとうございます。
 竜王戦」
とめぐるは言ったが、田中は渋い顔をしている。

「いや……まだスランプのままだから。
 調子悪くて」

 いや、あなた、勝ちましたけど。

 それで、スランプとか言ったら、あなたに負けた黒木田さんとやらはどうなるのですか、とめぐるは思う。

 だが、勝っても、内容では押されてる、ということもあるらしい。

 そういうのが気に入らないのかな、と思ったとき、田中が言った。

「だが、とりあえず、勝てたから、これだけは伝えたくて来た。

 ありがとう、めぐる。
 お前のおかげで勝てた」

 いや、私、なにもしてませんけどっ!?

 その表情に気づいたように田中が言う。

「そういえば、いろいろ言っていたのに、お前の菓子なしで勝ってしまって申し訳ない」

「い、いえ、そんなことは別にいいんですけど」

 私が勝手にお菓子を作ってあげたいと思ってるだけですから……。

 マンガやドラマみたいに、食べ物ですべて解決なんてことに、世の中はならないし。

 でも、ちょっとでも、頑張ってる人の気分転換になるお菓子が作れたらな、とは思っている。

「――第二局もお前のために勝つ」
「えっ?」

 どきりとしためぐるだったが、

「……賭けた覚えはないんだが。
 なぜか竜王戦にお前を賭けていることになっていて」
と眉をひそめて田中は言う。

 対局のときと同じに、悩んでいる様子も美しい田中の顔を眺めながら、めぐるは言った。

「ああ、久門さん……」

「いや、黒木田も自分が勝ったら、お前をもらうと言っている」

 会ったことないんですけど、その人っ。

「お前は好みじゃないと言っていたんだが。
 自分が苦労して勝って、久門がお前を手に入れるのは気に入らないと――」

 好みじゃない人にもらわれるの、嫌なんですけどっ、とめぐるは思わず、田中の手を握る。

「勝ってくださいっ、田中さんっ」

 田中は手を引きかけた。

 あ、なんか、図々しいこと言っちゃったかな。

 まあ、私のこと関係なしに、竜王戦は勝たなきゃいけないんだろうけど。

 そう思ったとき、ちょっとだけ赤くなっているようにも見える田中が道向こうの街灯を背に言う。

「……勝つよ。
 だが、ひとつ気がついたんだが」

 なんですかっ?
とめぐるは身を乗り出す。

「この勝負、俺が負けたら、久門か黒木田がお前と結婚するらしいんだが。
 俺が勝っても、俺にはなんにもないんだが」

 ほんとうに、今さっき、気がついた、というように、田中は困惑したように言う。

「……そういえば、そうですね。
 あっ、じゃあ」
とめぐるは提案する。

「田中さんが勝ったら、なにか好きなスイーツ、お作りするってことでっ」

「……いや、いらない」
と言われて、ええっ、と叫ぶ。

 


 いらないはなかったな、と田中は帰りながら反省する。

 もちろん、やっぱり、作ってもらおうかとは言ったのだが。

 いやいや、だって、おかしいだろう。

 俺が負けたら、お前は他の奴と結婚して。

 俺が勝ったら、スイーツを作ってくれるだけとは。

 いや、別にあいつと結婚したいとか、そういうわけではないんだが……。

 家に帰った田中は、なんとなく、まだめぐるに関わっていたくて。

 この間、雄嵩が教えてくれた、雄嵩のブログを読むことにした。

 姉、めぐるのことが結構書いてあるからだ。

 もちろん、姉としか書いていないので、雄嵩が天花めぐるの弟だと知らない人には、彼女のことを書いているとはわからないだろうが。

 ……それにしても、脳をやられそうな言動ばかり書いてある。

 こいつを久門や黒木田のもとに送り込んだら、絶対、あいつら調子を崩して楽に勝てるようになるだろうな、と思うほどに。

 台所に宇宙人の卵があったってなんなんだ……。

 しかも、雄嵩も所詮、めぐるの弟。

 そんなフレーズを軽く流し。

 常人にわかるように、事細かに説明してくれていたりはしなかった。

 ――どうしよう。
 宇宙人の卵が気になって、対局に集中できないかもしれない。

 天花めぐる。

 すごい破壊兵器だ……と田中は思った。

 


 そんな微妙な状態で次の対局までの時間を過ごしていためぐるのもとに、とある地方の老舗ホテルから電話がかかってきた。

「天花めぐるさんでいらっしゃいますか?
 ホテル雪花風月せっかふうげつです。

 お世話になります」

「あっ、お世話になりますっ。
 天花めぐるですっ」

 よくこの番号がわかりましたね、と言うと、

「すみません。
 どうしてもめぐる先生とご連絡とりたかったんですけど。

 フランスの方にはもういらっしゃらないみたいだったので」
と言われる。

「あっ、すみません。
 あっち、引き払ってしまったので」

「それで、この前、若林さんのところの雑誌に出られてたから、若林さんに訊こうかと思ったんですが。

 あ、うちも以前、若林さんに取材受けてたんで。
 若林さんの連絡先は知ってたんですよ。

 でも、若林さん電話に全然出られなくて」

 ……若林~。

「そのあと、ご実家の和菓子屋に電話したら、ようやくお母様がこの番号を教えてくださって」

 母、よく知ってたな、と思ったのだが……。

「実は、お母様もご存知なかったみたいで。
 お母様が田中竜王に訊いてださったんですよ」

 母よ。
 なぜ、娘の携帯番号はわからないのに、田中さんの番号は知っているっ!?

「それで、今、電話している次第しだいです」

「ど、どうもご迷惑おかけまして……」

「田中竜王がご存知なら、直接、将棋連盟に訊けばよかったですね」
とホテルの支配人は笑っている。

 悪いと思ってか、週刊誌に載っていた久門の名前は出してこなかった。

 いや、あれ、誤報ですからね、とめぐるは思う。

「実はですね。
 うちのパティシエが子どもの運動会に参加して、手を骨折してしまいまして」

 ……怖いな、運動会。

「それで、もし、めぐる先生のご都合がつくようでしたら。
 竜王戦の日のスイーツを作っていただけないかと……」

 ええっ!?

「以前、うちにめぐる先生の焼き菓子を卸していただいてたじゃないですか。
 黒木田名人が対局のときに召し上がられて、すごく気に入られてたのを思い出したんですよ」

「そ、そうだったんですか……」

「ただその、うちである対局がですね。
 今回、第七局でして」

「第七局?」

「あ、めぐる先生は将棋とかご興味ないですか」

 ……将棋に興味はなかったんですが、にーろくふ、以外。

 棋士の人は最近、やたらとお見かけしますね。

「実はその、竜王戦の七局というのは、ないことも多くて。
 どちらかが圧勝してしまうと、七局までたどり着かないんですよ」

 そうか。
 確か、竜王戦は七番勝負らしいから。

 どちらかが、四勝した時点で終わりということか。

 ということは、七局どころか、五局目くらいの会場からは、ない可能性もあるということなんだな。

 どちらかが圧勝……。

 じゃあ、七局はない方がいいが。

 それだと、このホテルの人たち、せっかく準備したのに、残念だろうな。

 でも、田中さんには圧勝して欲しいし。

「あ、もちろん。
 めぐる先生に考えていただいたスイーツは、対局がなくとも、フェアを行ったりして皆様に食べていただこうと思っています。

 急なお願いで申し訳ありません。

 うちのスタッフにもめぐる先生のスイーツのファンが多いので、ダメ元でお電話してしまいました。

 もし、お受けいただけるのでしたら、詳しい資料などお送りしますので」

「あ、やります」

 返事が早すぎたようで、ちょっと間が空いた。

 えっ? と訊き返される。

「やります。
 やらせてください」

「ほんとうですかっ?
 ありがとうございますっ。

 めぐる先生のような方に来ていただけるなんて、スタッフ一同感激ですっ。
 では、今後の打ち合わせについてですがっ」

 めちゃ歓喜してくれている。

 よほどパティシエが見つからなかったんだな。

 私みたいな、ほぼ廃業してるやつに声かけてくれるなんて――

 とめぐるは思っていたが。

 そもそもが、めぐるの心の中だけの廃業だったので。

 フランスの人たちも、めぐるが店を閉めたのは、新たなる躍進のためだと信じていたし。

 日本のほとんどの人はそもそも、めぐるが店を閉めたことすら知らなかった。


 

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

処理中です...