同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ

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私の推しは、にーろくふです

俺はその子を賭けて竜王戦を戦うんだろう?

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「田中じゃないか」
「黒木田……」

 こいつは、おしゃれランキングとやらにも入ってそうだな、と高そうな黒いストライプのシャツを着た黒木田を見る。

 他にも将棋会館から流れて来たらしい人たちが来ていて、おっ、竜王と挑戦者が遭遇したぞ、と緊張して見ていたが、田中は違うことで緊張していた。

 めぐるを賭けて黒木田と勝負する妄想がまだ残っていたからだ。

「一緒にどうだ」
「ああ」
と二人は同じテーブルに腰を下ろす。

 二人仲良くひとつのメニューを眺めていると、黒木田が言った。

「そういえば、俺は知らない間に、お前と天花めぐるとかいう天才パティシエを賭けて勝負することになっているようだが」

「誰から訊いた?」
「久門」

 ……まあ、そうだろうな。

「なんで久門とお前の争いに巻き込まれるのか、意味がわからないが」

 すまない、と田中は久門の代わりに謝った。

 ――あいつ、勝ち残れてもないのに、何故、竜王戦で決着をつけるとか言ったんだろうな。

 よく考えたら、まだはじまってない、他のタイトル戦でやればいいじゃないか。

 そう思ったとき、黒木田が言った。

「でも、おかしな話だよな。
 俺が苦労して勝って、なんで、久門がその子と結婚するんだ」

 いや、ほんとうに申し訳ない、と思ったとき、黒木田がメニューから顔を上げ、
「俺は決まったぞ」
と言った。

「俺もだ」

 二人で店員を呼ぶ。

「カツ丼」
と同時に言った。

 同じものを頼むのはお互いわかっていた。

 二人ともメニューの同じところを見ていたからだ。

 対局のときでなくともお互いの些細な動きにも敏感になっている。

「調べてみたんだ。
 久門の記事じゃ、よくわからなかったんで」

 ん? と田中が顔を上げると、

「天花めぐる、調べてみた」
と黒木田は言う。

「なぜ、わざわざ」
「いや、俺はその子を賭けて竜王戦を戦うんだろう?

 どんな子か見たいじゃないか。

 だがまあ、考えれば考えるほど、納得がいかない。
 なぜ、俺が巻き込まれねばならないのか。

 それで思ったんだ。

 俺が勝ったら、俺がその子をもらえばいいのでは?」

 いや、なんでそうなったっ?

「顔を見たところ、そんなに好みじゃなかったんだが」

 いや、好みじゃないなら、やめとけよ。

 なんせ、絶望のタヌキだからな。

 久門と違って、ほんとうに美意識の高そうな男には似合わないだろう。

 そう思って、ホッとしかけたとき、黒木田が言った。

「かなりの美人だが、可愛い系なんで、好みじゃない。

 でも、そういえば、昔、対局のとき、彼女のスイーツを食べたことがあったのを思い出した」

 ――なんだって!?

「あのとき、激戦の末、勝ったから、俺にとっては縁起のいいスイーツだ。
 それに、確かすごく美味かった」

 そこで、カツ丼が来た。

 蕎麦屋のカツ丼は、蕎麦用のじっくり寝かせた調味料、かえしや出汁を使って作ってあるので、美味い。

 しばらく二人とも、黙って食べた。

 対局と同じくらい、カツ丼にも集中する。

 そのあとは、店を出て、将棋会館まで歩きながら、たわいもない将棋仲間の話をした。

 黒木田にとっては、勝ったらめぐるをもらうと言ったことなど、どうでもいいことのようだった。

 まあ、どうせ、久門が言った適当な話に乗っかってみただけだろうし……と気を落ち着けようとしたが。

 落ち着かない。

 黒木田が、めぐるを巡る戦いに参戦しそうなことより。

 自分より先に黒木田が、めぐるのスイーツを対局で食べて勝っていたことの方がショックだった。



「え?
 そんなことありましたっけ?」

 急いで将棋会館での用事をすませ、お腹も空いていないのに食堂に行った。

 黒木田に聞いた話をすると、めぐるは心当たりがないようで、小首をかしげている。

「なにかのタイトル戦のときの話だと思う」

「タイトル戦……、日本各地の旅館やホテルとかで行われるんですよね?」

 めぐるは腕を組み、天井を見たあとで、あ~、と言う。

「そういえば、私、日本の老舗ホテルとかにもお菓子おろしてますからね。
 盛り合わせの中とかにあったんじゃないでしょうか?」

「……そうなのか。
 黒木田はお前の菓子を食べた対局は激戦の末、勝ったから、縁起のいい菓子だと言っていた」

「そうなんですか。
 じゃあ、田中さんにも無になるお菓子より、縁起のいいお菓子を作って差し上げたいですね」

 そう言って笑うめぐるの顔を田中は黙って見つめていた。

「嫌だと思ったんだ」
「え?」

「俺じゃなくて、他の奴がお前の菓子で勝つのは――」

 なんでだろうな、と田中は呟き、周りで食べていた常連さんたちは、

 それは恋では……?

 っていうか、その人が勝つのも、あなたが勝つのも菓子のおかげではなくて、ご自分の力では?

と思っていたが、みんな邪魔しないよう、聞いていないフリをして、ラーメンをすすったりしていた。

 


『嫌だと思ったんだ。
 俺じゃなくて、他の奴がお前の菓子で勝つのは――』

 ここ数日、めぐるは、ずっとそんな田中の言葉を思い出しながら過ごしていた。

 お客さんのいない昼過ぎ。

 食堂のカウンターに座り、ぼんやりテレビを眺めていると、ビーフカレーとよく冷えたアイスコーヒーが映っていた。

 鉄板な組み合わせだな、美味しそう、とめぐるは眺める。

 かなり黒い色のカレーは昔よく行っていた蔦の絡まる喫茶店を思い出させる。

 あれ、おいしかったよな~と思ったとき、百合香が厨房から声をかけてきた。

「ところで、あんた、いつまで日本にいるんだい」

「え?
 いや、まだスランプだし。

 また戻って、一からはじめるって言っても……」

「スランプってのは……」
と百合香が言いかけたとき、将棋盤を挟んで着物姿で対局している田中の姿が映った。

 あ、今のもしかして、さっきの、将棋めしってやつだったのかな?
と思ったとき、今度は、かき揚げ丼と温かいミニ蕎麦が映った。

 こっちも美味しそうだなと思ったとき、かき揚げ丼を頼んだ人物が映る。

 対局相手のようだ。

 黒っぽい着物を着た顔の濃いイケメン。

 誰だっけな、この人……と思ったとき、ガラガラとガラス戸が開いて近所のおじさんたちが遅い昼を食べにやってきた。

 テレビを見て、
「おっ、今日、竜王戦だったか」
「いや、なんでメシしか映ってないんだ」
とか言いながら、どやどや入ってくる。

「えっ? 竜王戦って、今日なんですかっ?」

 立ち上がり、めぐるが言うと、

「そう。
 今日、第一局。

 今日は都内でやってるよ」
とおじさんの一人が笑って言う。

「田中竜王VS黒木田名人か~。
 ここによく来てるから、どうしても田中竜王、応援しちゃうよね~。

 な、めぐるちゃんっ。

 ……めぐるちゃ~ん?」

 ……知らない間に竜王戦がはじまっている。

 いや、いつも知らない間に、なにかがはじまっているのだろうが。

 この竜王戦は、なにか特別な感じだったのに。

「田中竜王、竜王戦での初めての防衛戦だもんなー」

「タイトル結構とってるから、トーナメントに参加しないんで、対局少なくなってて。
 前とリズム違うのもスランプの原因のひとつかもって言われてたよな」

「でも、田中竜王のスランプってなんなんだろうね。
 常人にはわからないけど」
とおじさんたちは話している。

『嫌だと思ったんだ。
 俺じゃなくて、他の奴がお前の菓子で勝つのは――』

 いや……私のお菓子、なにも関係なく。

 対局前に食べさせてあげることもできずに、はじまっちゃってますけど、竜王戦、
と思いながら、めぐるは、田中竜王が選んだというピラミッドみたいな形のモンブランを眺めていた。



 そして、田中竜王は第一局、勝利した。

 

「私、いらなくない?」

 めぐるは、田中が勝利した日の夜、雄嵩にそんな愚痴を言った。

 もうすぐ取り壊されるので引っ越さなければならない長屋の窓枠に腰掛けて。

 ちなみに、雄嵩は違う窓に腰掛け、もう風がひんやりする季節なのに、カップのバニラアイスを食べている。

「私、この世にいらなくない?」

「……極端な人だよね。
 なにそれ、田中竜王にお菓子作ってあげられなかったのが、こたえてんの?

 大丈夫だよ。
 竜王戦はじまったばかりだし。

 それに、田中竜王にとっての姉貴の存在価値って、無になるお菓子を作れたり、縁起のいいお菓子を作れたりすることだけじゃないんじゃないの?」

 だから、対局前になにも言ってこなかったんじゃない?
と言う雄嵩に、

「……私の価値って、なに?」
と訊いてみる。

「さあ?
 なんだかわからないけど、田中竜王にしかわからない、なにかがあるんだろうよ。

 だって、なんだかんだで姉貴のこと気にしてんじゃん」

 そのとき、下の方でトントン、と音がした。

「今、音した?」

「した気がする。
 誰かノックしたんじゃない?

 回覧とか?

 チャイム直しなよ。
 そのうち引っ越すにしてもさ」

 トントン……。

「こんな時間に誰だろ。
 N⚪︎Kかな?」

 いや、なんでだよ、という雄嵩の声を聞きながら、階段を下りてみる。

 
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