昨日、あなたに恋をした

菱沼あゆ

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これは本気の恋かもしれない

ここにいたな

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 結局、十分後になりました。

「まあ、あれだ。
 下のコンビニだし、ゆったりした気持ちで……

 着替えてこいよ」
と言われ、日子は、はい、と答えながら小首を傾げる。

 なんですか、その注射打たれる前みたいなの。

 ゆったりした気持ちで、気を落ち着けてコンビニに?

 疑問に思いながらも、日子は素直に部屋着に着替えてみた。

 あの宅配業者以外NGな奴ではなく。

 ……違った。

 宅配業者もNGなやつではなく、ちょっとした普段着に。

 それこそ、まさに誠孝が見たいものだったのだが、日子はそのことを知らなかった。

 そうだ。
 ちっちゃい方のお財布にしよう。

 日子はいつも大きな長財布を使っているのだが。

 以前、羽根が、
「お札を折らずに入れといた方が、お札に対してご無礼にならないからお金貯まるらしいよ。
 一緒に春の長財布買おうよ」
と百貨店で言ってきて、一緒に買ったやつだ。

 お札にご無礼ってなんだろうな……と思いながらも、半信半疑のまま買って。

 なんのご無礼があったのか、いまだにお金が貯まらない財布だ。

 それでというわけではないのだが。

 最近、小振りな財布で可愛いのがたくさん出ているので、お札は折れまくるが、買ってみたのだ。

 まだ新品なそれをとりあえず、コンビニに持っていってみようとお金を移す。

 二千円と小銭を入れたら、小銭を入れすぎて、パンパンになってしまった。

 また戻す。

 鞄を持たずに、その可愛い財布だけ持って出たら、身軽な感じ、と思ったのに、鍵もスマホも一緒に持ったら、余計に邪魔な感じになってしまった。

 やはり、此処は買って使ってない、安かったけど、可愛いちっちゃな鞄に入れてみるとかっ、と阿呆なことをやっているうちに、十分経とうとしていた。

 ひっ、もう時間っ、と日子は焦る。

 きっと、この短時間の間に、沙知見さんはお風呂を入れたり、ご飯の準備もしたりしてるんだろうな、と思いながら、玄関に急ぐ。

 身だしなみチェックのために、廊下にかけている大きな鏡が目に入った。

 ……すっごい普段着だなあ。

 まじまじとおのれを見て思う。

 着替えてこいよと言われたから、なんとなく、部屋着に着替えちゃったけど。

 急いでいるはずなのに、日子は、じっと鏡の中の自分を見つめてしまう。



「お待たせしましたっ」

 出てきた日子を見て、誠孝が驚愕する。

「……何故、別のよそ行きに着替えてくる」

 日子は新しいワンピースに着替えていた。

 ……乙女心だ。

 誠孝は、なにも伝わらなかったようだ……という顔をしていた。

 なにが伝わらなかったんですか……と日子は見つめてみたが、答えはなかった。

 だが、
「まあ、いい。
 行こうか」
と歩き出す誠孝は、最初に驚愕の表情を浮かべたわりには、そんなに機嫌は悪くなかった。

 実は、その春らしいワンピースが日子によく似合っていたからだったのだが、もちろん、日子には、そんなことはわからない。

「あ、社報、届きました。
 一応、お礼のメールは送ったんですが。

 石田さんたちに、よろしくお伝えください」
とちょっと照れながら、コンビニに行く。

 今日の警備員は東城ではなかった。

 たまに話す、おじいさんの警備員さんが愛想良く、
「いってらっしゃい」
と微笑んでくれた。



 日子はコンビニで夜食と朝食を手に、誠孝とレジに並ぼうとした。

 が、財布を漁って叫ぶ。

「ないっ。
 コンビニのカードがっ」

 そういえば、コンビニ来るのに必要なのは、可愛い財布ではなく、コンビニのカードだったと気がついた。

「現金で払えばいいじゃないか」
と言う誠孝に、

「いいえっ、とってきますっ」
と日子はカゴを置いて戻ろうとする。

 誠孝が背後で、
「ここにいたな。
 『どうしても、コンビニのポイントを貯めたい人』……」
と呟いていた。



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