昨日、あなたに恋をした

菱沼あゆ

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これは本気の恋かもしれない

コンビニに行かないか?


「あ、沙知見さん、お疲れ様です~」

 帰宅して、乗ろうとしたエレベーターに日子が乗っていた。

 ひょいと階数ボタンの辺りから顔を出し、笑う日子を見て誠孝は思う。

 すごく、絶対、どうしても言いたくないし。

 そんなことを言う男が周りにいたら、鼻で笑う自信があるのだが。

 今、『森を歩いていたら、いきなり木の陰から妖精が現れた』みたいに思ってしまった……。

 日子に会えて嬉しかったからそんな風に思ってしまったわけではない。

 それじゃ、俺が日子に夢中みたいじゃないか。

 あんな……

 あんな……

 あんな……

 日子の悪い点を言いつのろうとして、誠孝は困る。

 思い浮かばなかったからだ。

 いや、世間一般的に問題があるところはたくさんあるのだが。

 それが何故か、今の自分には悪いところではなく、日子らしくて笑えてしまうところになってしまっている。

 なんだこの、盲目的に猫可愛がりしてるみたいなの、と思っている間も日子は話していたのだが、なにも頭に入ってこなかった。

 ただ一生懸命、身振り手振りを加えながら話している日子が可愛いな、と思っただけだった。

「コンビニに行かないか?」

 つい、話をぶった斬るように言ってしまう。

 案の定、は? という顔をされた。

 記憶を巻き戻してみたら、日子は今、

「あれからインスタの嫌がらせなくなって、あの方、ずっと、いいねを押してくださってるんです。

 ありがとうございました」
と言っていたようだ。

 それは、は? と思うよな、と思いながら、誠孝は言った。

「いや、俺がなにかしたわけじゃ……
 香椎がやってくれたのかな。

 礼を言っておこう」

「あっ、頼んでくださったの、香椎さんだったんですね。
 そういえば、電車で会ったとき、いきなり、私じゃないですって叫んで逃げられたので、なんだったのかな~って思ってたんですよ」

 そうですか、香椎さんが、と言ったあとで、
「控えめな方ですね」
と日子は笑う。

 いきなり、私じゃないですなんて言うかな、と思いながらも、今は他のことで頭がいっぱいだったので、誠孝はそのまま会話を続ける。

「香椎の兄の方が、ああいうこと詳しくて。
 あいつに頼もうかと思ったんだが、あっちは違法スレスレのこと平気でするから」

 そう言うと、日子は感心して言う。

「香椎さん、お兄さんもすごいんですか。
 兄妹ですごいですね~」

 うん。
 すごいが、会わせないからな。

 あいつ、香椎をもうちょっとシャープにした感じの今風のイケメンだから、と内心、誠孝は思っていた。

「ところで、香椎さんのお兄さんもお友だちなのに、香椎さんを香椎さんって呼んでるんですね……」

 そう言いかけ、何故か日子は途中で言葉を止めようとした。

「あ、いや、わからなくならないのなら、いいと思いますっ」
と早口に言ってくる。

「香椎は香椎。
 兄貴の方は、克哉かつやと呼んでいる」

 あ、そうなんですか、と日子は、ホッとしたような顔をしていた。

 いや、そんなことより、コンビニだ、と誠孝は思う。

「コンビニに行こう」

 また唐突に言ってしまったが、日子はちょうど買いたい物があったので行くと言ってくれた。

「じゃあ、このまま降りましょうか」

「いや、一旦、部屋に帰ろう」

「沙知見さん、もしや、お財布、忘れました?
 お貸ししましょうか?」

 いや、スマホがあったら買い物はできるんだが……と思いながら、誠孝は、
「いや、一旦、部屋に帰りたいんだ」
と繰り返す。

 日子が可愛らしく笑って言った。

「あ、さては、コンビニのカード忘れましたね?」

 『どうしても、コンビニのポイントを貯めたい人』になってしまうのは不本意なのだが。

 だが、俺はどうしてもっ、一旦、帰ってコンビニに行かねばならないっ。

 誠孝は、心を殺し、こくりと頷いた。

「じゃあ、私も一度戻って荷物置いてきますよ」
と日子は付き合い良く言ってくれる。

「すまんな」

「それでは、また。
 部屋に入って二分後くらいに」
とエレベーターから降りながら、日子が言う。

 待て。

 二分後?

 それじゃ、お前、着替えてないよな? と誠孝は思った。

 コンビニに行きたいと言ったのは、普段着の日子とお出かけしたかったからだった。

 ラフな服装で出かけるのなら、一階のコンビニが最適と思っていたのにっ。

「……一時間後でどうだ?」

 そのくらいなら、さすがに着替えているだろう。

 誠孝は頭の中で、帰ってからの日子の動きを予測してみた。

 あ、一時間経った、とその辺の物を羽織り、バタバタと出てくる日子。

 誠孝の妄想の中では、日子はあの可愛いパジャマっぽいルームウェアを着ていた。

 いや待て、と誠孝は妄想の中の日子が玄関から出ようとするのを止める。

 そんな格好で、コンビニに行っては駄目だっ。

 お前のそのパジャマを見ていいのは、俺と宅配の人だけだっ。

 ……いや、宅配の人も駄目だっ。

 つい、
「あのパジャマみたいな室内着で出てくるなよ」
と口に出して言ってしまう。

 出ませんよ~、と日子は笑って言った。

「だって、沙知見さんがあれで人前に出るのはどうかと思うって言ったじゃないですか。

 誰の前にも出ませんよ~」

 ……いや、誰の前にも、とは言ってないんだが。

「了解です。
 一時間くらいなら、お風呂入れたり、ゴソゴソしてたらすぐなんで」

 ……一時間後でも、こいつ、着替えてない気がしてきた。

 部屋は綺麗になったが、相変わらず自堕落な奴だからな。

 スーツのまま用事をしそうな日子に、誠孝は思わず言ってしまっていた。

「じゃあ、三時間後で」

「いや~……それは、さすがにもう寝てますかね~」

 はは……と苦笑いしながら、日子は部屋の鍵を開けていた。



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