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これは本気の恋かもしれない
大丈夫かっ?
しおりを挟む土曜日。
日子たちは電車で誠孝の実家に行った。
誠孝そっくりの上品な母親に挨拶し、家族で共有しているという二台の車のうちの一台を借りて、祖母の家に向かい、出発した。
まだ新車の匂いのする大きな車の助手席に日子は遠慮がちに座っていたが、しばらく走ったあとで、声を上げる。
「待ってくださいっ。
今、さりげなく物凄いイベントが発生しましたよっ?」
「なんだ、物凄いイベントって」
前を見たまま、誠孝が訊いてくる。
えっ?
いや、今、なんの心構えもなく、シゲタカさんのお母様にご挨拶したような……。
だから、なんだと言われたらあれなのですが。
今日はお片付けをするので、いつもよりラフな格好だったし。
突然行ったので、手土産も持ってなかったしっ。
日子は、誠孝に聞かれたら、
「待て」
と言われそうなことをウジウジ考えていた。
「俺なんか、ゴミ運んだついでにお前んちに寄ったが。
っていうか、その小洒落たニット系セットアップのどの辺がラフなんだ。
お前にとってのラフとはっ!?」
そう確実に突っ込まれそうだったが、
いや、ちょっとくたびれてるんですよ、この服と日子は気にしていた。
「ところで、ベルゼブブさんは明日まで出張なのか」
「そうなんですよ~。
明日の夕方からなら来られるかもって言ってました」
土曜だけで終わらなかったら、明日、新太も来てくれると言う。
「土曜も日曜も片付けないといけないとか。
そんなに散らかってるのか、おばあさんち」
「いや、散らかってるというのとは違う感じでしたよ。
物を片付けてくれって話でした」
「いや、どう違うんだ……」
と言う誠孝に、
「ところで、なんで車で来たんですか?」
と訊く。
「また荷物を運び出さないといけないかもしれないだろ?」
「そっかー。
前回は軽トラお借りしましたもんね」
そう何度も軽トラを借りるわけにもいかないので、実家の車を取りに行ったのだろう。
こちらが車を用意しなければならないところなのに、申し訳なかったな、と日子は思っていたが。
誠孝が車を取りに行った理由は違っていた。
単に日子と普通の車でドライブしたかっただけなのだが、誠孝がそんなこと口に出すわけもないので、日子は知らないままだった。
「あ、ここに入れてください」
広い庭の砂利が敷いてある部分にとめてくれるよう日子は誠孝に頼む。
車を降りた誠孝は手入れの行き届いた庭と日本家屋を見て、
「大きな家だな」
と呟く。
「呪われた開かずの間がたくさんありそうだ」
「……ないですよ」
と日子は苦笑いする。
「そもそも、ほとんどの部屋、襖で締め切られてるだけなんで、簡単に開きますよ」
襖を取り払えば、広い宴会場にできる昔ながらの家だ。
「おばあちゃーん、来たよ~」
日子はガラガラと古いすりガラスのはまった玄関扉を開ける。
が、玄関から続くよく磨かれた広い廊下は、しんとしたままだった。
「……なにか出てきそうだな」
「ホラーゲームのやりすぎですよ、シゲタカさん」
確かに、懐中電灯を持って探索したくなる感じの間取りだが。
日中の今は、屋内にも大きな窓から燦々と日が降り注いでいる。
「おばあちゃ~ん?」
祖母に呼びかけながら、日子たちは家に上がった。
廊下の左手にある中庭には池があり、数個ある大きな岩で、カメがまったり甲羅干ししている。
カメと岩が同じ色だったので、一匹、のそっと動くまで誠孝は気づかなかったらしく、うわっ、と声を上げていた。
普段冷静な人がカメで驚くのを見て、日子はちょっと笑ってしまう。
「おばあちゃ~ん」
日子は祖母に声をかけながら、さらに奥へと進んでいった。
「おばあさまはお留守か」
「いや~、でも、このくらいの時間に来るとは言っといたんですけどね~」
中庭をぐるりと囲んだ廊下を歩いていた日子たちは、柱にはられた張り紙を見つけた。
『呪いの部屋、あっち』
半紙に筆で書かれている。
下にお習字を直すときの朱色の墨汁で矢印までしてあった。
「……『呪いの部屋、あっち』と書かれて行く人間がいるだろうか」
「我々、今、向かっているではないですか」
と誠孝と言い合いながら、廊下の角まで行くと、
『呪いの部屋、ここ』
の張り紙があった。
呪われてるだけなのか。
いっそ、開かずの間とか書いといてくれたら、開けなくていいんだが、と日子は思う。
きっと我々が到着する前に急な用事ができて、お片付けして欲しいのはここよ、という意味で、はっていったんだろうな。
まったくおばあちゃんったら、と思いながら、日子はガラリと襖を開けた。
ひゃーっ、と中庭のカメも驚いて首をもたげそうな悲鳴を上げる。
「大丈夫か、日子っ」
遅れて部屋の中を覗いた誠孝はさすがにマヌケな悲鳴を上げることはなかったが、ひっ、と息を呑んでいた。
その部屋は昼間だと言うのに、カーテンで締め切られていた。
だが、強い日差しが厚いカーテンを突き抜け、部屋を赤く染めている。
何故、光が赤いかと言うと、窓の近くに置かれた幾つもの七段飾りのお雛様の緋毛氈を日差しが突き抜けているからだ。
薄暗い部屋中に緋毛氈越しの赤い光が広がっていて、大量の無表情なお雛様が自分たちを見下ろしている。
……ホラーだ。
日子は思わず、襖を閉めていた。
「い、今のは……」
「お雛様だろう」
「今、五月ですよっ?」
「だから片付けろって言うんだろう」
冷静に誠孝が言う。
そうか……。
そうだな、と日子もようやく落ち着きを取り戻した。
そういえば、おばあちゃんは娘や孫や姪っ子たちがいらなくなったお雛様をもったいないからと全部引き取って。
暇な年はすべて並べて飾ってるんだった、と思い出す。
出したはいいが、片付けるのが面倒くさくなって放置していたようだった。
「お雛様、お雛様ですよね」
と当たり前のことを口の中で繰り返す。
自らに言い聞かせるように。
今、お雛様たちが見下すように見下ろしていた気がしたが、ただの妄想だろう。
日子はもう一度、襖を開け、電気をつけた。
明るい中で見ると、ずらりと並んだ七段飾りは壮観で、うっとりするほど綺麗だった。
「これ、出すの大変だったろうな」
「そうですね。
私も学生時代は手伝ったりしてたんですが、社会人になってからはなかなか。
ああ……わかりました。
これを片付ければいいんですよね、はいはい」
と日子は正気に返る。
心構えもなく、暗がりの雛人形を見てビビってしまったが。
よく考えたら、単に部屋中に置かれた雛人形が日焼けしないよう、カーテンが閉めてあっただけのことだった。
そのとき、タイミングよく日子のスマホが鳴った。
祖母の節子からだった。
「日子、もう来てる?」
「おばあちゃん、何処っ?」
「近所の坂本さんがケーキ焼いてくれたって言うから、とりに来てるのよ。
あんたたちに食べさせようと思って。
それと、新太が、あんたが彼氏連れてくるかもしれないから、絶対、二人きりにしないで家にいてって言うから。
あら、私がいなかったら、どうなるのかしら? と思って出てみたの」
今、坂本さんちでお茶してるから、適当に片付けといて~と言って、ほほほほと笑っている。
後ろで聞いていたらしい誠孝が、
「なんというか、ベルゼブブさん寄りの人格っぽいなおばあさまは」
それでいて、ベルゼブブさんの邪魔をしているから不思議だ、と呟いていた。
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