昨日、あなたに恋をした

菱沼あゆ

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これは本気の恋かもしれない

今の、聞こえてましたか……?


 彼氏、彼氏と言ったのだろうかな、新ちゃん。
 シゲタカさんのことを。

 えっ? ほんとうに?

 そんな恐れ多いっ、と思いながら、日子は祖母に教えられた場所から大きなダンボールを引っ張り出していた。

「貸せ。
 俺がやろう。

 お前は人形を下ろしてくれ」
と誠孝がかわってくれる。

 今の……シゲタカさんにも聞こえてたんだろうかな。

 聞こえてたよな、と思いながら、ダンボールを雛人形の側に持ってくる誠孝と目を合わせてみたが、誠孝は無表情だった。



 ベルゼブブさんに敵視されるとは光栄だ、と思いながら、誠孝はダンボールから出てきた不織布の保存袋で人形を包んでいた。

 日子も同じようにやっていたが、不器用なのでいまいち綺麗に包めていない。

 だが、ここで手を出すのは駄目な親だよな、と親でもないのに自分に言い聞かせ、温かく日子を見守ってみた。

「あれっ?
 女雛と男雛を同じ箱に入れようと思ったのに、女雛の着物が立派すぎて入らないですね~」

 厚みがあって張りのある十二単が幅をとりすぎて、男雛が一緒に入れないようだった。

 それは箱を間違ってるんじゃないのかと思いながらも、まだ見守る。

 だが、雑な日子は、
「そうだ。
 三人官女の着物はそれほどでもないから、男雛と三人官女のどれかを一緒にして。

 女雛は別のシンプルな男の人と一緒に」
と言い出した。

「待て」
と誠孝は女雛をよその箱に移そうとする日子の手首をつかむ。

「女雛を他の男と一緒にしようとするとは何事だ」

 いや……他の男って。

「なにかあったらどうする」

 なにがあると言うんですか、という目で見られたが、誠孝の頭の中で、女雛は日子だった。

 じゃあ、男雛が自分かと言うと、いや、そんな恐れ多いと思ってしまうのだが。

 まあ、男雛はベルゼブブさんっぽいよな、派手さから言っても、と誠孝は思い直す。

 俺はせいぜい、五人囃子か。

「やっぱり、いいぞ」

 誠孝は日子から手を離した。

「そうですか」
と言いながら、日子はいきなり、右大臣のいる箱に女雛を入れようとする。

「待てっ」
とまた手を止めてしまう。

「そいつは駄目だ」

 左大臣は爺さんだが、右大臣は若くてイケメンだ。

 日子は、苦笑いしてこちらを見ていた。

 落ち着け。
 この女雛は日子ではないし、日子は女雛ではない。

 それに、この雛人形は日子のでもない。

 第一、一個の段飾りにいちいち、こだわっていては、今日中に全部片付かない。

「悪かった。
 とりあえず、詰めよう」

 おばあさまが戻ってこられたとき、なにも片付いてなくて使えない男だと思われるのは嫌だからな、と思いながら、黙々と詰めはじめる。

 日子はせっせと小道具を小さな箱に入れていた。

 だが、自分が男雛のところに三人官女を入れようとしたとき、
「あっ」
と日子が言って、自分を見つめる。

「……どうした」
と手を止めた。

 日子はお歯黒でない、つまり、既婚者ではない、若く整った顔の官女を見ながら言う。

「いえ。
 なにかあったらいけないので……」

「……なにがだ」
と今度は自分が言いながら、ちょっと笑ってしまった。



 自分が最初に三人官女を男雛と一緒にしようとしたのにな。

 今、シゲタカさんの手で美人の官女が男雛の箱に入れられようとしたとき、なんか嫌だったな。

 そんなことを考えながら、日子は無心になるよう努めながら、次々お雛様を片付けていく。

 段々手慣れてきたけど、地味に疲れる作業だな、と思いながら、ふたつめの段飾りを片付けていたとき、

「ただいまー。
 お茶にしましょう」
と玄関から声がした。

 日子の祖母、節子だった。

 日子よりベルゼブブ寄りのハッキリした顔立ちの祖母が誠孝に挨拶している。

 誠孝も頭を下げ言った。

「初めまして、沙知見誠孝と申します。

 日子さんの……」

 そこで誠孝は止まる。

 日子さんの……

 なんだろうな?

 ご近所さん。

 仕事関係の知り合い?

 二人が迷っている間に、ベルゼブブと一緒で迷わず止まらない性格の節子はもう返事を待たずにしゃべり出していた。

「美味しいのよ、坂本さんのチーズケーキ。
 ところで、あなたたち、いつ結婚するの?」

「は?」

「坂本さんたちと旅行に行くのよ、七月。
 結納はいつ?
 結婚式は?」
と矢継ぎ早に訊かれる。

「いやあの、おばあちゃん、沙知見さんはそういう方では」

 言いながら、日子は自分で、では、どういう方なんだ? と思っていた。

「そう?
 でも、新太が、今日、自分と高道の代わりに、誠孝さんっていう、すごいいい人が来るけど、絶対、日子と二人きりにしないでって言ってきたから。

 ああ、日子の彼氏なんだなと思って。

 違うの?」

「ち、ちが……」

 違うのは確かなことなのに。

 何故か、その言葉が、すっと出てこなかった。

 否定するのが寂しいと思ってしまったからか。

 日子は誠孝を見つめて言う。

「違うよ。
 全然、そんなんじゃないよ……」

 なんだかシゲタカさんの顔もちょっと寂しそうに見えるけど。

 それはたぶん、寂しそうな私の顔がシゲタカさんの瞳に映ってるからなんだろうな、と日子は思った。

 ……なんで寂しいんだろうな、私。

 そう思ったとき、相変わらず、聞いているのかいないのかわからない感じに節子が、

「あら、そうなのー」
と相槌を打つ。

「あ、そうだ、これあげるわ。
 知り合いのやってる新しくできたグランピング施設の割引券。

 トレーラーハウスにも泊まれるのよ。

 お礼にお金出してあげるから、二人で行ってらっしゃいよ。
 早く終われたら、今日でも行ってきたら?

 空いてたらだけど」

 いやあの、我々はカップルではない、と今、言いましたよ。

 何故、二人で旅行に行く話に……、と日子は思っていた。

 なにも言わない誠孝をチラと見上げる。

 チラ、と誠孝もこちらを見下ろしてきた。

 なんとなく視線をそらしながら日子は思う。

 しかし、今の発言、気になるな。

 早く終われたら?

 まるで終われないような口調だな。

 確かにすごい量のお雛様だし、いちいち包んだり入れ方考えたりするの大変だけど。

 仕事と一緒でパターンをつかんでしまえば、きっと能率もアップする……はず……。

 そこで日子は気がついた。

 この部屋の隣との境の襖。

 普段、開いているような。

 そして、今、五月末……。

 日子は呪われた雛人形の間の隣の間を開けてみた。

 緑の毛氈もうせんで緑色に染まった部屋の中にたくさんの甲冑が並んでいた。

 息子や孫や、甥っ子たちのいらなくなった五月人形だった……。




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