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この結婚、ほんとうに大丈夫だろうか?
英吉利から文子さんが帰ってきました
しおりを挟むそれからしばらくして、文子が帰ってきた。
「なによ、文子さん。
あなた、全然変わってないじゃないのよ」
咲子の家にみんなで集まったのだが、美世子が早速、ケチをつけはじめる。
「英吉利に行ってきたんでしょ?
見るからに貴婦人! みたいな感じになって帰ってくるのかと思ってたのに。
すごいドレス着て、宝石とかジャラジャラつけて」
「宝石ジャラジャラな貴婦人って、いますかね?」
と咲子は苦笑いし、文子は、
「船での往復に時間がかかっただけで、向こうには数日しか滞在してないのに、変わるわけないじゃないですか」
と相変わらず冷静なことを言う。
「私が向こうの話を聞いて。
きいっ、うらやましいっ。
絶対、私も英吉利行ってやるっ!
って、悔しがらせて欲しかったわ。
そしたら、めんどくさい長い航海に旅立つ、いい踏ん切りになったのに」
「うらやましい話なんて、特にありませんわ。
庭園や建物などは、英国の長い歴史を感じさせるもので。
とても素晴らしかったですけれど。
滞在中、たいして変わったこともなかったですし」
ああ、でも、そういえば、と文子は小首を傾げながら言った。
「あちらのお屋敷に伺ったとき、ルイスさんが存在さえ知らなかったとかいう許嫁の方が現れましたわね」
それは、たいしたことですよっ!?
と咲子たちは身を乗り出したが。
文子はそんなことは想定内だったようで、特に気にしていないようだった。
ま、まあ、話が上手くまとまったから、ここにこうしているんだろうしな、と思ったとき、文子の側にいたルイスが、HAHAHAHAHA……と笑って言った。
「なにも変わらなくていいんですよ。
文子サンは、このままでいいんです」
膝に置いていた文子の手の上にルイスは自らの手を重ねる。
「それにしても、先生。
いつから、文子さんと?
学校にいる間は、そのような素振りは、まったくございませんでしたけど」
二人のロマンスについて詳しく聞きたいらしいクラスメイトたちが突っ込んで訊き始める。
「いえ、文子サンが学校にいたころはまったく。
そういえば、そんなおとなしい生徒サンがいたな、くらいで」
おいおい、と思ったが、
「でも、そのときはなんとも思っていなかった、文子サンとのできごとも。
文子サンと恋に落ちたあと、思い返してみると、素敵な思い出です」
とルイスは文子の手を握り、見つめて言う。
なんていいお話っ、と文子ではなく、みんなが、じんと来たところで、ルイスが文子との思い出を語り出した。
「文子サンと、学校の中庭のベンチで詩集について語ったり」
「先生、それは私です」
と来ていたクラスメイトのひとりが言った。
「お弁当の、自分で茹でたという、可愛い形に切った茹で卵を分けてもらったり」
「先生、それは私です」
と咲子が言う。
「そして、その茹で卵を茹でたのは、私じゃなくて、うちのばあやです」
私、切っただけです、と咲子は付け足した。
「ヨコハマに行ったからと素敵なレターセットをお土産にくれたり」
「……先生、それは私です」
今度は美世子が言った。
ルイスは笑い、文子を見て言う。
「おやおや、私たちの思い出はなにもありませんでしたね。
でも、これから作っていけばいいんですよ」
ね? と文子に微笑みかけている。
めげない人だ……。
「文子サンは多くを語らない人なので、時折、不安にもなりますが」
なるんだ、ルイス先生でも……。
「でも、文子サン、向こうで私の母と婚約者に言ってくれたんですよ。
『ルイスさんとの結婚を認めてもらおうと思って、こんな遠い英吉利まで来たのに今更引き下がれません」
と」
ルイスは嬉しそうだったが、文子をよく知る咲子たちは思っていた。
それはたぶん、言葉通りの意味なのでは――。
これだけ疲れる長旅をしてきたのに、今更、引けない、と思っただけで、愛がどうとかいう話ではないのでは……?
だが、まあ、ふたりはなんだかんだで仲睦まじい。
「咲子サン、今日は行正サンは?」
とルイスが訊いてきた。
「ちょっと出てるんですが。
もうすぐ戻ると思いますよ」
「そうですか。
彼にもオミヤゲを買ってきたので――」
とルイスが言ったとき、ちょうど行正が戻ってきた。
扉を開けて、サンルームにやってきた行正にルイスが言う。
「あ、行正サン。
相変わらず、格好いいですねえ。
ついに籍を入れられたとかで、おフタリにお祝いを兼ねて、オミヤゲを買ってきたんですよー」
ニコニコと言うルイスの顔を見ながら行正は、何故か、
「……ルイス、すまなかった」
と謝り出した。
「なんですか、行正サンっ。
どうしたんですかっ?
何故、ドゲザをっ。
このオミヤゲ、気に入りませんかっ!?」
とルイスは慌てたが。
単に、行正は、咲子との仲を疑い、何度も妄想の中で斬り殺したルイスに、笑顔で結婚を祝われたので、申し訳なくなっただけだった。
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