大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~ その後

菱沼あゆ

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この結婚、ほんとうに大丈夫だろうか?

俺がどれだけお前を愛しているか

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 ルイスたちが帰ったあと、咲子は笑って行正に言った。

「行正さんが心の中で何度もルイス先生に斬りかかってたのって。
 単に行正さんが、ルイス先生を素敵な人だって思ってたからですよね。

 自分の妻まで惚れそうな素敵な人だって」

「そういうわけじゃないが」
と照れたように行正は言う。

 いや、照れているのでは、とサトリな私が無表情な行正さんを見ながら思っているだけで。

 ほんとうに照れているかは謎なんだが……。

 ごくまれに、行正さんの心の声のようなものが聞こえることがあるので。

 やはり、人の心を読む力は、それなりにあって。

 でも、ほんとうに聞けているときと、ただの妄想なときがあり。

 自分でも判別がつかないだけなのでは?

 咲子は、そう思うようになっていた。

 でも、まあ、やっぱり、きっと気のせいです、と咲子は思う。

 最近、行正さんの心の声がどんどん情熱的になってきているので、きっと違うと思います、と。

「なに考えてるんだ?」
と行正が訊いてきた。

「えっ?
 いえ、別に……」

 そう笑って誤魔化そうとしたとき、行正が言った。

「まさか、また自分には人の心が読めるとか思ってるんじゃないだろうな」

「そ、そんなこと……」

 ありません、と言おうとしたが、その前に行正が言う。

「お前がサトリなわけはない。
 俺がどれだけお前を愛しているか、まったくわかっていないのに」

 ……だから、冷ややかに見ながら言うのやめてください。

 本気なんですか?

 からかってるんですか?

 いや、この人、人をからかったりとかするんだろうか?

 よくわからなくて怖い……と咲子は視線をそらすようにサンルームの外を見た。

 ソファから立ち上がりながら、行正が言う。

「俺にはわかるぞ。
 お前が今、なに考えているのか」

「え――?」

「『この人、何処まで本気なんだろう』」

 ……大体当たってますね、と思ったとき、行正が真後ろに立った。

 どきりとしたが、行正はそのまま動かない。

 動いてくださいっ。

 黙って、後頭部に息が届くほど真後ろに立たないてくださいっ。

 怖いんですけどっ、と思ったとき、そっと行正が抱きしめてきた。

 咲子の頭に頬を寄せて言う。

「抱きしめていいのかな、と迷うんだ。
 今でも。

 こんな幸せ、ほんとうにあるのかと不安になる――」

 そっ、そんなこと言っていただけるとかっ。

 振り返ったら、きっとまた無表情なんでしょうけどっ。

 言葉でそう言っていただけるだけでっ。

 なんか、もうっ。

 私はなにも言葉にならない感じなんですけどっ。

 そんな感じに頭の中はグルグル回りながら、ガチガチに固まっていたが。

 行正がそのまま離さないので、咲子は困ってサンルームの外を見た。

「あ、トンビ!
 明日は晴れですねっ」
と慌てて話題をそらすように言う。

「なんで、トンビが現れたら晴れだ」
と少し離れて行正は言った。

 ホッとしたせいで、饒舌じょうぜつにになり、咲子は言う。

「現れたらじゃなくて。
 トンビが夕方に鳴いたり、輪を描いて舞い上がったら、次の日は晴れなんだそうですよ。

 ちなみに、朝鳴いたら、その日は雨だそうです」

「……今日、夕方鳴いて、明日の朝鳴いたら?」

「……雨なんじゃないですかね?
 天気変わりやすいんで」
と咲子はおのれの天気予報の役に立たなさを認めて言った。

「ちなみに雲が乱れ飛んでたり、夜霧が深かったり、星の光がチカチカして見えたら、次の日は風が強いそうです」

「ほう」

「敵の城に火をつけるのに好都合です」

「……お前は、いつ、何処の城に火をつけるつもりだ。
 それも、『主婦乃友』か『婦人画報』に書いてあったのか?」

「いえ、忍者の知恵です。
 お読みになりますか?」
と流行りの少年向け雑誌を持ってくると、

「読もうか……。
 また歯を食いしばって」
と行正は言う。

「サトリだったり、忍者だったり忙しい奴だな」
とその雑誌を手に呟く行正に咲子はちょっと赤くなって言う。

「どっちでもないですよ」

「そうだな。
 どっちでもないな。

 サトリでもない。

 あのとき――
 俺が思ってたこともわかってなかったろ」

 そう言いながら、行正は雑誌をサイドテーブルに置いた。

「お前が初めてこの家に来るとき、俺が迎えに行ったら、ばあやがお前の手を握り言っていた」

『いつでも、ばあやを呼んでくださいよ。
 ばあやは何処からでも咲子さまのところに駆けつけますからね――』

「……俺も言いたいと思って聞いてたんだ。

 俺も、いつかお前にそう言いたいと。

 ――咲子。

 いつでも、何処でも、俺を呼べ。
 俺はお前のためなら、何処からでも駆けつける」

 行正さん……と見上げると、行正は咲子の両の肩に手を置き、口づけてきた。

 照れて離れた咲子はふたたび、外を見た。

 もうかなり日は落ちていて、清六たちがよく手入れをしている庭に灯りが灯り、美しい。

 そちらを見ながら、
「行正さん」
と呼びかけると、

「どうした。
 今度はどんな理由により、明日は晴れだ?」
と行正が訊いてくる。

「違いますよ~。
 行正さんが星座早見を買ってくれたので、私も星座、わかるようになったんですよ。

 あれこそ、はくちょう座ですっ」
と咲子は空の一点を指差した。

「やぎ座だ」

 どうやって間違えた……?
と言いながらも、行正は空を指したまま、情なげな顔をしている咲子に笑うと――

 そっと頬にキスしてきた。


                             完


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