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この結婚、ほんとうに大丈夫だろうか?
お試し婚 ~行正の回想~
しおりを挟むいよいよ籍を入れることに決めてから数日後。
朝食の席で、行正は思っていた。
なんだかんだで俺は幸せ者だな。
こんな自分に合った、良い妻と巡り会えて。
しかも、どうやら、俺のことを好いてくれているらしいし。
――咲子。
俺はお前と一生をともにしていくと誓うよ。
愛らしい妻を見ながら、行正が無表情なまま思っていたそのとき、その愛らしい妻が口を開き、呼びかけてきた。
「行正さん」
なんだ、咲子。
なにか言いたいことでもあるのか?
欲しいものでもあるか?
なんでも言え。
お前の望みなら、なんでも叶えてやるぞ、と冷ややかな目のまま、見つめる行正に咲子は言った。
「行正さんは、今日はどうやって生きていくんですか?」
沈黙した自分に咲子が訊き直してくれる。
「あ、すみません。
行正さん、本日のご予定は?」
まあ、意味としては間違ってないかな……と思いながら、
「いや、特に予定はないが」
と行正は言う。
「そうですか」
特に出かける予定もなくても、咲子は機嫌がいい。
二人で過ごす何気ない休日の朝。
最近では、こんな瞬間が一番、おのれの幸せを噛み締められる。
行正は、ここでのお試し婚、一日目のことを思い出していた。
自分が寝室を訪れると、咲子は顔面蒼白になっていた。
その新妻らしい強張り方が愛らしいっ、と行正は感激していた。
そんな咲子を見ながら、行正は訊く。
「この屋敷は気に入ったか」
「は、はい」
「このベッドは気に入ったか」
「は、はい」
「使用人たちは気に入ったか」
「はい」
行正はそこで沈黙した。
咲子が怯えながら、自分を見つめてくる。
なにやら、ゾクゾクする瞳だ、と思いながら、行正は咲子の腰に当てた手に力を込め、強く引き寄せた。
咲子が、ひっ、と身構える。
その怯えるさまも愛らしい。
一生、幸せにするぞ、咲子っ。
そのとき、咲子が、
『孕ませて捨てよう』
という、まったく違う自分の心の声を聞いているとも知らずに、行正は悩んでいた。
実は、
「この屋敷は気に入ったか」
「このベッドは気に入ったか」
「使用人たちは気に入ったか」
と訊いたのは、ただの長々とした前振りだった。
ほんとうは、
「俺のことは気に入ったか?」
と訊きたかったのだ。
――駄目だっ。
俺は不器用だから。
自分の気持ちを言葉で表すなんてできない。
男らしく。
そして、軍人らしく。
行動で示そう!
だが、婦女子を怯えさせたままというのは、いかんな。
行正は、咲子を強く抱き寄せたまま、襲う前に礼儀として、ちゃんと声をかけた。
「怯えるな。
悪いようにはしない」
『それは活動写真で、よく悪党が吐いている台詞ではっ?』
と咲子が思っているとも知らずに、これでよし、と行正は強く咲子に口づけた。
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