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第4章 苦海の章
第173話 上宮寺攻め
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次なる騒動は青山虎之助と深津九八郎が討たれた翌十五日早朝に起こった。
「あれ、なにけ?」
鳥居忠朝の家人たちがが早朝の見回りをしていると、薄汚い恰好をした数名が集まって何かをしているのを発見。何をしているのかと近づいて見れば、二人の首を晒していたのである。
それは昨晩佐々木上宮寺内で討ち取られた青山虎之助と深津九八郎の首。だが、その首が誰のものであるかは知らないまでも、味方の首を晒しているのだと分かった鳥居忠朝の家人は問答無用でその場にいた一揆勢を叩き斬ってしまったのである。
そのことはただちに佐々木上宮寺まで戻った者たちによって知らされ、矢田作十郎を筆頭とする門徒武士や僧兵らが下手人である鳥居忠朝の家人がいる渡城を攻め潰そうと動き出したのである。
渡城を攻めるべく佐々木上宮寺へ一揆勢が続々と集結する様を間近で確認したすぐ北の桑子の明眼寺から緊急事態を知らせるために激しく乱打する早鐘が鳴らされ、岡崎城へ急ぎ報せたのである。
「殿!桑子の明眼寺より早鐘が鳴っておりまする!」
「おう、分かっておる!彦右衛門尉!ただちに出陣すると皆へ触れて参れ!目指すは渡城だともな!」
「委細承知!」
家康の命を受けて鳥居彦右衛門尉元忠が慌ただしく広間を飛び出し、出陣を触れ回っていく。そうして家康は馬場から小姓たちが回してきた愛馬の手綱を受け取ると、ただちに岡崎城を出陣。
鎌倉街道を使って六名を通り抜け、渡城すぐ南の下ノ瀬で矢作川を渡河。その頃には千には届かないまでも、それなりの軍勢が集結しつつあった。
そして、渡城において鳥居勢と合流を果たすと、上宮寺のある佐々木を目指し、諏訪、東牧内、三反畑、上佐々木を経由する道のりで進軍を再開していく。
「殿!鳥居忠朝にございます!」
「おう、そなたの家人が一揆勢の者らを斬り伏せたとのことよの」
「はい。晒し首となっておったお味方の首を改めたところ、甲賀衆の青山虎之助と深津九八郎の両名であることが判明いたしました」
軍勢が首の晒されていた三反畑を通った折のこと。鳥居忠朝の口から青山虎之助と深津九八郎の名を聞くと、家康は空を見上げて瞑目する。
昨日、自分が佐々木上宮寺へ潜入せよと命じたばかりに両名を死に追いやってしまった。そう懺悔したい気持ちはあれど、これから向かうのは戦場。雑念を抱いたまま生きて帰ってくることなど到底できない場所なのである。
「殿!」
「彦右衛門尉!物見はいかがであったか!」
「はっ、敵も寺を出て野戦の構え!佐々木上宮寺より矢田作十郎を大将に出陣してきてもおります!この先の上佐々木あたりで合戦となろうかと!」
「そうであったか。わしはこれまで野戦で何者にも後れを取ったことはない。皆も案ずることはないぞ!さっ、敵の主力が出て参ったのだ!これを蹴散らし、佐々木上宮寺を取り巻くこととしようぞ!」
野戦において未だ無敗を誇る家康がいる。そのことは付き従う松平勢の士気はうなぎ登りとなっていく。
対する勇将・矢田作十郎助吉率いる一揆勢もまた上佐々木へ到着し、ついに両軍は「立地合の辺」と呼ばれる地で激突した。
「先陣はこの鳥居忠朝が務める!さあ、者共!我に続けっ!」
騒動の原因ともなった鳥居忠朝が先陣を務め、一揆勢の先陣とぶつかる。敵味方ともに馳せ進み、激しい合戦となっていく。
「怯むな!勝機は我らにある!」
長槍を片手に次々と松平勢を討ち取り、八面六臂の活躍を見せる矢田作十郎に恐れをなす者が出つつも、合戦そのものの形勢は家康率いる松平勢の比較的優勢で戦況は推移していく。
両軍ともに決め手に欠く情勢の中であっても、家康は自身の旗本衆を温存し、一兵たりとも前線へ押し上げることはしなかった。そのことを本多平八郎忠勝をはじめ、血の気の多い若者らは皆々焦れていた。
「殿!何故、我らを用いてくださらぬのですか!某が矢田作十郎の鼻っ柱をへし折って参りますのに!」
「まだ早い」
「まだ早いと仰られますと?」
「時期が来れば必ずそなたにも槍働きの機会は巡って来よう。それまで大人しくわしの側を離れてくれるなよ」
精鋭とも呼べる旗本衆をただひたすらに温存していたのにも家康なりの考えあってのこと。それが分かると、本多平八郎は一気に大人しくなり、槍働きの機会とやらが巡ってくるのを寡黙に待つ姿勢となった。
「よしっ、今じゃ!旗本衆、前へ!」
鳥居忠朝をはじめとする先陣と激戦を繰り広げる中で、一揆勢に疲労が見え始め、双方ともに手負いが増えてきた頃。家康は馬上から号令を下し、自身も馬を前へ進め、自慢の旗本衆を投入した。
すでに激戦を経て負傷し、疲労が蓄積しているところへ、家康麾下の精鋭が一斉に後方から進み出てきたのだから、一揆勢としてはたまったものではなかった。
「矢田様!お味方劣勢にございます!」
「くそっ、旗本衆が動かなんだのは我らが疲れるのを待っておったからか……!」
まんまと嵌められたことに気づいた矢田作十郎であったが、時すでに遅し。一揆勢の中には旗本衆には勝てないと判断し、無断で佐々木上宮寺へと退却を始める者たちが出始める。
「逃げるなっ!戦えっ!戦わんか!」
矢田作十郎が逃亡兵に対して怒鳴り散らし、前線へ戻そうとするも、歯止めがかからないほどに形勢は悪化していた。そんな中で、幾重にも重なる銃声が轟き、矢田作十郎は熱を帯びた腹部へ手を当てると、これまでの戦場で味わったことのない出血量を感じ取る。
「くっ、こんなところで――」
二の句を継ぐことなく、矢田作十郎助吉は松平勢が放った流れ弾に当たって戦死。この矢田作十郎討ち死にをもって、一揆勢はいよいよ総崩れとなり、佐々木上宮寺目指して壊走していく。
「殿!矢田作十郎が流れ弾にあたり討ち死にしたとのこと!」
「そうか。いかに勇将といえども、鉄砲の前には無力であったか」
父・広忠の頃から幾多の合戦に参陣し、武功を挙げてきた矢田作十郎のあっけない最期に家康は複雑な想いであった。だが、ここで一揆に加担した者らを捨て置くことだけは断じて許されなかった。
「全軍に命じよ!このまま一揆勢を追い討ちし、佐々木上宮寺へと押し込んでしまえ!」
心を鬼にした家康は追い討ちを命じ、逃げる一揆勢を撫で斬りにしていく。そうして佐々木上宮寺へ到達した松平勢は佐々木上宮寺の包囲を開始。いよいよ上宮寺攻めが始まろうとしていた。
「殿、本陣は何処へ置かれまするか」
「そうじゃな、桑子の明眼寺が良かろう。彦右衛門尉、そなた一走りして住職より陣を構える許可を得て参れ」
「はっ、承知いたしました!」
鳥居彦右衛門尉が明眼寺へと走っている間、家康は馬で寺の外周をぐるりと回っていく。それは攻め口を見極めようとしているようであり、寺へ逃げ込んだ門徒武士たちからすれば、実に不気味な威圧であった。
そんな折、寺の内側から外構を焼いて出てくる九曜の旗を掲げた一団があった。そう、味方から内通を疑われて不愉快な思いをしていた戸田三郎衛門忠次であった。
「殿!此度は一揆へ加担してしまい、まこと申し訳ございませぬ!」
「まことその通りじゃ。主君へ刃を向けるなど、いかなる事情があっても許される行いではない」
「はっ、ははっ!腹を斬れと仰せならば、潔く割腹して果てまする」
「ならぬ!このような低俗な争いでまたとない股肱の臣を失ってたまるものか!」
裏切った自分に対して『股肱の臣』と発言する家康の眼をじっと見つめる戸田三郎衛門の眼から堰をきったように涙がこぼれ出す。
「よいか、裏切ったことを詫びる気持ちがあるならば、一揆鎮圧に協力せよ」
「はっ、ははっ!」
家康から一揆加担を赦免された戸田三郎衛門は帰参を許された恩義に報いるためにも、自分が知り得る限りの情報を伝えていく。
そうして戸田三郎衛門が帰参を許され、家康が本陣を予定通り明眼寺へと移した頃。水野沢瀉の旗を掲げた軍勢が苅谷方面から到着したのである。それは言うまでもなく、家康の伯父・水野下野守信元率いる水野勢であった。
「これは伯父上!此度は援軍いただきかたじけない」
「ははは、可愛い甥っ子が一向一揆にいびられておると聞いては黙っておれぬゆえな。松平と隣接しておる以上、松平の危機は水野の危機じゃ」
「左様に仰っていただけるとは光栄の至り。されど、この援軍は高く付きそうにございますが」
「案ずるな。蔵人佐殿が思うておるほど高くはないはずじゃ。まあ、此度の援軍は織田家からの援軍と捉えるがよい。あくまでも小牧山城の織田殿からの命を受けて進軍して参ったものゆえな」
現在の水野家は織田家に従属している立場。今回は松平家からの援軍要請を受けた織田家から、水野家へ援軍に向かうよう命令があったことで叶った援軍派遣。
すなわち、実際に現場へ駆けつけたのは水野家であるが、あくまでも同盟先の織田家からの援軍であることを忘れてはならないということを水野下野守は言っているのである。
「松平と水野の連合軍となれば、一揆勢も恐れをなそうぞ」
「いかにも。およそ人のすることとは思えぬ謀略を考えさせれば某以上の伯父上が到着したと知れば、一揆に加担した者共も泣いて許しを請うて参りましょうぞ」
「ははは、そなたの生まれた頃から謀略を用いて織田と今川の猛威を切り抜けて参った。門徒武士や坊主の寄せ集め集団なんぞ、瞬く間に撃滅してくれようぞ」
敵であった頃はあれほど煩わしく面倒な敵だと思っていた伯父も、こうして味方となれば誰よりも心強い援兵となるのだから、未来というのは分からないものだと家康は実感していた。
「さて、伯父上。まずは上宮寺攻めにございますが、帰参した戸田三郎衛門から聞いた話によれば――」
さっそく佐々木上宮寺攻めに向けての軍議を開くべく、家康が得た情報を水野下野守へ共有して前提条件を共有しようとした刹那、阿部善九郎正勝が一大事を告げに走り込んでくる。
「殿!一大事にございまする!」
「善九郎、いかがした!一大事とは何事か!」
「はっ!土呂本宗寺に詰めていた一揆勢が佐々木上宮寺を後詰するべく出陣!岡や大平の方面から岡崎城を目指して進軍中とのこと!」
「岡や大平と申せば、東海道や鎌倉街道の方面か。こちらを挟撃するのではなく、手薄な岡崎城を狙いに動くとは、一揆勢も油断がならぬ」
これから佐々木上宮寺攻めへと移り、三ヶ寺の一つを一挙に制圧してしまおうと考えていた矢先、一揆勢が居城・岡崎城を狙いに動いたというのだから、家康としても爪を噛むほどに苛立つ知らせに他ならなかった。
「殿、加えて昨日の軍議にも加わっておりました大見藤六の姿が見えませぬ」
「大見藤六がか。一手の大将でもないゆえ、些末なことであろう」
「いえ、軍議に加わった大見藤六は殿自ら佐々木上宮寺へ出陣する意向を存じております。その大見藤六が土呂本宗寺へ向かい、殿の出陣を報せたのだとすれば、この一揆勢の対応の迅速さも頷けまする」
「いや、たしかに善九郎の申す通りやもしれぬ。ともあれ、首謀者を探すのは後回しじゃ。今は何よりも岡崎城を救うべく、不届き者らを成敗することが先決ぞ」
家康の言葉に対して頷き肯定する阿部善九郎は、骨身にこたえる寒さの中で次なる指示を待つ。家康は阿部善九郎を待たせながら一つ大きな決断を下す。
「よしっ、こうなればただちに岡崎へ取って返し、一揆勢を叩く!一揆勢に城を奪われたとあっては、武門の名折れ。ここは速やかに陣を払い、帰城する!」
「承知いたしました!されど、上宮寺を捨て置くおつもりにございますか」
「捨て置くつもりはない。じゃが、明朝よりの一戦で主力を蹴散らしたゆえ、こちらに戦を仕掛けるほどな気力は残っておるまい。ゆえに、まずは戦意の高い土呂本宗寺の一揆勢を殲滅することといたす!」
力強い語気で発された家康の言葉に胸を打たれた阿部善九郎は陣屋を離れ、他の旗本や近侍らから順に撤退の指示を伝言して回っていく。その様子に微笑を浮かべた家康は視線を傍らの伯父・水野下野守へ移した。
「伯父上、此度は援軍かたじけござらぬ。されど、不測の事態が起こりましたゆえ、当家は一度帰城いたします。ゆえに、伯父上も遠慮なく苅谷へお戻りくだされ」
「ははは、そのような気遣いは無用じゃ。可愛い甥の危機じゃ、見捨てて帰れるものか。お供いたす」
「然らば、共に参りましょうぞ」
伯父からの有り難い申し出を受けると、寒風に丸に三つ葉葵と水野沢瀉の旗を掲げた軍勢は一斉に岡崎城方面へと転進していくのであった――
「あれ、なにけ?」
鳥居忠朝の家人たちがが早朝の見回りをしていると、薄汚い恰好をした数名が集まって何かをしているのを発見。何をしているのかと近づいて見れば、二人の首を晒していたのである。
それは昨晩佐々木上宮寺内で討ち取られた青山虎之助と深津九八郎の首。だが、その首が誰のものであるかは知らないまでも、味方の首を晒しているのだと分かった鳥居忠朝の家人は問答無用でその場にいた一揆勢を叩き斬ってしまったのである。
そのことはただちに佐々木上宮寺まで戻った者たちによって知らされ、矢田作十郎を筆頭とする門徒武士や僧兵らが下手人である鳥居忠朝の家人がいる渡城を攻め潰そうと動き出したのである。
渡城を攻めるべく佐々木上宮寺へ一揆勢が続々と集結する様を間近で確認したすぐ北の桑子の明眼寺から緊急事態を知らせるために激しく乱打する早鐘が鳴らされ、岡崎城へ急ぎ報せたのである。
「殿!桑子の明眼寺より早鐘が鳴っておりまする!」
「おう、分かっておる!彦右衛門尉!ただちに出陣すると皆へ触れて参れ!目指すは渡城だともな!」
「委細承知!」
家康の命を受けて鳥居彦右衛門尉元忠が慌ただしく広間を飛び出し、出陣を触れ回っていく。そうして家康は馬場から小姓たちが回してきた愛馬の手綱を受け取ると、ただちに岡崎城を出陣。
鎌倉街道を使って六名を通り抜け、渡城すぐ南の下ノ瀬で矢作川を渡河。その頃には千には届かないまでも、それなりの軍勢が集結しつつあった。
そして、渡城において鳥居勢と合流を果たすと、上宮寺のある佐々木を目指し、諏訪、東牧内、三反畑、上佐々木を経由する道のりで進軍を再開していく。
「殿!鳥居忠朝にございます!」
「おう、そなたの家人が一揆勢の者らを斬り伏せたとのことよの」
「はい。晒し首となっておったお味方の首を改めたところ、甲賀衆の青山虎之助と深津九八郎の両名であることが判明いたしました」
軍勢が首の晒されていた三反畑を通った折のこと。鳥居忠朝の口から青山虎之助と深津九八郎の名を聞くと、家康は空を見上げて瞑目する。
昨日、自分が佐々木上宮寺へ潜入せよと命じたばかりに両名を死に追いやってしまった。そう懺悔したい気持ちはあれど、これから向かうのは戦場。雑念を抱いたまま生きて帰ってくることなど到底できない場所なのである。
「殿!」
「彦右衛門尉!物見はいかがであったか!」
「はっ、敵も寺を出て野戦の構え!佐々木上宮寺より矢田作十郎を大将に出陣してきてもおります!この先の上佐々木あたりで合戦となろうかと!」
「そうであったか。わしはこれまで野戦で何者にも後れを取ったことはない。皆も案ずることはないぞ!さっ、敵の主力が出て参ったのだ!これを蹴散らし、佐々木上宮寺を取り巻くこととしようぞ!」
野戦において未だ無敗を誇る家康がいる。そのことは付き従う松平勢の士気はうなぎ登りとなっていく。
対する勇将・矢田作十郎助吉率いる一揆勢もまた上佐々木へ到着し、ついに両軍は「立地合の辺」と呼ばれる地で激突した。
「先陣はこの鳥居忠朝が務める!さあ、者共!我に続けっ!」
騒動の原因ともなった鳥居忠朝が先陣を務め、一揆勢の先陣とぶつかる。敵味方ともに馳せ進み、激しい合戦となっていく。
「怯むな!勝機は我らにある!」
長槍を片手に次々と松平勢を討ち取り、八面六臂の活躍を見せる矢田作十郎に恐れをなす者が出つつも、合戦そのものの形勢は家康率いる松平勢の比較的優勢で戦況は推移していく。
両軍ともに決め手に欠く情勢の中であっても、家康は自身の旗本衆を温存し、一兵たりとも前線へ押し上げることはしなかった。そのことを本多平八郎忠勝をはじめ、血の気の多い若者らは皆々焦れていた。
「殿!何故、我らを用いてくださらぬのですか!某が矢田作十郎の鼻っ柱をへし折って参りますのに!」
「まだ早い」
「まだ早いと仰られますと?」
「時期が来れば必ずそなたにも槍働きの機会は巡って来よう。それまで大人しくわしの側を離れてくれるなよ」
精鋭とも呼べる旗本衆をただひたすらに温存していたのにも家康なりの考えあってのこと。それが分かると、本多平八郎は一気に大人しくなり、槍働きの機会とやらが巡ってくるのを寡黙に待つ姿勢となった。
「よしっ、今じゃ!旗本衆、前へ!」
鳥居忠朝をはじめとする先陣と激戦を繰り広げる中で、一揆勢に疲労が見え始め、双方ともに手負いが増えてきた頃。家康は馬上から号令を下し、自身も馬を前へ進め、自慢の旗本衆を投入した。
すでに激戦を経て負傷し、疲労が蓄積しているところへ、家康麾下の精鋭が一斉に後方から進み出てきたのだから、一揆勢としてはたまったものではなかった。
「矢田様!お味方劣勢にございます!」
「くそっ、旗本衆が動かなんだのは我らが疲れるのを待っておったからか……!」
まんまと嵌められたことに気づいた矢田作十郎であったが、時すでに遅し。一揆勢の中には旗本衆には勝てないと判断し、無断で佐々木上宮寺へと退却を始める者たちが出始める。
「逃げるなっ!戦えっ!戦わんか!」
矢田作十郎が逃亡兵に対して怒鳴り散らし、前線へ戻そうとするも、歯止めがかからないほどに形勢は悪化していた。そんな中で、幾重にも重なる銃声が轟き、矢田作十郎は熱を帯びた腹部へ手を当てると、これまでの戦場で味わったことのない出血量を感じ取る。
「くっ、こんなところで――」
二の句を継ぐことなく、矢田作十郎助吉は松平勢が放った流れ弾に当たって戦死。この矢田作十郎討ち死にをもって、一揆勢はいよいよ総崩れとなり、佐々木上宮寺目指して壊走していく。
「殿!矢田作十郎が流れ弾にあたり討ち死にしたとのこと!」
「そうか。いかに勇将といえども、鉄砲の前には無力であったか」
父・広忠の頃から幾多の合戦に参陣し、武功を挙げてきた矢田作十郎のあっけない最期に家康は複雑な想いであった。だが、ここで一揆に加担した者らを捨て置くことだけは断じて許されなかった。
「全軍に命じよ!このまま一揆勢を追い討ちし、佐々木上宮寺へと押し込んでしまえ!」
心を鬼にした家康は追い討ちを命じ、逃げる一揆勢を撫で斬りにしていく。そうして佐々木上宮寺へ到達した松平勢は佐々木上宮寺の包囲を開始。いよいよ上宮寺攻めが始まろうとしていた。
「殿、本陣は何処へ置かれまするか」
「そうじゃな、桑子の明眼寺が良かろう。彦右衛門尉、そなた一走りして住職より陣を構える許可を得て参れ」
「はっ、承知いたしました!」
鳥居彦右衛門尉が明眼寺へと走っている間、家康は馬で寺の外周をぐるりと回っていく。それは攻め口を見極めようとしているようであり、寺へ逃げ込んだ門徒武士たちからすれば、実に不気味な威圧であった。
そんな折、寺の内側から外構を焼いて出てくる九曜の旗を掲げた一団があった。そう、味方から内通を疑われて不愉快な思いをしていた戸田三郎衛門忠次であった。
「殿!此度は一揆へ加担してしまい、まこと申し訳ございませぬ!」
「まことその通りじゃ。主君へ刃を向けるなど、いかなる事情があっても許される行いではない」
「はっ、ははっ!腹を斬れと仰せならば、潔く割腹して果てまする」
「ならぬ!このような低俗な争いでまたとない股肱の臣を失ってたまるものか!」
裏切った自分に対して『股肱の臣』と発言する家康の眼をじっと見つめる戸田三郎衛門の眼から堰をきったように涙がこぼれ出す。
「よいか、裏切ったことを詫びる気持ちがあるならば、一揆鎮圧に協力せよ」
「はっ、ははっ!」
家康から一揆加担を赦免された戸田三郎衛門は帰参を許された恩義に報いるためにも、自分が知り得る限りの情報を伝えていく。
そうして戸田三郎衛門が帰参を許され、家康が本陣を予定通り明眼寺へと移した頃。水野沢瀉の旗を掲げた軍勢が苅谷方面から到着したのである。それは言うまでもなく、家康の伯父・水野下野守信元率いる水野勢であった。
「これは伯父上!此度は援軍いただきかたじけない」
「ははは、可愛い甥っ子が一向一揆にいびられておると聞いては黙っておれぬゆえな。松平と隣接しておる以上、松平の危機は水野の危機じゃ」
「左様に仰っていただけるとは光栄の至り。されど、この援軍は高く付きそうにございますが」
「案ずるな。蔵人佐殿が思うておるほど高くはないはずじゃ。まあ、此度の援軍は織田家からの援軍と捉えるがよい。あくまでも小牧山城の織田殿からの命を受けて進軍して参ったものゆえな」
現在の水野家は織田家に従属している立場。今回は松平家からの援軍要請を受けた織田家から、水野家へ援軍に向かうよう命令があったことで叶った援軍派遣。
すなわち、実際に現場へ駆けつけたのは水野家であるが、あくまでも同盟先の織田家からの援軍であることを忘れてはならないということを水野下野守は言っているのである。
「松平と水野の連合軍となれば、一揆勢も恐れをなそうぞ」
「いかにも。およそ人のすることとは思えぬ謀略を考えさせれば某以上の伯父上が到着したと知れば、一揆に加担した者共も泣いて許しを請うて参りましょうぞ」
「ははは、そなたの生まれた頃から謀略を用いて織田と今川の猛威を切り抜けて参った。門徒武士や坊主の寄せ集め集団なんぞ、瞬く間に撃滅してくれようぞ」
敵であった頃はあれほど煩わしく面倒な敵だと思っていた伯父も、こうして味方となれば誰よりも心強い援兵となるのだから、未来というのは分からないものだと家康は実感していた。
「さて、伯父上。まずは上宮寺攻めにございますが、帰参した戸田三郎衛門から聞いた話によれば――」
さっそく佐々木上宮寺攻めに向けての軍議を開くべく、家康が得た情報を水野下野守へ共有して前提条件を共有しようとした刹那、阿部善九郎正勝が一大事を告げに走り込んでくる。
「殿!一大事にございまする!」
「善九郎、いかがした!一大事とは何事か!」
「はっ!土呂本宗寺に詰めていた一揆勢が佐々木上宮寺を後詰するべく出陣!岡や大平の方面から岡崎城を目指して進軍中とのこと!」
「岡や大平と申せば、東海道や鎌倉街道の方面か。こちらを挟撃するのではなく、手薄な岡崎城を狙いに動くとは、一揆勢も油断がならぬ」
これから佐々木上宮寺攻めへと移り、三ヶ寺の一つを一挙に制圧してしまおうと考えていた矢先、一揆勢が居城・岡崎城を狙いに動いたというのだから、家康としても爪を噛むほどに苛立つ知らせに他ならなかった。
「殿、加えて昨日の軍議にも加わっておりました大見藤六の姿が見えませぬ」
「大見藤六がか。一手の大将でもないゆえ、些末なことであろう」
「いえ、軍議に加わった大見藤六は殿自ら佐々木上宮寺へ出陣する意向を存じております。その大見藤六が土呂本宗寺へ向かい、殿の出陣を報せたのだとすれば、この一揆勢の対応の迅速さも頷けまする」
「いや、たしかに善九郎の申す通りやもしれぬ。ともあれ、首謀者を探すのは後回しじゃ。今は何よりも岡崎城を救うべく、不届き者らを成敗することが先決ぞ」
家康の言葉に対して頷き肯定する阿部善九郎は、骨身にこたえる寒さの中で次なる指示を待つ。家康は阿部善九郎を待たせながら一つ大きな決断を下す。
「よしっ、こうなればただちに岡崎へ取って返し、一揆勢を叩く!一揆勢に城を奪われたとあっては、武門の名折れ。ここは速やかに陣を払い、帰城する!」
「承知いたしました!されど、上宮寺を捨て置くおつもりにございますか」
「捨て置くつもりはない。じゃが、明朝よりの一戦で主力を蹴散らしたゆえ、こちらに戦を仕掛けるほどな気力は残っておるまい。ゆえに、まずは戦意の高い土呂本宗寺の一揆勢を殲滅することといたす!」
力強い語気で発された家康の言葉に胸を打たれた阿部善九郎は陣屋を離れ、他の旗本や近侍らから順に撤退の指示を伝言して回っていく。その様子に微笑を浮かべた家康は視線を傍らの伯父・水野下野守へ移した。
「伯父上、此度は援軍かたじけござらぬ。されど、不測の事態が起こりましたゆえ、当家は一度帰城いたします。ゆえに、伯父上も遠慮なく苅谷へお戻りくだされ」
「ははは、そのような気遣いは無用じゃ。可愛い甥の危機じゃ、見捨てて帰れるものか。お供いたす」
「然らば、共に参りましょうぞ」
伯父からの有り難い申し出を受けると、寒風に丸に三つ葉葵と水野沢瀉の旗を掲げた軍勢は一斉に岡崎城方面へと転進していくのであった――
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貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
マルチバース豊臣家の人々
かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月
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セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
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どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
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お姉ちゃんの秘密の悩みです。
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