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薬草の花
しおりを挟む寝室のベッド脇にある出窓には、欠けたコップに植えられた一筋に伸びる花が飾られてある。
それは淡く光っていて、夜になるとその輝きは優しくルーファスを包み込んでくれているように感じた。
ウルスラから貰った薬草。これを見たオリビアは不思議に思い、
「何のお花かお調べ致しましょうか?」
と言ってくれたから、ルーファスはそれに頷いた。
ウルスラは薬草だと言っていた。けれど、薬草が花を咲かすとは聞いた事がない。いや、薬学の書物にはそう記載されてはいた。
だが、花が咲いた薬草の事は見た事も聞いた事も無かったし、存在しないものと認識されていたのだ。
暫くして薬学者が来たと、オリビアがルーファスに面会の有無を確認する。その時にはルーファスは、少しずつ人々と交流を持つように心掛けていたので、オリビアの申し出に快く応じた。
「お久し振りでございます。ルーファス殿下。私を覚えておいででしょうか。薬学の講師をさせて頂いておりました、キュオスティでございます」
キュオスティはルーファスがこうなってしまう前、週に一度薬学を教えていた講師だった。
いつも授業は彼の研究所兼温室で行われていて、ルーファスはその授業が好きだったのを思い出す。
キュオスティの言葉にルーファスは微笑んで頷くと、キュオスティはホッとした表情を浮かべて安堵した。
噂ではルーファスは自室に籠り、誰とも会わずに茫然自失の状態となっていると聞いていた。キュオスティはルーファスの才能を高く評価しており、こうなってしまった事に心を痛めていた人物の一人だった。
それが、以前より少し痩せて目は何処を見ているのか虚ろな状態だったが、自分に笑顔を向けてくれた事をキュオスティは嬉しく思った。
「侍女殿から聞きました。薬草の花が咲いたと……それは本当なのでしょうか? 是非私めに見せて……も、もしかして……此方にあるのが……」
「ええ、そうです。この白い花が薬草の花です」
オリビアにそう言われて、キュオスティは息を飲んだ。そして寝室から持ってきていたコップの鉢植えに植えられた花を見て、それをマジマジと確認する。手には何冊も書籍を抱え、虫眼鏡を携えていて、ソファーに座るルーファスの前のテーブルに置かれていた花に注視した。
許可も取らず、礼儀も何も忘れた状態のキュオスティはルーファスの前のソファーに勢いよく腰掛け、コップの鉢植えを手に取って色んな角度から花を見続ける。
それから持ってきた本をパラパラと忙しく捲り、目的のページを見付けると一心不乱に読み耽り、それからそこに描かれていた図と花を交互に見る。
「す、凄いっ! これは凄いです! ルーファス殿下! これはハウマと言う植物でして、この存在を確認出来るだけでも凄い事ですのに、それが花を咲かせるとは……っ! 信じられませんっ!」
突然のキュオスティの言葉にルーファスは驚いたが、何も言えることはなくただキュオスティのいる方向を見る。
それを察したオリビアが、まぁまぁ、と言った感じでキュオスティを諌めるが、そんな事は関係ないとばかりに、まだ興奮冷めやらぬキュオスティは捲し立てるように話し出す。
「良いですか、殿下! これはとても希少な薬草なのです! 万能薬と言われているエリクサー以上の価値があるのです!」
「えっ?! そうなんですか?!」
「おぉ、侍女殿もご興味がおありか! エリクサーは、ポーションを作る薬草と同じ物で作ることは可能。作る者によって、その効果は大きく違ってくるのです! しかし、このハウマは存在自体が違うのです! 誰が作ってもエリクサー以上の効能が得られる薬が作られる筈でございます! それにですよ?! 花まで咲いてるんですよ?!」
「そ、それってそんなに凄い事なんですか?!」
「凄いだけで片付けられる話じゃありませんよ! 今までその存在は架空の物とまで言われており、花はまさに幻! 生きているうちにこんな物が見られるなんて……っ!」
「そんなに……」
「正直、これを研究しつくしたい気持ちがございます。ルーファス殿下、これはどちらで手に入れられたのです?!」
「あ、えっと、それは……お見舞いに来られた方が置いて行かれたのです。その、まだその時はルーファス殿下は誰ともお会いになられなかったので……ですから、何方からの贈り物なのかも分からないとの事、です……」
「そうなのですか? それは惜しい! 入手場所さえ分かれば……! しかし、この花がどの様な効果をもたらすか、それもまだ謎でございます。恐れながら……その薬草……研究用としてお譲り頂く事はできませぬか?」
キュオスティからの申し出に、ルーファスは強く拒否するように頭を横に何度も振った。
これはウルスラが自分の為に見つけ、育ててくれた物だ。それがどんな物であろうとも、人手に渡す等あり得ない事なのだ。
そんなルーファスを見て、キュオスティは申し訳無さそうに頭を下げる。
「も、申し訳ございません! 不躾な事を申しました! ですが……時々此方に来させて頂いてもよろしいでしょうか……? ハウマの様子を見守りたく思いまして……!」
それにはルーファスは快く頷いた。キュオスティは自身の研究となると周りが見えなくなるが、決して変人等ではない。節度を持って取り組む事を知っているからこそ、ルーファスはその申し出を受け入れたのだ。
それにはキュオスティは嬉しそうに微笑んで、
「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」
と、何度も何度も頭を下げた。
それからキュオスティはノートに何やらペンを走らせ、この薬草の事を書き綴っていた。その様子をルーファスは昔からよく知っていて、ペンを走らせる音を聞きながら、キュオスティとの授業を懐かしく思い出していた。
しかし……
ウルスラは歌を歌って育てたら花が咲いたと言っていた。キュオスティは花が咲くこと自体が幻だと言っていた。
これは偶々なのか?
そして、その花を寝室に置くようになってから、ルーファスの手の震えが少しずつ改善されたように感じていた。初めは気のせいだと思っていたが、それにはオリビアも気づいて驚いた程だった。
そしてその花は何日経っても枯れることなく、常に淡く白く輝きながらルーファスを照らしていた。
それがウルスラに抱き包まれているように、ルーファスは感じていた。
その日からは毎日のように、キュオスティはルーファスの部屋を訪れた。ハウマを観察しては目を輝かせてノートにペンを走らせる。
ただ、それだけではキュオスティも申し訳ないとでも思ったのだろう。話すだけになるが、ルーファスに薬学の授業を行う事にした。それをルーファスは嬉しそうに受け入れた。
キュオスティのそんな様子を他の分野の講師が見ていて、それならば自分もと挙って授業を行いたいと申し出て来た。
もとより優秀な生徒であったルーファスが、このまま何もしないと言うのが勿体ないと感じていた講師達は、ルーファス用に分かりやすく言葉だけで伝わるように授業の内容を組みなおした。
そうして日毎、講師達は入れ替わり立ち代わりやって来て、ルーファスに授業を行っていった。授業終わりの雑談、と言っても講師達しか話せないが、お茶を飲みながら話をするのもルーファスは楽しそうに聞いてくれるから、講師達は自分の事や王城での様々な事を話していった。
聡明で利発的であるルーファスは元々口数が少ない方だったから、講師達は以前より少し話さなくなった程度に感じ、そうやって日々ルーファスと親交を深めていった。
ルーファスもまた、オリビアから聞くだけだった毎日とは違い、この王城の様々な事が聞けた事が嬉しかったし、こうでなければ聞けなかった事が多いのも大きな収穫だと感じていた。
そしていつしか、手の震えが無くなっている事にも気づく。
ウルスラのもたらしてくれた事は、ルーファスにとってとても大きな事だったのだ。
しかしハウマという薬草を貰ってから、ウルスラが夢に出てこなくなったのだ。
毎日のように料理や食材を用意し、勉強道具や衣類等、渡したい物は常に置いていたのだが、あれからウルスラには会えなくなってしまった。
最後に会った時にウルスラが言っていた
「私もがんばる……! ルーのちからになれるように、がんばる!」
との言葉どおり、きっとウルスラは頑張っているだろうと考える。だからルーファスも負けないように頑張ろうと思えた。
ウルスラを迎えに行くために。
その約束を守るために。
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