「無能」と捨てられた少女は、神の愛し子だった――。 凍てつく北の地で始まる、聖獣たちと冷徹公爵による「世界一過保護な」逆転生活。

秦江湖

文字の大きさ
20 / 48

聖教国の審問と、四人の守護者  

しおりを挟む
 黄金の天秤を描いた白銀の旗が、冷たいノースガルの風に激しくたなびいていた。


 公爵城の正門前に現れたのは、大陸最大の宗教勢力『聖教国レオス』の異端審問騎士団。その中心で、一際豪奢な法衣を纏った男――審問官ヴァレリウスが、馬上で尊大に口を開いた。

「ノースガル公爵閣下、およびベルグラードの令息方。……我らは聖なる天秤の命により、ここへ参った。此度の『氷晶花の奇跡』なる噂……、それは神の領域を侵す冒涜であり、その源泉たるアデリーン・フォン・ベルグラードには異端の疑いがある」

 ヴァレリウスの声は、権威という名の傲慢さに満ちていた。

「速やかに彼女の身柄をこちらへ。聖都にて真実を審問し、その魂に潜む悪魔を祓わねばならん」

 静寂が、城門前を支配した。
 だが、それは恐怖による沈黙ではない。ヴァレリウスが言葉を終えるよりも早く、四つの絶望的なまでの「殺意」が、彼とその背後の騎士団を襲ったからだ。

「……身柄を拘束する、だと?」

 最初に口を開いたのは、ゼノスだった。
 彼が軽く右手を上げると、門周囲の気温が一気に数百度下がり、審問騎士団の足元が瞬時に石よりも硬い氷に縫い付けられた。

「我が国に聖教国の法は及ばない。帰れ。さもなくば、その舌ごと貴様らを氷塊に変え、春まで門の飾りにしてやろう」

「待て、公爵。この羽虫を潰すのは、兄である私の役目だ」

 マクシミリアンが、抜刀せぬまま一歩前に出た。それだけで、訓練されたはずの審問騎士たちがガタガタと震え始める。

「ベルグラード家の者に手を出すというなら、貴様らの大聖堂を更地にするまでだ。聖都を灰にする準備なら、すでに我が騎士団に命じてある」

「おやおや、物騒だね二人とも。……でも、理論的にはマクシミリアン兄様が正しいよ」

 次男シルヴェスターが、冷たくレンズを光らせて割り込んだ。

「聖なる魔力? ……計測したが、ただの波長の粗い、効率の悪いエネルギーだね。そんな不純な力で、最高純度の調律師であるアデリーンを裁こうなど、科学的にも滑稽の極みだ」

「それにさ、ヴァレリウス様」

 三男ファビアンが、優雅に扇子で口元を隠しながら、毒蛇のような笑みを浮かべた。

「聖教国が裏で行っている『魔石の不当な徴収』と『孤児の売買』。……その確かな証拠を、僕はいくつか握っているんだ。今ここで読み上げてもいいけれど、どうかな?」

 四者四様の、圧倒的な拒絶。
 ヴァレリウスは顔を真っ青に染めながらも、懐から黄金の鏡――聖遺物『聖女の鏡』を取り出した。

「おのれ、不届き者め! この鏡は、偽りの力を暴き出す神の眼! これが赤く光れば、その娘が邪悪な異端である証明だ!」

 ヴァレリウスが鏡をアデリーンに向けた。
 鏡はアデリーンの強力な魔力に過剰に反応し、不吉な真っ赤な光を放ち始める。

「見たか! 赤い光だ! この娘はやはり悪ま……っ!?」

 勝ち誇ろうとしたヴァレリウスの言葉が、凍りついた。
 アデリーンが、自ら一歩前へ踏み出したからだ。彼女を必死に止めようとするマリエッタの手を優しく制し、アデリーンは銀の扇子を静かに広げた。

「……その鏡からは、とても悲しい音が聞こえますわ」

「何だと……?」

「不協和音。……人々の信仰を無理やり歪め、魔力を強制的に共鳴させる……、なんて醜いノイズ。……これでは、精霊たちが怯えてしまいます」

 アデリーンは目を閉じ、鏡から放たれる赤い波動の『波長』を見定めた。
 彼女が扇子をひと振りした瞬間、世界から一切の音が消えた。

「――黒の沈黙(ブラック・サイレンス)」

 瞬間、激しく発光していた黄金の鏡が、まるで火が消えるように沈黙した。
 赤い光は霧散し、鏡はただの曇ったガラス板へと変わり、ヴァレリウスが纏っていた聖なるオーラさえも、アデリーンの力によって「無」へと帰された。

「な、バカな……! 聖遺物の力が消えただと!? 貴様、何をした……!」

「私は、ただ整えただけです。……ヴァレリウス様。私の力は、神を冒涜するためのものではありません。この地に生きる精霊たちと、愛する人々を守るためのものです」

 アデリーンは凛とした声で、震える審問官を見つめた。

「お帰りください。……ここは私の大切な場所です。これ以上、この国の静寂を汚すことは許しません」

 アデリーンの背後で、ゼノスと三人の兄たちが、誇らしげに、そして改めて彼女への独占欲を深めるような視線で彼女を見守っていた。

「……っ、く……! 覚えておけ! 王国の『真の聖女』が北方に現れたという噂は、すぐに大陸中に広まるだろう! 我らが引いても、次に来るのは国という単位だぞ!」

 捨て台詞を残し、審問官たちは逃げるように去っていった。

 静まり返った雪原。
 ゼノスが背後からアデリーンを抱き寄せ、彼女の耳元で低く囁いた。

「……よく言った。だが、あいつの言う通り、これからお前を狙う羽虫は増えるだろう」

「あら、ゼノス様がいれば大丈夫でしょう?」

 アデリーンが微笑むと、ゼノスは彼女の首筋に深く顔を埋めた。

「ああ。……だが、羽虫よりも先に、こいつらをどうにかするのが先決だ」

 ゼノスの視線の先では、マクシミリアンたちが「アデリーン、よくやった! 記念に大聖堂の一つでもプレゼントしようか?」と、相変わらず過激な愛の言葉を叫んでいた。

 アデリーンを巡る、大陸全土を巻き込む狂乱。
 その幕は、今、完全に切って落とされたのだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

婚約破棄されたので、隠していた力を解放します

ミィタソ
恋愛
「――よって、私は君との婚約を破棄する」  豪華なシャンデリアが輝く舞踏会の会場。その中心で、王太子アレクシスが高らかに宣言した。  周囲の貴族たちは一斉にどよめき、私の顔を覗き込んでくる。興味津々な顔、驚きを隠せない顔、そして――あからさまに嘲笑する顔。  私は、この状況をただ静かに見つめていた。 「……そうですか」  あまりにも予想通りすぎて、拍子抜けするくらいだ。  婚約破棄、大いに結構。  慰謝料でも請求してやりますか。  私には隠された力がある。  これからは自由に生きるとしよう。

【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります

なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。  忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。  「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」 「白い結婚ですか?」 「実は俺には……他に愛する女性がいる」   それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。 私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた ――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。 ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。 「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」 アロルド、貴方は何を言い出すの? なにを言っているか、分かっているの? 「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」 私の答えは決まっていた。 受け入れられるはずがない。  自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。    ◇◇◇ 設定はゆるめです。 とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。 もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

プロローグでケリをつけた乙女ゲームに、悪役令嬢は必要ない(と思いたい)

犬野きらり
恋愛
私、ミルフィーナ・ダルンは侯爵令嬢で二年前にこの世界が乙女ゲームと気づき本当にヒロインがいるか確認して、私は覚悟を決めた。 『ヒロインをゲーム本編に出さない。プロローグでケリをつける』 ヒロインは、お父様の再婚相手の連れ子な義妹、特に何もされていないが、今後が大変そうだからひとまず、ごめんなさい。プロローグは肩慣らし程度の攻略対象者の義兄。わかっていれば対応はできます。 まず乙女ゲームって一人の女の子が何人も男性を攻略出来ること自体、あり得ないのよ。ヒロインは天然だから気づかない、嘘、嘘。わかってて敢えてやってるからね、男落とし、それで成り上がってますから。 みんなに現実見せて、納得してもらう。揚げ足、ご都合に変換発言なんて上等!ヒロインと一緒の生活は、少しの発言でも悪役令嬢発言多々ありらしく、私も危ない。ごめんね、ヒロインさん、そんな理由で強制退去です。 でもこのゲーム退屈で途中でやめたから、その続き知りません。

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています

オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇ 「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。 14回恋愛大賞奨励賞受賞しました! これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。 ありがとうございました! ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。 この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係

ayame@コミカライズ決定
恋愛
【ネトコン12受賞&コミカライズ決定です!】私、ユーファミア・リブレは、魔力が溢れるこの世界で、子爵家という貴族の一員でありながら魔力を持たずに生まれた。平民でも貴族でも、程度の差はあれど、誰もが有しているはずの魔力がゼロ。けれど優しい両親と歳の離れた後継ぎの弟に囲まれ、贅沢ではないものの、それなりに幸せな暮らしを送っていた。そんなささやかな生活も、12歳のとき父が災害に巻き込まれて亡くなったことで一変する。領地を復興させるにも先立つものがなく、没落を覚悟したそのとき、王家から思わぬ打診を受けた。高すぎる魔力のせいで身体に異常をきたしているカーティス王太子殿下の治療に協力してほしいというものだ。魔力ゼロの自分は役立たずでこのまま穀潰し生活を送るか修道院にでも入るしかない立場。家族と領民を守れるならと申し出を受け、王宮に伺候した私。そして告げられた仕事内容は、カーティス王太子殿下の体内で暴走する魔力をキスを通して吸収する役目だったーーー。_______________

処理中です...