「無能」と捨てられた少女は、神の愛し子だった――。 凍てつく北の地で始まる、聖獣たちと冷徹公爵による「世界一過保護な」逆転生活。

秦江湖

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氷雪の舞踏会と、四人の騎士  

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 聖教国の審問官を追い返した一件は、瞬く間に大陸全土へと伝わった。

 ノースガル公国に現れた「白銀の聖女」。彼女を護るのは、氷の公爵と、旧王国の至宝たるベルグラード三兄弟。その衝撃的なニュースは、各国に驚きと警戒、そして強烈な好奇心を抱かせた。

 そんな中、公爵城に届いた一通の豪奢な招待状。それは、大陸の有力貴族が一堂に会する伝統の『氷雪の舞踏会』への案内だった。

「……行きたくない。絶対に、行きたくない」

 執務室のソファで、ゼノスが心底嫌そうに呻いた。手元の招待状は、彼の放つ冷気ですでに薄っすらと凍りついている。

「そんなこと言わないで、ゼノス様。これは公国の大切な外交の場でしょう? 私、頑張ってお役目を果たしますわ」

 アデリーンが宥めるように言うと、ゼノスは彼女をひい、と引き寄せ、その細い腰を抱きかかえた。

「それが嫌なのだ。……あのような場所に現れれば、羽虫どもが一斉に寄ってくる。お前を他の男の目に晒すなど、考えただけでこの城ごと氷の中に封印したくなる」

「公爵、君の意見には珍しく賛成だよ」

 扉を蹴破らんばかりの勢いで入ってきたのは、マクシミリアンを筆頭とする三兄弟だった。彼らもまた、戦場へ向かうような殺気を放っている。

「アデリーンの美しさは、世界にとって毒が強すぎる。……だが、出ないわけにもいかない。ならば、我々が完璧に『武装』させるまでだ」

 そして始まった、阿鼻叫喚のドレス選び。

 アデリーンの寝室の隣、広々とした衣装部屋は、四人の男たちの主張がぶつかり合う戦場と化していた。

「見てくれ、アデリーン。ルミナリスの宝物庫から持ってきた、最高級のダイヤモンドを二千個縫い込んだドレスだ。その重厚さこそが、ベルグラードの格式だ」
 マクシミリアンが、もはや防弾チョッキのような重さのドレスを掲げる。

「非効率だね。……アデリーン、僕が開発したこの『魔導防護ドレス』を。七層の結界を織り込んでいる。暗殺者の矢はおろか、公爵の急な魔力暴発からも君を守るよ」
 シルヴェスターが、金属光沢を放つ奇妙な生地の服を差し出す。

「二人ともセンスがないなぁ。……アデリーン、これだよ。首元までしっかり隠れるけれど、ラインの美しさを強調したデザイン。……そしてこのマントを羽織れば、他の男は君の肌を一ミリも見ることができない」
 ファビアンが、もはや修道女のような露出ゼロの衣装を勧める。

 最後に、ゼノスが低く唸った。
「……いっそ、私の毛皮のマントで全身を包んでいけ。顔も隠せ。私が抱えて歩けば問題ない」

「「「それは却下だ!!」」」

 兄三人の怒声が響く中、アデリーンはマリエッタと顔を見合わせ、深いため息をついた。

「ねえ、アデリーン。……あの方たちに任せていたら、夜が明けるわよ。私たちが選んだ『あれ』で行きましょう」

「ええ、そうね。マリエッタ」

 舞踏会の夜。
 煌びやかなシャンデリアが輝く大広間に、沈黙が訪れた。

 階段の最上段に現れたアデリーンの姿に、居合わせた誰もが呼吸を忘れたからだ。
 彼女が纏っていたのは、兄たちの豪華絢爛なドレスでも、ゼノスのマントでもなかった。

 ノースガルの冬の夜空を思わせる、深い紺色のシルク。そこに、彼女が咲かせた「氷晶花」をモチーフにした銀の刺繍が、歩くたびに本物の雪のように煌めく。
 清楚でありながら、見る者を跪かせるような気高さ。

「……私の婚約者が、美しすぎて困る」

 エスコートするゼノスが、耳元で密やかに、けれど独占欲を隠さずに囁いた。彼の漆黒の礼装とアデリーンのドレスは、まるで一対の芸術品のようだった。

 ファーストダンスが始まると、二人の完璧なステップに会場中が酔いしれた。
 ゼノスは、他の誰にもアデリーンを視界に入れさせまいとするかのように、彼女を密着して抱き寄せ、優雅に、かつ威圧的に踊り続ける。

 だが、一曲が終わった瞬間、平和な時間は終了した。

「次は、兄である私の番だ」
「順番待ちの列に並びたまえ、公爵。次は魔導的なリズム感に長けた僕だ」
「アデリーン、僕と踊れば少しは休めるよ?」

 マクシミリアン、シルヴェスター、ファビアンが、完璧なタイミングでアデリーンを取り囲んだ。
 ゼノスがアデリーンの腰を離さず、兄たちをアイスブルーの瞳で射抜く。

「……貴様ら、いつまでここに居座るつもりだ。帰れと言ったはずだぞ」

「妹のデビューを見届けるまで、帰れるはずがないだろう。……さあ、アデリーンをこちらへ」

 会場のど真ん中で、大陸最強の男たちが無言で火花を散らす。周囲の貴族たちは、その凄まじいプレッシャーに近づくことさえできず、遠巻きに眺めることしかできない。

「……もう、皆さん。……一曲ずつ、順番に踊りますから。喧嘩はしないで?」

 アデリーンが困ったように笑い、ゼノスの手をそっと握ると、氷の公爵は「……一曲だけだぞ」と不機嫌そうに譲歩した。

 数曲後。
 熱気に包まれた会場から逃れるように、アデリーンはゼノスに連れられてバルコニーへと出た。

 冷たい夜風が、火照った肌に心地よい。
 ゼノスは背後からアデリーンを包み込むように抱きしめ、その肩に顎を乗せた。

「……やはり、連れてくるべきではなかったな。お前を見つめる男たちの目を、すべて潰してやりたくなった」

「ふふ、ゼノス様ったら。……でも、私はあなたの隣にしかいませんわ。今日の騎士様は、皆さん素敵でしたけれど……」

 アデリーンは振り返り、ゼノスの首に腕を回した。

「私の心を調律できるのは、ゼノス様、あなただけです」

 その言葉に、ゼノスの瞳に宿っていた尖った熱が、蕩けるような甘い情熱へと変わった。
 彼は満足げに喉を鳴らし、月の光の下で、誰にも邪魔させない深い口づけを彼女に贈った。

 ――だが、その幸せな二人を、物陰から冷ややかな視線で見つめる影があった。

「……ふん。北方の聖女、か。……あの『沈黙の力』、我が国のために役立ってもらうとしよう」

 その男の胸元には、カスティア商会とも、聖教国とも違う、不気味な蛇の紋章が刻まれていた。
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