僕は人畜無害の男爵子息なので、放っておいてもらっていいですか

カシナシ

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本編

9 虚言

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「あなた、何を考えていらっしゃるの?」


 ビシッ。扇を僕の鼻先に突き刺そうとするくらい間近で止めて、エカテリーナ・バニラ侯爵令嬢の……が、睨んでいた。

 放課後すぐにとっ捕まった僕。鞄を抱えたまま、人気ひとけの少ない校舎裏まで連れてこられていた。オーランドに会わないようこそこそしていたのがいけなかったみたいで、僕たちの他には誰もいない。


「えと……?」

「なぜ婚約者がいるのに、ショーン様やアレキウス殿下に接近しようとしているの?私たちだっておいそれとは近付けない高貴な方々ですのに、なぜ男爵令息風情が?」

「ええ……?」


 僕からは、全く、近付いてないと思うんですけど……?

 そばかすが星型に散っているご令嬢を筆頭に、後ろに5人。彼女たちに囲まれるようにして、エカテリーナ様が困ったように微笑んでいる。みんな、エカテリーナ様のお友達かな。

 というか、どこからそんな噂になっているの!?僕は殿下に『近付くな』と言われているし、ショーン様は監視役だし、どこをどう切り取ったら『接近しようとしている』風に見えるの……!?

 どう言葉を発すればいいのかも分からなくなり、ただただ鞄をぎゅっと抱きしめた。


「そもそもオーランド様だって貴方など不釣り合いなのに、その無害そうな顔でアレキウス殿下とショーン様をたらし込んで?……欲張りすぎじゃないの!」

「えっ、えっ、と」

「ほんとに、身の程を知ってもらわないとね……『きゃあああああッ!誰か!助けてぇぇえーーー!!』」


 星そばかす令嬢はニヤァと笑った後、急に叫び、ふらりと倒れ込んだ。周りの令嬢もニヤニヤとして、エカテリーナ様は相変わらず、眉を下げて『あらあら、どうしましょう』といった顔で微笑んでいる。

 あっ、と思った時には野次馬たちがわらわらと出てきて、おろおろする僕と、倒れた星そばかす令嬢を観察していた。


「きゅっ、急に!この人が!私を叩い……」




 その時だった。

 ニャッ!

 呆然とする僕を置いてけぼりにして、どこからともなく現れた子猫が令嬢に襲いかかった。その爪は意外にも鋭く、白い肌に朱が走る。


「ぎゃあっ!!……っ、み、みんな、違うわ!この猫じゃない!この人が!」


 にゃーにゃー。僕の周りにはたくさんの猫ちゃんが集まり、足に頬擦りしたり登ってこようとしている。そしてエカテリーナ様たち全員に、牙を剥いて威嚇を。


 こんなところでまた、精霊の祝福の弊害が……。


「どうしたのかな」

「ジキル様ぁっ!」


 爽やかな声がかかる。翡翠の瞳を細め、読みかけの本を閉じながら、ジキル先輩が長い御御足おみあしでこちらへ来る所だった。レディたちはきゃあっと黄色い声を出す。


「ジキル様!この方、怖いですわっ!私を突き飛ばして……っ!」

「そうなんですの!仮にも聖者様がこんなに乱暴な方だったなんて!」

「ジキル様にはご理解していただけますよね!?」


 ご令嬢たちは元々口裏を合わせてきたのだろう、すらすらとよどみない言葉を雨嵐のようにジキル先輩へ浴びせる。僕より余程交流のあったであろうご令嬢たちを信じてしまうんだろうな。僕、社交界なんて行く暇無かったから。

 しかしジキル先輩は優しげな表情を崩さないまま、エカテリーナ様へと問いかけた。


「……猫にやられたのではなく?エカテリーナ嬢」

「違うと思いますが……ごめんなさいっ!ジキル様。わたくしからは、あまり良く見えなくて……でも、一人のご令嬢ですもの、猫の力では倒せないと思いますぅ……」


 エカテリーナ様は怖がるように自分を抱きしめ、震えていた。霞草かすみそうのような可憐さである。言っていることは遠回しに僕が犯人だとするものだけど……。
 ジキル先輩がこちらをチラリと見た。猫まみれの僕を。右肩にも左肩にも、頭にすら猫ちゃんが乗っかって動けないでいる。

 大変幸せではあるのだけど、TPOがね?
 しゃがんで降ろしてあげたくても、足元にもにゃんにゃんいるし、踏んでしまう。


「にゃん……猫は神聖な生き物だから罰せられない。その猫が貴女には警戒心剥き出しにしているようだけど、何かしたのかい?」

 にゃんこって、今、言いかけたね?

 この世界、お猫様は精霊を運ぶと言われて大事にされている。とはいえ、不思議な力があるというわけではなくて普通に動物。人によって好き嫌いはある。

 じっとジキル先輩を見ると、羨ましそうに僕を見ている気がする。けれど他の皆は、倒れたそばかすのご令嬢に、勇敢にかかっていこうとする子猫に注目していた。


「ニャッ!ニ"ャッ」


 しゅっ、しゅっ、と繰り出す猫パンチ。はわわわ。可愛い。どう考えてもご令嬢なんて倒せない威力……可愛さで悶絶はしてしまうかもしれないけど。


「そうではなくて……おそらく、猫ではなく、ロロー……」

「この件はぼくが預かろう、エカテリーナ嬢」


 ジキル先輩はガラリと声色を変えた。瞬間、サァッと空気が変わり、もじもじと手を弄っていたエカテリーナ様も、ギクリとして大人しくなる。

 たしか、ジキル先輩は宰相令息なんでしたっけ?場慣れ感がある……。


「実は、二階からここが見えていて、聖者殿はずっと鞄を抱えていたし、そこから一歩も動いていなかったんだ。……おかしいよね?ぼくがここへ駆けつけてくる数十秒の間も、猫にはばまれていたのだろう。位置も変わっていない」

「……っ」

「どうして倒れたのか、本当の所を言ってほしいな。ハンナ・カリント伯爵令嬢。ほら、立ちなさい。どう見ても足は挫いていない。だろう?」

「あ……す、すみません。私、びっくりして転んでしまったみたいで……ええ……はい……」


 ジキル先輩の圧に、そばかすのご令嬢は恐る恐る立ち上がる。頬に引っ掻き傷があるけれど……学園には、医務室がある。僕の出番は無い。


「それでは聖者殿は無関係、ですね。さ、エカテリーナ嬢。ご友人を医務室へ連れて行って差し上げて下さいね」

「は、はい……」

『ジキル様まで……』


 見ている人たちからそんな声がした。ジキル先輩はピクリと眉を動かしたけれど、無視することにしたらしい。

 エカテリーナ様はジキル先輩に微笑みかけられ、うっとりと頬を赤らめた。そしてご令嬢を連れていくのかな、と見ていると、ふと振り返り、目が合う。


「……あ、あの……聖者様」


 エカテリーナ様はジキル先輩の腕にほんの少し触れて、やっぱり困ったような顔をして、さりげなく睨みつけてくる。


「ごめんなさい、見間違えてしまったみたいで……わたくしには、貴方が押したように見えてしまって……許して、下さいますか?」

「……はい。誰しもが間違えることはありますから」


 僕も無理やり笑った。ここで許さない、なんて言える訳がないよねぇ。エカテリーナ様はほっとしたように頬を緩めると、お友だちと共に歩き去って行った。


 一体なにがしたかったのだろう、エカテリーナ様たちは。


 僕なんかがアレキウス殿下やショーン様とお話しすることさえ烏滸おこがましい……のは、それはそうだけど。僕以外の生徒の方が、男女問わず彼ら二人はよくお話しされる。そっちはいいのか、と聞きたい。


 それに、オーランドの婚約者ということも気に入らなさそうだったなぁ……。
 一体どんな行動が正解だったのか、皆目かいもく検討がつかない。

 首を捻っていると、ジキル先輩がため息をつき、声をかけてくれた。


「大丈夫だったかな、ロロくん」

「あっ、ありがとうございます!ジキル先輩!」

「ふふ、覚えていてくれたんだね。それにしても見事な……」


 先ほどのピリリと冷酷な雰囲気から一変し、目を細めたジキル先輩は、僕……ではなく、猫ちゃんたちを見ている。『羨ましい』とでも書いてありそうなお顔で。


「……触ります?」



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