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本編
8 ショーン・クランベリー
しおりを挟む愛するエカテリーナ嬢が怯えているものだから、おれは率先してロローツィア・マカロンを監視することにした。
おっと、“愛する”ってのは秘密だった。アレキウスに処刑されちまう。でもよ、あのぽってりとした唇に一度吸い付いたことのある男なら絶対に、甘ったるい唇を忘れられなくなるに決まってる。
結ばれることは無い。けれど、この身を投げ出しても守りたい。王妃となったエカテリーナ嬢の近衛騎士として、側にいたいんだ。
昔から、エカテリーナ嬢はよく先見をしていて、内容は流行りを作り出すことだったり、局所的な災害であったり飢饉であったり、その全てが当たっていた。だから、皆彼女の言うことは信じる。
『聖者は数々の男アルファを籠絡し、いずれ国を滅ぼす』という、先見も。
これまでの先見とは少し性質が違うことから、一応は先見通りではない可能性があるとして、王立魔術学園の入学式で聖者の姿を観察していたらしいエカテリーナ嬢だったが、『やはり彼は危険よ』と判断した。
驚くことに、おれはその時すでに、ロローツィアに興味を持って話しかけた後だったのだ。聖者の容姿も名前も、知らなかったから。まさか、あんなに可愛い……ええと、小柄な男だったとは。
そしてすぐに、そのことは皆へ周知された。クラスに入るまでの数十分で周知するその手腕は、さすがエカテリーナ嬢と言える。おれは後で知ったけど。
先見では、彼はアレキウスに取り入ってエカテリーナ嬢と婚約破棄をさせ、側近たちも全て手中に収めて操作するのだと言う。
そうさせないために、アレキウスは牽制を、おれたち側近は監視を担うこととなったし、オーランドは婚約者としてロロを引きつけておくことを命じられ、また、ロロとの婚約を解消することは許されない。
おれは同じクラスメイトとして、他のクラスメイトが犠牲にならないよう、ロロの友人(偽)となった。懐に入れば、そのうちガワも剥がれるだろう。
『気をつけてね。聖者というだけで清純そうだけど、実際は違うの。わたくし、見ちゃったのよ、あの子、色んな男の人と歩いているわ』
『なんっ……なんだって!』
『まさか、聖者様だったなんて……わたくしも驚いたわ……』
とんだビッチらしいぜ。そんな安っぽい男が、おれを落とせる訳なんかねぇ。そう思って近付いてみたのだが。
なんだあの無自覚天然たらしは!
頼りなさげに揺れる大きい瞳。深い群青の中を覗き込むと、星のかけらが舞っている。そのことに気付ける人間が、どれほどいるのか。一度見つけてしまえば、その美しさに魅了されてしまう。
上級剣術科を終えて……今後も、絶対にペアを譲らないことに決めた。
白い肌が紅潮して、全身にしっとりとかいた汗で髪が張り付く。頬も唇も真っ赤に火照って、誘われていると思っていいか?
かといって目を瞑れば、荒くなった呼吸が喘ぎ声に聞こえ、細過ぎる足首から伝わる筋肉の躍動が生々しく、よくない妄想が掻き立てられる。
しかしロロは、かなり身体能力が高いのか、教師の課したノルマを簡単にやってのけた。感嘆すると共に助かった、と思ったのだが。
足を押さえられる番になって、気づいた。ロロでは、体重が足りない。
そのことに気づいたロロは、なんと、おれの足の甲に乗り上げたのだ。それでもまだ軽いことに驚愕するとともに、尻の弾力と小ささに、再びおれの俺に危機が迫る。まさかこんな、学園の剣術なんぞで追い詰められるとは。
おれの脹脛を、ロロの細い指が遠慮がちに掴み、全身を使って支えようとしてくれている。それはわかる。ロロに他意はない。先ほど、婚約者との親密な様子も見た。命令されるまでもなく、彼らに付け入る隙間などない。分かっている。
けれど汗だくでおれに乗るロロを見て、何か考えさせられてしまうのは、仕方のないことじゃないか?
「まずい……」
おれは監視役で、友人(偽)なのに。
籠絡されないように、しなくてはならないのに。
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