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本編
7 段階
しおりを挟むオーランドは汗だくな僕の腕を掴み、ぐいぐいと寮の方へと連れて行く。
この後の講義は無いけれど、オーランドの私室へと連れ込まれてしまった。
「うわぁ……すごい」
そう声が出たのは、あんまり豪華なお部屋に、これでもかと高価な調度品が揃っているから。もはや目に痛いほどの輝きに、狭い肩幅をさらに縮こませた。
「一応、侯爵家だからねっ。先に使っていいよ、シャワー」
「ありがとう、オーランド」
シャワーひとつとっても最新の魔道具が使われているし、優しい洗い心地の石鹸まである。二人ともさっぱりし終えて、オーランドは僕をソファに誘った。
「ロローツィア。前に会った時よりすごく可愛くなって、びっくりした。もう……他のアルファに目をつけられるなんて」
「え、つけられてはない、と思うんだけど……あ、ある意味つけられているかも……」
「ショーンは、あれはロローツィアを狙っているよ。まだ婚約者もいないし、油断も隙もあったもんじゃない」
そうかな?僕を監視しているだけだと思うよ。そう言う前に、ぎゅう、とハグをされる。騎士を目指すオーランドの体は、僕より余程分厚くて硬い。筋肉、羨ましい。子供の頃からこのハグは習慣化していて、もはや落ち着く。
……はずだけど、今はそわそわする。だって、オーランドは、エカテリーナ様と……。
「やっぱり、いい匂いだな。白桃みたいな、この匂い……ロローツィア、好きだよ」
「うん……」
僕はオメガとして未熟なのだが、オーランドはアルファで、教科書通りと言うべきか、いたって健康な成長を遂げている。だからか、僕のフェロモンが分かるらしい。僕自身よく分からないし、ごくごく薄いはずなのに、よく分かるなと感心する。
オーランドからはさっき使った石鹸と同じ匂いしかしないから、ピンとこない。
ふとオーランドは僕の首元を見て、ネックガードの下に指を滑り込ませ、引き寄せた。
「でもこれ、オレの送ったネックガードじゃないねっ?」
「あ……あれは!高級すぎるから、学園だと目立っちゃうかなって……僕は、男爵家出身だし」
今つけているものは、僕が買ったものだ。装飾のほとんどない無骨なものだけれど、軽くてよくしなるので動きやすい、お気に入りのもの。
オメガって言う生き物は、頸をアルファに噛まれないように、ネックガードが必需品。常に身につけるものなんだけど、オーランドから贈られたものは、正直に言うと、ゴテゴテしていて付けにくかった。お値段は素晴らしいものなのだろうけど、普段着る物も質素なものが多い僕には似合わなすぎて、実家の部屋に飾ってある。それでもそこだけ浮いて見えるくらいだ。
「あれは大事に飾ってあるよ。ありがとう。でも学園では、目をつけられてしまいそうだから……」
「そっか。じゃあ、学園じゃない時は付けて」
「うん……」
ぎゅうぎゅうと抱きしめてくれる腕や態度からは、『僕のことが好き』と伝わってくるようなのに、僕の胸の中はもやもやしていた。
あんな場面を見てしまわなければ、きっと僕は、素直にハグを受け入れられたのに。
エカテリーナ様にはアレキウス殿下という婚約者がいる。だから、もし二人が想い合っていたとしても、結ばれることは無い。
それで?他の人を想い続ける人が、旦那となるの?僕は、オーランドが僕を好いてくれていると思ったから婚約を承諾したのであって、もしそうでないのなら、遠慮したい。仲の良い両親みたいな関係に、憧れてるんだ。
この歳になると、もう色々と一人で出来ることも分かって来た。婚約を解消し、一人で生きていくこともできるんじゃないかと思う。その場合は、世捨て人みたいにならなきゃいけないかもしれないので、最終手段だけど。
「ねぇ、ロローツィア。そろそろオレたち、次の段階へ進んでもいいんじゃないかと思うんだけど……」
「次の段階って?」
「ほら、この学園アルファ多いし、オレ、心配なんだ。……ロローツィアが、とられてしまうんじゃないかって」
「え?そんなこと、ないよ。むしろ……」
むしろ。オーランドの方が、そうなんじゃないの?
自分がそうだから、僕を疑っているんじゃないの?
そう思いかけた思考を、ふるふると振って吹き飛ばす。オーランドは、優しいもの。純粋に心配してくれているだけ。……だよね?
向かい合わせで座ったソファは、二人の重みで歪に沈んだ。居心地が悪くて座り直そうとすると、オーランドの腕が僕の背中と腰に回って、優しく、逃さまいとしてくる。
「ね……?マーキング、させて」
「まー……?」
マーキング、って何だろう。犬の散歩しか思い出せない。あれ?混乱しているうちにオーランドの唇が近付いてくる。
……この唇は、今朝、エカテリーナ様と……。
「ちょっ、ちょっと待って!」
オーランドに両手を突き出した。それと同時に、バチッ!と目に見えるほどの静電気が走ってオーランドが後ろに仰反る。精霊の悪戯だろうか?とにかく、助かった!
「いたっ」
「ご、ごめんね!オーランド!僕、今はだめで」
「え?」
「よくわかんないけど、なんかだめ!ごめんなさい!」
脱兎のごとく逃げ出した僕は、一目散に部屋へと走ったのだった。
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