僕は人畜無害の男爵子息なので、放っておいてもらっていいですか

カシナシ

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本編

38 同郷

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 エカテリーナ様は周囲にも聞かせるように、自身の無罪さを口にした。けど、エカテリーナ様。薬が無くとも、不特定多数の男性に口付けるのは、ちょっと、どうかと思う。“魅惑のリップ”の効能を知っての行動だって、思っちゃうもの。

 特に、原材料を知ったアレキウス様やジキル先輩、ショーン様は、青い顔をしてしばらく姿を消した。その後、少し痩せてしまって可哀想だった。他の被害者の方は知らないはず。知らない方が幸せなことってあるよね……。

 なんて遠い目をしていると、エカテリーナ様が切実に、訴えかけてくる。


「ロローツィア様にも何かご迷惑をおかけしたようで……申し訳ありません。わたくしのこと、許して下さいますか……?お父様を、止められなかった愚かな娘として……」

「……」


 僕は閉口した。それは、許せるものだろうか。色々思い出してしまって言葉が出ない。だって、エカテリーナ様からは、明確な悪意を向けられてきたもの。穏やかで定評のある聖者な僕でも、流石に無理かもしれない。
 でも、エカテリーナ様はおおやけには無罪となった。ここで許さなければ、僕……皆んなに嫌われ……?


 キッ、と顔を上げた。皆んなに嫌われてもいいじゃないか。お友だちには、分かってもらえるもの。


「残念ですが、それは無理な相談です。僕は、聖者でも人間ですから」

「ひどい……っ!!ううっ……」


 エカテリーナ様はぽろりと涙を落として泣き始めた。側に立つグレイは呆れたように目を細め、僕の腰をそっと撫でてくれた。『よく言った』と言わんばかりだ。

 するとエカテリーナ様は、今度は潤んだ瞳でグレイを見上げた。


「グレイリヒト様は、わたくしが可哀想だと思いませんか?父と家の薬師ので、婚約破棄をされて……、聖者様にも許されない……わたくしの美貌ので、唇を奪われてしまいましたし……あの、おともだちになっていただけると、嬉しいの……」


 エカテリーナ様は、僕に付き添っているグレイに話しかけていた。両手を組み合わせ、上目遣いの姿で。
 ちょっと、嫌だな。僕の友人なんだ。グレイは、僕の……。

 モヤモヤする僕の前で、しかし、グレイは淡々としていた。薄く笑ったその表情は、こちらの背中が冷え冷えとするくらい冷たかった。


「“思い出を下さい”と言って、とんでもない数の男と口付けを交わしたんだろう?台詞せりふを使い回したのはいちいち考えるのも面倒だったのか?可哀想とは一切思わない。話しかけてくれるな。名前も呼ぶな。虫唾が走る」

「…………っ!ひ、ひどいです……っ!」

「襲われただと?もしそれが本当なら、襲ってきた犯人と仲睦まじく話していたことになるな。被害者とは思えない神経の逞しさだ」

「ひどいっ、ひどいわっ……!わたくし、女ですもの!令息に力では勝てませんし、笑っていないと何をされるか分かりませんもの……!」

「侯爵令嬢に?はは、権力でいくらでも従わせられるだろう」


 グレイは鼻で嘲笑い、僕に行くように促した。それをエカテリーナ様が必死に止める。


「あっ、聖者様!あの、『桜の僕の星空』という、BLゲームを知っていて?」

「へ?」

「……では、日本、という国をご存知です?」


 エカテリーナ様をギョッとして見た。一瞬で顔を引き締めたけれど、気付かれてしまった。僕を観察したエカテリーナ様は、ニタリと微笑む。


「ふぅん、なるほど……知識のない転生者なの……へぇ……」


 そう呟くと、訝しげに僕を見つめるグレイに『ではまた』と声をかけて、あっさりと去っていった。僕は、悪い感じのドキドキが止まらない。


 “びぃえるゲーム”って……何?やっぱり、何かのゲームの世界だったの?

 そして、エカテリーナ様はそのゲームを知っている。僕が知らない分、何か良くないことが起こるのかな……?


「ロローツィア、顔色が悪い。アレの意味を、知っているのか?」

「え……ううん、半分は分からなかった。けど……」


 ぎゅっと裾を握りしめて、不安を潰そうとした。自分の知らないことを、相手は知っている。余裕な顔をして。

 ただ、それだけだ。僕が不安に思っていたところで、対策のしようもない。……流れに身を任せ、いつも通り、誠実に生きていればいい。


 そう思ってはいても、心の奥はザワザワと騒ぎ立てていた。
 冷や汗を垂らす僕の背中を、グレイがぽん、ぽん、と叩いてくれる。
 はっとして見上げると、いつも通り表情の乏しいグレイが、優しく微笑んでいた。


「全く、話す相手がいないからとロローツィアを狙うとは。災難だったな」

「……ふふ、ありがとう。グレイがいてくれたから、落ち着いていられた、と思う」

「いつでもいる」


 ぐっと胸を抑えた。格好良すぎる友人に、今度は別の意味で鼓動が速くなる。その意味は、まだよく分かっていない。



 







 騒動が収まった頃、学園では“野外討伐実地訓練トレーニング・キャンプ”という行事が待ち構えていた。

 これはうちの学園でも、上級剣術を取っている生徒と、騎士養成学園との合同訓練。1から3年まで含めたものだ。魔術学園と騎士養成学園で点を取り合うため、結構盛り上がるらしい。


 僕は上級剣術では下の方だけど一応とっているし、聖者という保険的な役割としても出席がほぼ強制的だった。


「最近、魔物討伐に行っていないからナマっているかも。グレイは?」

「俺も勘を取り戻したい。新しい武器もそろそろ出来たらしいからな」

「じゃあ、ちょっと肩慣らしに行こう!」


 次の休みには、グレイと共に冒険へと行くことになった。まずは新しく注文した武器を受け取ってから、ちょっとした試し切りをしたいみたい。


 そして週末。用意が整って彼の部屋へ行くと、なんだか人が多いね……?
 そこには何故か、アレキウス様とショーン様、それからジキル先輩もいた。


「何故皆さんが?」

「グレイリヒトだけなどズルいだろう。ロローツィア、むしろ何故私を誘ってくれない?」

「ええっ?あの、王子殿下を冒険に誘うって……」

「普通に考えて危険だし、何かあったら面倒だし、誘えないよねぇ」


 ジキル先輩がにこやかにズバッと言ってしまう。うう。そうなんだよね、グレイは冒険慣れしているし、むしろ僕より強いSランクだもの。

 王子であるアレキウス様をお誘いするなんて、全然頭に無かった。だって普段ですら護衛のつくような身分の人を、更に危険な場所へ連れて行くなんて、極刑に処されてしまう。


「面倒などと言うな。行き先を聞いて、私も行くべきだと思ったのだ」

「すまない、ロローツィア。聞かれてしまったら答えるしかなかった」


 グレイが遠い目をしていた。そうだよね、側近だものねぇ……権力には抗えない。


「僕があえて残していた浄化予定地ですが、本当に大丈夫ですか?僕では太刀打ちできない魔物が出てくるかもしれません。今日はそこまで中心地に行く予定はないですが、万一の際でもグレイなら討伐出来ると思って決めたのです」

「もちろん大丈夫だ。私もショーンほどでは無いが剣を扱えるし、基本的に本職の二人の邪魔はしない。聖者の浄化の様子を視察すると言う名目なのでな」

「なるほど……、それなら、分かりました」


 ということは、僕とグレイ、そして後ろから三人と、護衛騎士さんたちがついてくる感じかな。必要以上に緊張しなくてすみそうで、ほっとする。ジキル先輩と目が合うと、にこやかに微笑まれた。

「ぼくたちは空気になるから。安心して」

 絶対、なれないと思うけど……。









 
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