僕は人畜無害の男爵子息なので、放っておいてもらっていいですか

カシナシ

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本編

37 転落

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 アレキウス様は、エカテリーナ様から貰った贈り物や差し入れを全て調べていた。しかし、何も出ない。ペン軸の素材や衣服の生地、装飾品の繋ぎ目もクッキーの製造場所も調べたが、何も出ない。

 それなのに、ピンクの塊の保持者はアレキウス様周辺だけでなく、取り巻きのご令嬢たちにも及んでいた。

 そこで、数多くの“ピンクの塊元保持者”に根気強く話を聞くと、ある共通点があった。


『エカテリーナ様とキス(あるいは間接キス)をしている』ということ。


 アレキウス様もショーン様もジキル先輩も、そして王家専門の目立たぬ護衛たち全員に、身に覚えがあるみたい(!?)。

 女性であっても、エカテリーナ様の一度口をつけた食べ物や飲み物を勧められたという。貴族が茶会を開く時、自ら毒味をすることは歓迎の意味でもあるから、然程疑問にも思わなかったらしい。そして口に含んでから、とてつもなくエカテリーナ様が魅力的に見えるようになった。


 物的証拠が残らなかったのは、唇に何かを塗っていたからなんだ。


 捜査に踏み込んだ所、エカテリーナ様の体液を基に作られた、違法薬物“魅惑のリップ”が見つかった。それは、使用者に対して絶大な魅力を感じ、盲目的に信じてしまうようになる薬。捕らえられた薬師は『侯爵からの指示』と言ったが、当主本人は知らぬ存ぜぬ。

 エカテリーナ様は一貫して、『美容に良いリップだと思っていた』と主張していた。








「彼らは知らないんだろうね。薬師がちゃんと指示書を書面に残して金庫に入れておいたこと」

「高名な薬師だからこそ、そういう経験もあったのかもしれませんね」


 アレキウス様が教えてくれたのは、違法薬物の所持・使用は重大な罪に問われるが、製造だけでは大した罪にはならない。それに、所持と使用でも罪の重さは違うということ。

 薬師は『製造』ということで、比較的軽い鞭打ち刑の後釈放された。バニラ侯爵は娘を通じてアレキウス様、つまり将来の王を良いように操作しようとしたことで、爵位を弟に譲り、喉を潰した上で鉱山奴隷となった。


 エカテリーナ様は、限りなく黒に近い、無罪。


 僕の部屋に男を差し向け、蹂躙させようとしたり、劇薬を仕込んだり、オーランドに薬を渡したり、数々の噂を流させ、薬学の先生に匿名の通報をしたのも、エカテリーナ様から指示を受けたそれぞれ別の男だった。その男たちが必死に『あの女の指示だ!』と騒いでいる証言しかなく、物的証拠が無かった。

 無罪ではあるけれど、侯爵令嬢では無く、罪人の娘となってしまった。それに、たくさんの人と口付けをしていた醜聞もあり、僕に纏わる噂話は鮮やかなまでに、まるっと彼女のものとなった。アレキウス様が何かしたのかなあ。

 新しいバニラ侯爵となった叔父の温情で学園に在籍してはいるものの、侯爵家が責任を持って監視することに。もちろんアレキウス様との婚約は破棄となり、嫁の貰い手を探し中だと言う。


 残念ながら、僕を縛った男の人は捕まらなかった。部屋から連れ出された訳でも、監禁された訳でも無いから。そう言われるとそうなのだけど、あんな人を野放しにしていいのかなと疑問に思っちゃう。世のためにね。


 ちなみに薬学のヤドヴィック先生は、元々僕という聖者……神聖属性魔術の使い手で薬師の敵(!?)ということと、やたら調合室でトラブルを引き起こしやすいことで嫌いだったみたい。

 証拠もなく疑ってすまなかったと謝罪を受けたが、その目はやっぱり睨んでいた。うーん、別にいいんですけど、座学だけはそこそこの出来なので、嫌わないでくれると嬉しいな。












 事態が事態なので、僕は生徒と先生全員(!)の診察を医務室で行なっていた。これが終わるまで、エカテリーナ様は登園できない。補佐としてショーン様とグレイが手伝ってくれている。

 恵まれた体格の二人に睨まれるように座らされたオーランドを、診察する。これまで見た他の誰よりも、濃く、大きなピンクの塊が、胸のあたりに巣食っていた。
 アレキウス様の話では、口付けをすればするほどに効果が高くなるということだけど、どれだけ口付けしたのだろう?


 診察のために胸へ置いた手を、上から握られて鳥肌が立った。あの、それ、お邪魔……です。


 ドン、と力任せに浄化した。これ以上触れていたく無くて。目が眩むほどの浄化を一気に浴びたオーランドは、ガクン膝をついたかと思えば、次の瞬きで僕の鼻の先へと移動していた。


「ロローツィア!!オレ、オレ……っ!騙されたんだ!」

「そうですか」


 即座に僕からべりりと剥がされるオーランド。冷たすぎる目を向けるグレイに雁字搦めにされたオーランドは、尚も僕へ言い募った。


「オレは、本当に、純粋に、ロローツィアだけが好きなんだ!あんな、痴女なんか好きじゃない!」

「……僕、聞いたんです。シュガー侯爵令息。貴方が、僕のことは“友人として”好きで、あの方のことは“愛している”って、言ってました。だから、今の言葉も嘘じゃないんですよね、きっと」

「っ!」


 ゼロだと思っていたオーランドを慕う気持ちが、更に下回る。浄化してすぐに、自分の行いをかえりみて顔を青くする訳でもなく、落ち込む訳でもなく、自己保身に走る彼が、あまりにも情けない。

 そして、仮にオーランドから愛されていたとして、今の僕にはひとつも響かなかった。僕にしては冷たい口調だったからか、オーランドは怯み、息を飲み込んだ。


「今、父に婚約破棄の手続きを取ってもらっています。僕との婚約が無ければ、貴方の“本当に”愛する人と婚約を結び直したらいかがですか?あちらはお相手を探しているようですし、良かったですね」

「そんな……っ!オレは、絶対に婚約は解消しない!ロローツィア、絶対だ!」


 口の端から泡を飛ばして叫ぶオーランドは、迅速に叩き出されていった。曲がりなりにも騎士を目指しているオーランドの体格はかなり良いのだけど、グレイとショーン様にかかってしまえば簡単みたい。







 しばらくして、ようやくオーランドとの婚約は破棄となった。

 オーランドが僕に薬を盛ってから“婚約解消”を打診していたのに、どうやらシュガー侯爵は『息子に最後のチャンスをあげてくれ!』とごねていたみたい。

 でも、結局エカテリーナ様と共謀していたことと、ゴネ続けていることを知った王妃様に一喝されて、同意せざるを得なかったという。王妃様、ついていきます!

 もうすっかりオーランドのことは信用出来なくなってしまったので、婚約が破棄されたのは当然のこと。信用出来ない人と、結婚生活なんて成り立たないよね。まして貴族同士の結婚なのだから。


 浄化してから、思い出したかのようにプレゼント攻撃をくらっているが、全て送り返した。

 好みじゃない派手なネックガードや、アクセサリー、ジャケット、万年筆、懐中時計。そんなものより、グレイに付け替えてもらった部屋の扉や、お部屋の隅を貸してくれている方が、僕の安全を、そして好みを考えてくれていると感じて嬉しくなる。


 オーランドにとってエカテリーナ様がどれだけ魅力的に見えていたとしても、僕に薬を盛った事実は変わらないし、積極的に僕を裏切ってエカテリーナ様と会っていたのも、嘘は付かないように狡猾こうかつに言葉を選ぶ所も、オーランドの生来せいらいの性格ということ。

 アレキウス様たちだって、最初こそ僕に警戒していたけれど、僕を知ってもらうにつれて徐々にその壁も無くしていった。やはり、魅了状態にあったとしても、冷静に人を見ることは出来るはずなんだ。オーランドは……。



 オーランドは『男を磨くため』と言って、騎士養成学園へと転校していった。まだ僕を諦めていないらしく、しょっちゅう手紙が届く。それは婚約者だったのなら正しいのかもしれないが、もう全て、今更でしかなかった。

 そしてその頃になると、全てのピンクの塊保持者を浄化し終え、エカテリーナ様が学園に復帰した。


「見て、あの売女。本当に図太いわ、また通ってくるなんて」

「王子妃教育も殆ど進んでなかったらしい、一体何をしていたんだ?」

「そりゃ、所構わず男漁りでしょ」


 エカテリーナ様に魅了されていた令息令嬢は恨みを募らせていた。自分は被害者だと言わんばかりの顔をして大仰にエカテリーナ様を糾弾しているけど、“魅惑のリップ”が無かったとしても、令息たちは一度は自分の意思で口付けを交わしているし、一度の接触で摂取する薬の量はごく微量。つまり、最初の数回は自分の意思で止められたと思う。

 だから、彼女だけを責めるのはなんだか、違うんじゃないかと、僕は思った。言わないけれど。


「聖者様……わたくし、知らなかったとは言え、後始末をさせてしまったみたいで。ありがとうございますね」


 そう話しかけてきたエカテリーナ様は、以前よりももっと儚げな微笑みを浮かべていた。少しやつれたのか、僕でもドキドキしてしまう可憐さだ。


「いえ、仕事ですので、お気遣いなく」

「そうですか?本当に、があんな指示さえしなければ……。それにわたくし、ほとんど襲われたようなものなのに……って、今更、ですわね……」


 
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