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本編
47 不明
しおりを挟むは、と聞き返そうになる。まるで、買い物にでも行って欲しいかのように、軽い。ゆらりゆらり、弟を抱いているのに不安定に身体を揺らす。
「オーランドの、女郎蜘蛛の余興はどうだった?みんな疲れてたかしら?一人くらい死んだかしら?」
「え……」
「まぁいいわ。本当はこっちがメインだもの。ああ、ちょっと離れましょうっ。ここ、拠点に近いから。ね?」
エカテリーナ様は、弟の喉元に刃を向けた。頼りない首に食い込む刃。明らかに刃物の扱いに慣れていないエカテリーナ様だからこそ、怖い。それに、連れの男の人も、隙なく僕の様子を窺っている。
「……わかりました」
歩いて、歩いて、地面に潜ってから、また歩いて。
地下の、薄暗くて訳のわからない場所に辿り着いた。学園のエリアからは遠く離れていると思われる。
……時間がかかりすぎだと、グレイたちは探してくれるだろうか。もしかして、大の方だと疑われているかも。はは、は……。
この場にそぐわない緊張感のないことを考えながら、とぼとぼとついていく。
所々に不審な様子の男たちが立っていて、エカテリーナ様は気前よく懐の小袋を配っていた。
「これはね、わたくしの開発したおくすり。ねぇ、わたくしに薬学の才能があるって、知っていた?知らないわよね。ねぇ、どんな気持ち?転生者だからって、無双できると思ったァ?」
ころころと転がるように笑うエカテリーナ様に、恐怖を感じざるを得ない。未だ胸元に末弟を人質に取られているし、下手に動けない。
やたら広い空間に出ると、エカテリーナ嬢は振り返り、側にいた覆面の男性に寄りかかった。
「ここでいいわ。この人はね、わたくしの言うことなら何でも聞くの。この人だけじゃない、他にも何人もいて、貴方の家にいつでも乗り込めるのよ。すごいでしょう?」
そう彼女は言って、ぐっすりと眠る末弟を男たちに引き渡した。少なくとも刺されることは無さそうだけど、不安しか芽生えない。
「さぁ。ここで、死んで。神聖属性魔力の結晶になってくれる?」
「……それが、目的ですか」
「ふふっ、そうね。それさえあれば、わたくしがヒロインだもの」
結晶化。魔力だけの結晶化ではなく、体や魂を昇華しての結晶化。それは、つまり、死を意味する。
僕が結晶化を出来ることを、どうやって知ったのだろう。まさかそれも、“なんとかゲーム”の知識、なのだろうか……。ううん、今は、それも関係ない。
「それを、それをやれば、家族は……?絶対に、家族には手を出さないと約束してくれないと」
「何を躊躇っているの?もちろん無駄に殺しはしないわ。死ぬのは貴方だけで十分だけど、愚図愚図してたらイライラしちゃって合図しちゃうかも。さぁ、早く死になさい。あなたの愛する弟も、パパもママも、わたくしの指先一つでどうとでもなるのよ」
エカテリーナ様はそう言って、側の男たちに目配せをする。末弟がいた以上、それを信じざるを得ない。彼女は僕がいなくなりさえすれば、全てがうまく行くと信じているようだった。
そんな訳、無い。だってすぐに、僕の仲間たちが探しにくる。彼女が犯罪者になったことは、決定的になるだろう。ヒロインなどという字面とは、正反対のもの。
「それなら、最期に抱っこを、させてくれませんか。弟を……」
そう足掻こうとしたけれど、エカテリーナ様は不機嫌そうに鼻を鳴らしただけ。
「それ、通じると思っているの?ふふっ、だめよぉ。だってあなた、防御魔術使えちゃうんだもの」
「エカテリーナ様……こんな犯罪に手を染めなくても、あなたならいくらでも、幸せになれるでしょうに……」
つい、余計なことを言ってしまう。もっと前、まだエカテリーナ様がアレキウス様の婚約者だった頃に、僕なんかを蹴落とそうとせずに放っておいてくれていたら。
きっと彼女は侯爵令嬢のまま、幸せになれたはずだ。
カッ!と激昂したエカテリーナ様に、火傷した顔を殴りつけられた。無抵抗に崩れ落ちると、怒りのままに何度も、何度も踏まれる。硬いブーツの裏が、僕に足跡と土埃を付けていく。
「あんたなんかに、分かるッ!?わたくしのリップの効果を、あんたに全部消されたのよっ!そればかりか、攻略対象たちみィんなあんたを気にかけてっ!あんたのその力は、わたくしが持つべきなの!あんたが持っている限り、わたくしは幸せになれないのッ!」
攻略対象たち、か。エカテリーナ様は、僕を、アレキウス様たちを、ハリボテの登場人物としか認識していないのだろうか。
彼女に、僕の言葉は届かない。怒りを煽りすぎれば、弟が、家族が危険だ。けれど先ほどの会話から感じるに、エカテリーナ様たちの目的が果たされれば、弟たちは無駄に傷付けられることはないと、思う。
そして、仲間が駆けつけてきてくれた時、僕がいる限り、きっと彼らは手を出せない。今度は僕が人質になってしまうから、僕は……。
「………………………………分か、りました。僕は、結晶化をします。しますから、その間、邪魔をされませんよう」
「フフッ!まさか!邪魔なんてしないわよぉ。さっ、どうぞぉ、やっちゃってぇ」
仕方ないよね。僕の命一つで、家族全員が助かるのなら。
自分の全ての魔力を、結晶に。手足が、体が、溶けてひとつの温かな魔力になっていく。
僕が結晶になれば、家族は無事なんだから。
あ、そうだ……最後に、精霊さんたちに、最大級の感謝を。たくさんの魔力の金平糖を散りばめて、【結晶化】を発動する。
それでも、悲しくて寂しくて、一筋の涙が溢れた。
伝えておけば良かった。
好きだってこと。頼りにしていて、出来ればずっと、そばに居て欲しいこと。
恥ずかしくて見れないなんて、勿体なかった。もっとたくさん、見つめておけば良かった。
「さようなら……」
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