転生した悪役令息は、お望み通り近付きません

カシナシ

文字の大きさ
6 / 9

6

しおりを挟む
 
 すらりとした長い脚でゆったりと近付いてくるのは、同学年のアレクサンダー・マルゴート王太子殿下だった。

 麗しい顔に柔和な笑顔を浮かべて、レイヴンとディディアを観察する。そしてディディアのよれた襟元や口端から流れた血をチラリと見て、まずレイヴンへにこりと笑いかけた。


「どうしたのかな。ディディア・ファントム侯爵令息に親でも殺されたのかい?レイヴン」

「でっ、殿下……。いえ。こやつが、婚約を解消したにも関わらず非道な行いをしましたので……」


 アレクサンダーは深紅の瞳をすうっと細めた。教室じゅうの誰もが動けない。

 アレクサンダー王太子は、気さくな態度で誰とでも分け隔てなく接する王子だが、冷酷な一面もあった。
 入学当初に、不敬にもアレクサンダーの腕へ抱きついてきた男爵令嬢の手首を、即座に切り飛ばした事件は有名である。


 その後一週間ほど、“”させられたのちに、手首は元通り再建されたが、男爵令嬢は自主退学して小さな商家へ嫁いで行った。

 それ以来、アレクサンダーには間違っても接触しないよう、皆が背中にまで目をつける思いで神経を全集中することとなったのである。




 アレクサンダーはそんなピリついた視線をものともせず、レイヴンを見続けている。穴の開くほど見つめている。

 ゲームでも最難関攻略対象のアレクサンダーは、攻略するのにも時間をかなり費やした。ディディアは肌が粟立つような畏怖を感じながら、彼の出方を見ることにした。


「ふうん、非道な、って?具体的には?」

「ラシェルの学用品を切り裂き、汚損させたのです!私とラシェルの婚約が余程気に入らなかった、腹いせに!」

「それは本当かい?ファントム侯爵令息」

「事実無根です。あの方の私物に触れたことはありません。お二人の婚約は祝福していますのに、心外ですね」


 深紅の瞳がこちらを向いた途端に、緊張が走った。しかし落ち着き払って事実のみを伝える。

 ディディアの言葉の真偽を確かめるかのように、アレクサンダーは見つめてきていた。咄嗟に、自分のスキルに【隠蔽】を施す。


(アレクサンダー王太子のスキルは、【真実の瞳】だったはず。人間嘘発見器だった。僕のスキルが無いのは有名だから、『ある』とバレたら面倒くさそうだ……)


「……うん、ファントム侯爵令息は真実を言っている」

「そんな……っ!?」

「彼は君の婚約者の私物に触れてもいないし、心から二人の婚約を祝福しているよ。私の言うことが、絶対だと……レイヴン、君なら分かるよね」

「……っ!」


 アレクサンダーの側近であるレイヴンも、アレクサンダーが“真実と嘘を見極めるスキル”を持っていることを知っている。その他の生徒たちも薄々、アレクサンダーのその力については勘付いている。

 だから息を呑む。真っ先に犯人だと疑われたディディアが、王太子が保証するほど潔白であることに。


「ラシェル・ポルカ子爵令息に聞く。ファントム侯爵令息が君の私物に手を出したと分かったのは何故かな?」

「!」


 教室の隅で震えていたラシェルは、びくりと肩を縮こませた。
 ディディアはいつも、その小動物のような動きを腹立たしく思っていた。ビクビクと怯えれば、レイヴンやその他大勢が勝手に擁護してくれると分かっていてやっているのだから。


「あ……あ……っ、いえ……っ、ボクは、そんなこと、言っていないんです。でも、今までのことがあったので……」

「状況は違うのに?彼以外に犯人がいるかもしれないよね。心当たりはあるかな?」

「えっ……、ええ、いえ……」

「犯人を知っている?」

「い、いえ!知りません!」

「はは、そうか。私に嘘を吐くとは、良い度胸だね。ふふ、レイヴン?もっとよく婚約者の話を聞いてやる必要があるようだよ。少なくともファントム侯爵令息は犯人ではない。…………すぐに買い替えられる教本の汚損などより、乱暴をして歯をへし折った君の方がよほど罪深い。謝罪をするべきだよ」


 アレクサンダーの口調は柔らかかったが、目は笑っていなかった。恐ろしく冷えた目で通告されたレイヴンは、顔を真っ青にし、ぎりぎりと奥歯を鳴らしながら、ディディアに向かって頭を下げた。


「……………………………………こちらの勘違いだったようだ。申し訳ない……」

「……勘違い。そうですか、勘違いですか。これから貴方に歯を一本ずつ折られたとしても勘違いなら仕方ない、と、そういうことですね?」

「治療費は出す。それでいいだろう。そういう嫌味たらしいところが嫌なんだ!」

「治療費は当然のことです。次からどうやって勘違いを防ぐのです?ご婚約者様がぴーぴー泣くたびにこちらに来られては、あっという間に歯が無くなってしまいますから」


 痛烈な嫌味を吐くディディアに、レイヴンは簡単に煽られていた。殺さんばかりに睨んでいる。


 そこで、パンッ!と手を叩く音がした。


「そうだ。私がファントム侯爵令息と共に過ごしてあげよう。そうすれば、ファントム侯爵令息がポルカ子爵令息に何か手出しをしようとしても防ぐことが出来る!」


 その突拍子もない提案に、ギョッとしたのはディディアだけではない。レイヴンもラシェルも、その他の生徒たちも目を剥く。


 アレクサンダーは公務等で多忙のあまり、学園へは自由登校となっている。いるのを見かけても次の瞬間に消えていたり、神出鬼没の謎深き王太子だ。

 一貴族の私情に巻き込み見張り役のようなことをさせるなど、考えられないこと。

 しかしアレクサンダーはにこにこと、実に楽しそうに笑っていた。


「レイヴンもポルカ子爵令息もその方が安心だろう。そしてファントム侯爵令息だって身に覚えのない言いがかりで乱暴をされずに済むから安心だし、私もそろそろ学園生活を楽しもうと思っていたから丁度良い。ファントム侯爵令息は今婚約者がいないし、付き合ってもらって構わないね?」

「そっ、それでは……っ!で、殿下の身が危険です……っ!万が一、ディディア様が殿下に手を……ヒィッ!」


 ラシェルがそう叫ぶのを、呆れた目で見る。途端に殴られたかのように被害者面をして悲鳴を上げるので、そうプログラムされたおもちゃのようである。

 するとアレクサンダーはおもむろにディディアへ近づき、肩を抱いてきたのだ。


「それって、彼の執着が私に向いたらということかな?いいじゃないか。レイヴンも君もそれを望んでいるだろうし、私も望むところだ。じゃあそういうことで、彼は連れて行くよ」


(望むところとは???)





しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する

SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する ☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

分厚いメガネ令息の非日常

餅粉
BL
「こいつは俺の女だ。手を出したらどうなるかわかるよな」 「シノ様……素敵!」 おかしい。おかしすぎる!恥ずかしくないのか?高位貴族が平民の女学生に俺の女ってしかもお前は婚約者いるだろうが!! その女学生の周りにはお慕いしているであろう貴族数名が立っていた。 「ジュリーが一番素敵だよ」 「そうだよ!ジュリーが一番可愛いし美人だし素敵だよ!!」 「……うん。ジュリーの方が…素敵」 ほんと何この状況、怖い!怖いすぎるぞ!あと妙にキモい 「先輩、私もおかしいと思います」 「だよな!」 これは真面目に学生生活を送ろうとする俺の日常のお話

おしまいのそのあとは

makase
BL
悪役令息として転生してしまった神楽坂龍一郎は、心を入れ替え、主人公のよき友人になるよう努力していた。ところがこの選択肢が、神楽坂の大切な人を傷つける可能性が浮上する。困った神楽坂は、自分を犠牲にする道を歩みかけるが……

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。 原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。 「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」 破滅フラグを回避するため、俺は決意した。 主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。 しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。 「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」 いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!? 全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ! 小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!

処理中です...