婚約者に捨てられた私ですが、王子曰く聖女の力が宿っているみたいです。

冬吹せいら

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思想の歪んだ令息

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「あぁ。森の空気が綺麗だね」
「そうですね」
「だが、心が沈むのはなぜだろう」
「……え?」

 森の入り口、開けた土地にテーブルと椅子を置き、紅茶を飲んでいるのは、男爵令嬢のエメラ・ミルウェイと、伯爵令息のソーマ・リクライエンである。

 ソーマが突然、妙なことを言い出したので、エメラは思わず目を見つめてしまった。

「君の瞳は本当に綺麗だよ。……でもね。ただ綺麗なだけだ」
「はぁ……」
「君との婚約が決まって、半年くらい経つかな。来年になれば僕たちは結婚が許される年齢になる。……それを思うと、憂鬱になるんだ」

 浮かない表情で紅茶を飲むソーマ。
 ……エメラは、段々と嫌な予感がし始めていた。

「申し訳ございません。私に至らない点があったのであれば、すぐに改善します」
「改善とか、そういうのじゃないんだよ。どうせ政略結婚。愛の無い婚約だとは思っていたけどさ。それにしても君は冷たい女だと思う」
「そんな……」

 エメラなりに、この気難しい令息には尽くしてきたつもりだった。
 ただ、体を許すことはさすがにまだ早いと思い、拒んできたのだ。
 
 婚約の話が出る前から、女性をあちらこちらで食い散らかしているという噂のあったソーマに、不安が無いわけではなかったが……。
 やはり、男爵家の身分として、伯爵家からもちかけてきた婚約話を無下にするわけにはいかなかったのだ。
 
 それでも、政略結婚と思われぬよう……。努めてきたというのに。

 エメラのカップを持つ手が、プルプルと震えだした。

「……例えば、どこが冷たいとお感じになられたのですか?」
「う~ん。今、僕が君のお尻を触ったら、君はどう思う?」
「それは……。あまりいい気分にはならないと思います」
「ほらみろ。君はたかが男爵令嬢のくせに、調子に乗ってる」

 バカにするような顔で、ソーマは紅茶を飲んだ。
 ……女性をなんだと思っているのだ。この男は。
 沸々と湧き上がる怒りを、必死で堪えるエメラ。
 
 そんなエメラを煽るように、ソーマは言葉を続ける。

「いいかい? 良い女性の条件というのは、男に求められたことを何でもしてくれるってことなんだ」
「……」
「どうしたのかな。そんな怖い顔をして」
「……いいえ」
「いいえ? 何がいいえなんだい? ほら見てごらんよ。君の顔!」
 
 ソーマが鏡を取り出して、エメラに向けた。
 そこには、ふくれっ面の自分の顔が映っている。
 かと思えば、顔がぐにゃりと変形し……。

 あっという間に、小太りの男性の顔になった。

「あはは! びっくりしたかい!」

 ソーマが魔法で、いたずらをしたのだ。
 ……冗談にしても、幼稚すぎる。
 その不満が顔に出てしまったらしい。

「……やっぱり冷たい女だ。僕を睨みつけるなんて」
「このようなことをされて、おかしく笑えるのであれば、その女性の心は壊れていると思います」
「そうかい? だったら本物の女性を呼ぶことにしよう!」
「は?」

 ソーマが指をパチンと鳴らすと……。
 馬車が二人の元に――。

 降りてきたのは、子爵令嬢のバンナ・アヴェリスだった。
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