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03:婚約の調印式
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瞬く間に二週間が過ぎ、ついに婚約の調印式が行われる日となった。
「父上、婚約が正式に決まっても、相手に瑕疵があれば婚約の解消や破棄は可能ですよね?」
「もちろんだ。政略的に結ぶ婚姻ではあるが、当家の顔に泥を塗るようであれば、すぐにでも婚約を破棄して慰謝料をぶんどってやるさ」
よかった、とディータは安堵する。
本音を言えば今すぐにでも「婚約の話はなかったことにすべきです!」と提案し、キールマン子爵令嬢の学園での破廉恥な行いや噂について、父シュレーダー伯爵に洗いざらい話してしまいたい。
けれどもディータはそんな衝動をなんとか飲み込んだ。
これまでキールマン嬢とはまともに会話をしたことがない。少なくとも一度は本人としっかり対話してみるべきだと思ったからだ。
学園で男漁りをするなど、どう考えても異常だ。
もしかすると、キールマン嬢はなにか事情をかかえているのかもしれない。もしそうなら、その事情とやらを聞いてみたい。
実際、不思議に思っていた。
行動を見るに、どうやらキールマン嬢は金持ちの結婚相手かパトロンを探しているようだが、シュレーダー伯爵家は建国から続く名門中の名門であり、また領地に金山とダイヤモンド鉱山を有する資産家でもある。その時期当主であるディータとの婚約が確定している中、なぜ彼女はわざわざ他の相手を探さなければならないのか。
ともかく、まずは会って話をしてみたい。彼女の行動の真意を尋ねてみて、なにかのっぴきならない事情があって困っているのなら助けたいと、ディータはそう考えていた。
そして約束の時間となり。
シュレーダー家の応接室にキールマン子爵とともに現れた令嬢を見た途端、ディータは驚きのあまり目が点になって固まった。
「お初にお目にかかります。キールマン子爵が娘、ルイーゼにございます。どうぞよろしくお願い致します」
鈴の音のような声であいさつの言葉を述べた後、美しいカーテシーを披露してくれたのは、ディータの知るキールマン嬢ではなかった。
いや、この調印式に来たからにはキールマン嬢で間違いないのだろうが、少なくともあの赤毛の令嬢ではない。
そこにいたのは、ディータが密かに惹かれてやまない亜麻色の髪の令嬢だった。
父親同士が和やかに挨拶と世間話に花を咲かせる隣で、ディータはひたすら亜麻色の髪の令嬢――ルイーゼ(?)――を見つめていた。
なぜ、どうして彼女がここに?
混乱のあまり、ディータは不躾にも令嬢を凝視してしまう。
すると視線を感じたのか、令嬢がチラリとディータに視線を向けてきた。
好意を寄せる令嬢と近距離で目が合ったことで、ディータの頬がほのかに赤く染まる。
令嬢は一瞬だけ、なにか言いたげな表情をしたよう見えた。すぐにその表情を消して視線を反されたので、ディータの見間違いかもしれない。
その時、シュレーダー伯爵が明るい声を上げた。
「さて、それでは婚約書にサインする前に、若い二人で少し話してきてはどうかな? ディータ、当家自慢の庭園をルイーゼ嬢にご案内しておいで」
「分かりました。ルイーゼ嬢、参りましょう」
「はい」
父の言葉に従い、ディータはキールマン嬢を庭園へとエスコートする。
この時期、シュレーダー家の庭園は幾種類もの薔薇が咲き誇っていて実に美しい。独自に品質改良に成功した母自慢の薔薇や庭園の見所などをキールマン嬢に説明して歩きながら、ディータは頭の中で考えていた。
自分はどうやらあの赤髪の令嬢に騙されたらしい。
あの破廉恥で身持ちの悪い令嬢は婚約者ではなかったのだ。ディータが密かに想いを寄せていた亜麻色の髪の令嬢こそ、本物のルイーゼ・キールマン子爵令嬢だった。
ここ数週間の悩み苦しみ憤りはなんだったのかと、ディータは自分を騙した赤髪令嬢に怒りを覚えた。
こんなことなら意地を張らず、ロニーの提案を受けて亜麻色の髪の令嬢の情報を教えてもらえばよかった。そうすれば、彼女こそがルイーゼ・キールマンなのだと、あの時分かっただろうに。
まあしかし、今更悔やんでもどうにもならない。
それよりも。
ディータはちらりとルイーゼを盗み見た。
やはり美しい。
このすぐ後、自分たちは婚約を結び、数年後には結婚することになる。恋する相手と結ばれる喜びに、ディータの胸に温かい想いが満ち溢れた。
二人が庭園を十分ほど歩いた頃だろうか。ルイーゼがふいに歩みを止めた。
疲れてしまったのかと気遣うディータを見つめながら、ルイーゼは切実な表情で話し出す。
「……あの、不躾で大変申し訳ないのですが、わたくしたちの婚約、取り止めにしていただけませんか?」
ディータはこん棒で頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
「……なぜだか聞いても? 僕のことが気に入らないということだろうか?」
「ち、違います! わたくしのためにではなく、あなた様のために言っているのです」
「僕のため?」
「だって、あなたには愛している人がいるではありませんか。カミラ・ブルグント男爵令嬢のことですわ。わたくしの幼馴染の」
そう言われても、ディータに思い当たる節はない。
それが表情に出ていたのだろう、ルイーゼは「え? でもだって」と戸惑いを見せる。
「あ、あの、シュレーダー様、隠さなくてよろしいんですのよ? わたくし、ちゃんと分かっておりますから」
「隠しているわけではなく、本当に分からないんだ。誰だい、そのカミラ・ブルグントというのは。初めて聞いた名だけれど」
「燃えるように美しい赤い髪の、女性としての魅力たっぷりなご令嬢です。知っていらっしゃいますよね? カミラが言っていましたわ。シュレーダー様に恋人になって欲しいと口説かれ、ずっと言い寄られているって」
赤い髪で女性の魅力たっぷりなご令嬢……。
もちろん、ディータはすぐにピンときた。
どうやら二人とも、そのカミラ・ブルングトという赤毛の令嬢に騙されていたらしい――――と。
「父上、婚約が正式に決まっても、相手に瑕疵があれば婚約の解消や破棄は可能ですよね?」
「もちろんだ。政略的に結ぶ婚姻ではあるが、当家の顔に泥を塗るようであれば、すぐにでも婚約を破棄して慰謝料をぶんどってやるさ」
よかった、とディータは安堵する。
本音を言えば今すぐにでも「婚約の話はなかったことにすべきです!」と提案し、キールマン子爵令嬢の学園での破廉恥な行いや噂について、父シュレーダー伯爵に洗いざらい話してしまいたい。
けれどもディータはそんな衝動をなんとか飲み込んだ。
これまでキールマン嬢とはまともに会話をしたことがない。少なくとも一度は本人としっかり対話してみるべきだと思ったからだ。
学園で男漁りをするなど、どう考えても異常だ。
もしかすると、キールマン嬢はなにか事情をかかえているのかもしれない。もしそうなら、その事情とやらを聞いてみたい。
実際、不思議に思っていた。
行動を見るに、どうやらキールマン嬢は金持ちの結婚相手かパトロンを探しているようだが、シュレーダー伯爵家は建国から続く名門中の名門であり、また領地に金山とダイヤモンド鉱山を有する資産家でもある。その時期当主であるディータとの婚約が確定している中、なぜ彼女はわざわざ他の相手を探さなければならないのか。
ともかく、まずは会って話をしてみたい。彼女の行動の真意を尋ねてみて、なにかのっぴきならない事情があって困っているのなら助けたいと、ディータはそう考えていた。
そして約束の時間となり。
シュレーダー家の応接室にキールマン子爵とともに現れた令嬢を見た途端、ディータは驚きのあまり目が点になって固まった。
「お初にお目にかかります。キールマン子爵が娘、ルイーゼにございます。どうぞよろしくお願い致します」
鈴の音のような声であいさつの言葉を述べた後、美しいカーテシーを披露してくれたのは、ディータの知るキールマン嬢ではなかった。
いや、この調印式に来たからにはキールマン嬢で間違いないのだろうが、少なくともあの赤毛の令嬢ではない。
そこにいたのは、ディータが密かに惹かれてやまない亜麻色の髪の令嬢だった。
父親同士が和やかに挨拶と世間話に花を咲かせる隣で、ディータはひたすら亜麻色の髪の令嬢――ルイーゼ(?)――を見つめていた。
なぜ、どうして彼女がここに?
混乱のあまり、ディータは不躾にも令嬢を凝視してしまう。
すると視線を感じたのか、令嬢がチラリとディータに視線を向けてきた。
好意を寄せる令嬢と近距離で目が合ったことで、ディータの頬がほのかに赤く染まる。
令嬢は一瞬だけ、なにか言いたげな表情をしたよう見えた。すぐにその表情を消して視線を反されたので、ディータの見間違いかもしれない。
その時、シュレーダー伯爵が明るい声を上げた。
「さて、それでは婚約書にサインする前に、若い二人で少し話してきてはどうかな? ディータ、当家自慢の庭園をルイーゼ嬢にご案内しておいで」
「分かりました。ルイーゼ嬢、参りましょう」
「はい」
父の言葉に従い、ディータはキールマン嬢を庭園へとエスコートする。
この時期、シュレーダー家の庭園は幾種類もの薔薇が咲き誇っていて実に美しい。独自に品質改良に成功した母自慢の薔薇や庭園の見所などをキールマン嬢に説明して歩きながら、ディータは頭の中で考えていた。
自分はどうやらあの赤髪の令嬢に騙されたらしい。
あの破廉恥で身持ちの悪い令嬢は婚約者ではなかったのだ。ディータが密かに想いを寄せていた亜麻色の髪の令嬢こそ、本物のルイーゼ・キールマン子爵令嬢だった。
ここ数週間の悩み苦しみ憤りはなんだったのかと、ディータは自分を騙した赤髪令嬢に怒りを覚えた。
こんなことなら意地を張らず、ロニーの提案を受けて亜麻色の髪の令嬢の情報を教えてもらえばよかった。そうすれば、彼女こそがルイーゼ・キールマンなのだと、あの時分かっただろうに。
まあしかし、今更悔やんでもどうにもならない。
それよりも。
ディータはちらりとルイーゼを盗み見た。
やはり美しい。
このすぐ後、自分たちは婚約を結び、数年後には結婚することになる。恋する相手と結ばれる喜びに、ディータの胸に温かい想いが満ち溢れた。
二人が庭園を十分ほど歩いた頃だろうか。ルイーゼがふいに歩みを止めた。
疲れてしまったのかと気遣うディータを見つめながら、ルイーゼは切実な表情で話し出す。
「……あの、不躾で大変申し訳ないのですが、わたくしたちの婚約、取り止めにしていただけませんか?」
ディータはこん棒で頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
「……なぜだか聞いても? 僕のことが気に入らないということだろうか?」
「ち、違います! わたくしのためにではなく、あなた様のために言っているのです」
「僕のため?」
「だって、あなたには愛している人がいるではありませんか。カミラ・ブルグント男爵令嬢のことですわ。わたくしの幼馴染の」
そう言われても、ディータに思い当たる節はない。
それが表情に出ていたのだろう、ルイーゼは「え? でもだって」と戸惑いを見せる。
「あ、あの、シュレーダー様、隠さなくてよろしいんですのよ? わたくし、ちゃんと分かっておりますから」
「隠しているわけではなく、本当に分からないんだ。誰だい、そのカミラ・ブルグントというのは。初めて聞いた名だけれど」
「燃えるように美しい赤い髪の、女性としての魅力たっぷりなご令嬢です。知っていらっしゃいますよね? カミラが言っていましたわ。シュレーダー様に恋人になって欲しいと口説かれ、ずっと言い寄られているって」
赤い髪で女性の魅力たっぷりなご令嬢……。
もちろん、ディータはすぐにピンときた。
どうやら二人とも、そのカミラ・ブルングトという赤毛の令嬢に騙されていたらしい――――と。
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