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04:二人の想い
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ルイーゼ・キールマン子爵令嬢は、自分がシュレーダー伯爵令息と婚約することになったと父親から伝えられた翌日の昼休み、教室の前で、幼馴染のカミラがディータと話しているのを見かけたという。そのすぐ後、カミラからこんなことを言われたらしい。
「わたし、さっきの人に好かれてしまったみたい。恋人になって欲しいってお願いされちゃったわ。もちろん断ったけどね」
ルイーゼは驚いた。
二週間後には婚約する予定の相手が、他の女性を口説くなんて。しかも、婚約者となる自分がいる一年生棟にわざわざやって来てまでして。
ものすごくショックだった。
ディータ・シュレーダー伯爵令息のことを、ルイーゼはこの学園に入学してすぐから知っていた。
家柄がよく、プラチナブロンドに空色の瞳をした王子様のように美しい人。女性に絶大な人気がありながらも浮ついたところがなく真面目で優秀、文武両道を地で行く文句のつけようのない令息だ。
ルイーゼは学園でディータの姿を初めて見た時から心惹かれていた。一目惚れだった。あんなに素敵な人と結婚できるならどんなに幸せだろうと憧れた。
けれどもディータは名門一族の次期当主、雲の上の存在だ。この恋が叶うことはないだろうと、ルイーゼは気持ちを誰にも言わず、胸の奥深くにそっとしまい込んだ。
それがまさか、自分がディータの婚約者になれるだなんて。
父親から話を聞いた時、ルイーゼは夢のようだと思った。涙が出るほど嬉しかった。
その翌日のことだった。ディータに恋人になって欲しいと口説かれた、とカミラから話を聞かされたのは。
当然、ルイーゼはショックを受けた。それこそ、目の前が真っ暗になるほどに。
その一方で、仕方がないなとも思った。
幼馴染のカミラは美しい。メリハリのある体は魅惑的で、男性がカミラに惹かれる気持ちはルイーゼにもよく分かる。
しかし、落ち着いて考えてみると疑問が残った。
確かにディータは女性にモテるが、これまで浮ついた噂がたったことのない真面目な令息である。そんな彼が婚約が決まった翌日に、他の令嬢を口説いたりするものだろうか。
もしかすると、ただ話しかけられただけなのを、カミラが勘違いしただけかもしれない。そんな一縷の望みをかけて、ルイーゼはこの数週間ディータの様子をうかがっていたのだった。
そうやって出た結論は、悲しいものだった。
「あなたの目はいつもカミラを追っていました。婚約する予定のわたくしがすぐ横にいるのにも関わらずに、ですわ。心からカミラを愛しているのだと確信しました。だからわたくしはあなたが幸せになるために、今回の婚約を取り止めるべきだと申し上げたのです」
ディータは大いに焦った。
「ちょっと待ってくれ、話を聞いて欲しい。確かにここ最近、僕はずっとカミラ・ブルグント男爵令嬢を目で追っていた。けれど、それは愛しているからではないんだ」
「どういう……ことですか?」
「実は――」
ディータは初めてカミラに会った時のことをルイーゼに話した。
学園の一年生棟に向かったのは婚約者になる予定のルイーゼを一目見るためだったこと。声をかけてきたカミラに、自分こそがルイーゼであると嘘をつかれていたこと。それを信じてしまったがために、いつも目で追っていたこと。彼女のあまりの素行の悪さに辟易していたこと。
「カミラ・ブルグントと話したのは一度だけで、その後の接触は一切ない。彼女には少しも興味が持てなかったからだ。僕が惹かれたのはカミラ・ブルグントとよく一緒にいた亜麻色の髪の令嬢だ」
「亜麻色の髪? それって……」
ルイーゼの顔が真っ赤に染まる。その美しい翠色の瞳が零れ落ちんばかりに大きく目を見開いた。
「婚約者になる人が決まっている身だからと、この想いは永遠に秘めておくつもりだった。まさかその人こそ、実は僕の婚約者になる人だったなんて……。キールマン子爵と一緒に応接室に入ってきた君を見た時、心臓が飛び出るくらい驚いた」
苦笑するディータの頬は熱い。それを自覚しながら、ディータは真っ直ぐにルイーゼを見つめた。
その視線を受けて、ルイーゼの顔が更に赤くなる。
「シュレーダー様……」
「君が好きだ。婚約できてすごく嬉しい」
エスコートのために触れていたエリーゼの手の甲に、ディータはそっと唇を寄せた。
「僕のことはディータと呼んでくれないか?」
喜びに感極まったルイーゼの美しい瞳に薄っすらと涙が滲んだ。
「わたくしも……わたくしもずっとディータ様をお慕いしていました。婚約のお話をいただいた時は、夢なのではと思うほど嬉しかった。その翌日にカミラからディータ様に口説かれたと聞いた時は、悲しくてとても苦しかった。その夜は涙が枯れるほど泣きましたわ」
ルイーゼの気持ちを知って、ディータの心に喜びが溢れた。自分の胸にルイーゼをそっと抱き寄せる。
「悲しませて申し訳なかった。しかし、僕が好きなのはルイーゼ嬢、君だけだ。改めて自分の口から言わせて欲しい。どうか僕と婚約して、いずれは妻になってくれないか?」
ディータの胸の温もりを感じながら、ルイーゼは頷いた。
「はい、どうかわたくしをあなた様の妻にして下さいませ」
喜びのあまり、ルイーゼを抱くディータの腕に力がこもる。その力強さを心地よく感じながら、ルイーゼはディータの胸にそっと顔を寄せた。
「今後はルイーゼと呼んでいただけると嬉しいです」
「ああ、ルイーゼ、僕のルイーゼ。愛してるよ。必ず君を幸せにすると誓う」
「嬉しい……」
紆余曲折あったものの心を通じ合わせることができた二人は、そのまましばらく抱き合っていたのだった。
とても幸せだった。
がしかし、問題はまだ残っている。
カミラ・ブルグント男爵令嬢はどうしてあんな嘘をついたのか。
「カミラとわたくしは領が隣同士で、幼馴染として育った仲なのです」
ルイーゼによると、カミラは見た目とは異なり幼い頃は心優しく純情な少女だったという。それが学園に入学した直後から、まるで人が変わったように男漁りをするようになり、そのことをルイーゼも心配していたのだった。
「きっとなにか理由があるはずなのです。けれど、いくら聞いても教えてくれなくて……」
「だったら僕がブルグント男爵令嬢を問い詰めよう。彼女より身分が高く、嘘をつかれた被害者でもある僕が訊けば、ブルグント嬢も答えざるを得ないだろう」
「どうぞよろしくお願い致します。カミラは大切な幼馴染。わたくしで手助けできることがあるのなら、どんなことでもするつもりです。そのためにも、カミラなにがあったのか、なにを困っているのかを知らなければ」
翌日の昼休み、貸し切り予約した学園の小会議室へ、二人はカミラ・ブルグントを呼び出したのだった。
「わたし、さっきの人に好かれてしまったみたい。恋人になって欲しいってお願いされちゃったわ。もちろん断ったけどね」
ルイーゼは驚いた。
二週間後には婚約する予定の相手が、他の女性を口説くなんて。しかも、婚約者となる自分がいる一年生棟にわざわざやって来てまでして。
ものすごくショックだった。
ディータ・シュレーダー伯爵令息のことを、ルイーゼはこの学園に入学してすぐから知っていた。
家柄がよく、プラチナブロンドに空色の瞳をした王子様のように美しい人。女性に絶大な人気がありながらも浮ついたところがなく真面目で優秀、文武両道を地で行く文句のつけようのない令息だ。
ルイーゼは学園でディータの姿を初めて見た時から心惹かれていた。一目惚れだった。あんなに素敵な人と結婚できるならどんなに幸せだろうと憧れた。
けれどもディータは名門一族の次期当主、雲の上の存在だ。この恋が叶うことはないだろうと、ルイーゼは気持ちを誰にも言わず、胸の奥深くにそっとしまい込んだ。
それがまさか、自分がディータの婚約者になれるだなんて。
父親から話を聞いた時、ルイーゼは夢のようだと思った。涙が出るほど嬉しかった。
その翌日のことだった。ディータに恋人になって欲しいと口説かれた、とカミラから話を聞かされたのは。
当然、ルイーゼはショックを受けた。それこそ、目の前が真っ暗になるほどに。
その一方で、仕方がないなとも思った。
幼馴染のカミラは美しい。メリハリのある体は魅惑的で、男性がカミラに惹かれる気持ちはルイーゼにもよく分かる。
しかし、落ち着いて考えてみると疑問が残った。
確かにディータは女性にモテるが、これまで浮ついた噂がたったことのない真面目な令息である。そんな彼が婚約が決まった翌日に、他の令嬢を口説いたりするものだろうか。
もしかすると、ただ話しかけられただけなのを、カミラが勘違いしただけかもしれない。そんな一縷の望みをかけて、ルイーゼはこの数週間ディータの様子をうかがっていたのだった。
そうやって出た結論は、悲しいものだった。
「あなたの目はいつもカミラを追っていました。婚約する予定のわたくしがすぐ横にいるのにも関わらずに、ですわ。心からカミラを愛しているのだと確信しました。だからわたくしはあなたが幸せになるために、今回の婚約を取り止めるべきだと申し上げたのです」
ディータは大いに焦った。
「ちょっと待ってくれ、話を聞いて欲しい。確かにここ最近、僕はずっとカミラ・ブルグント男爵令嬢を目で追っていた。けれど、それは愛しているからではないんだ」
「どういう……ことですか?」
「実は――」
ディータは初めてカミラに会った時のことをルイーゼに話した。
学園の一年生棟に向かったのは婚約者になる予定のルイーゼを一目見るためだったこと。声をかけてきたカミラに、自分こそがルイーゼであると嘘をつかれていたこと。それを信じてしまったがために、いつも目で追っていたこと。彼女のあまりの素行の悪さに辟易していたこと。
「カミラ・ブルグントと話したのは一度だけで、その後の接触は一切ない。彼女には少しも興味が持てなかったからだ。僕が惹かれたのはカミラ・ブルグントとよく一緒にいた亜麻色の髪の令嬢だ」
「亜麻色の髪? それって……」
ルイーゼの顔が真っ赤に染まる。その美しい翠色の瞳が零れ落ちんばかりに大きく目を見開いた。
「婚約者になる人が決まっている身だからと、この想いは永遠に秘めておくつもりだった。まさかその人こそ、実は僕の婚約者になる人だったなんて……。キールマン子爵と一緒に応接室に入ってきた君を見た時、心臓が飛び出るくらい驚いた」
苦笑するディータの頬は熱い。それを自覚しながら、ディータは真っ直ぐにルイーゼを見つめた。
その視線を受けて、ルイーゼの顔が更に赤くなる。
「シュレーダー様……」
「君が好きだ。婚約できてすごく嬉しい」
エスコートのために触れていたエリーゼの手の甲に、ディータはそっと唇を寄せた。
「僕のことはディータと呼んでくれないか?」
喜びに感極まったルイーゼの美しい瞳に薄っすらと涙が滲んだ。
「わたくしも……わたくしもずっとディータ様をお慕いしていました。婚約のお話をいただいた時は、夢なのではと思うほど嬉しかった。その翌日にカミラからディータ様に口説かれたと聞いた時は、悲しくてとても苦しかった。その夜は涙が枯れるほど泣きましたわ」
ルイーゼの気持ちを知って、ディータの心に喜びが溢れた。自分の胸にルイーゼをそっと抱き寄せる。
「悲しませて申し訳なかった。しかし、僕が好きなのはルイーゼ嬢、君だけだ。改めて自分の口から言わせて欲しい。どうか僕と婚約して、いずれは妻になってくれないか?」
ディータの胸の温もりを感じながら、ルイーゼは頷いた。
「はい、どうかわたくしをあなた様の妻にして下さいませ」
喜びのあまり、ルイーゼを抱くディータの腕に力がこもる。その力強さを心地よく感じながら、ルイーゼはディータの胸にそっと顔を寄せた。
「今後はルイーゼと呼んでいただけると嬉しいです」
「ああ、ルイーゼ、僕のルイーゼ。愛してるよ。必ず君を幸せにすると誓う」
「嬉しい……」
紆余曲折あったものの心を通じ合わせることができた二人は、そのまましばらく抱き合っていたのだった。
とても幸せだった。
がしかし、問題はまだ残っている。
カミラ・ブルグント男爵令嬢はどうしてあんな嘘をついたのか。
「カミラとわたくしは領が隣同士で、幼馴染として育った仲なのです」
ルイーゼによると、カミラは見た目とは異なり幼い頃は心優しく純情な少女だったという。それが学園に入学した直後から、まるで人が変わったように男漁りをするようになり、そのことをルイーゼも心配していたのだった。
「きっとなにか理由があるはずなのです。けれど、いくら聞いても教えてくれなくて……」
「だったら僕がブルグント男爵令嬢を問い詰めよう。彼女より身分が高く、嘘をつかれた被害者でもある僕が訊けば、ブルグント嬢も答えざるを得ないだろう」
「どうぞよろしくお願い致します。カミラは大切な幼馴染。わたくしで手助けできることがあるのなら、どんなことでもするつもりです。そのためにも、カミラなにがあったのか、なにを困っているのかを知らなければ」
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