5 / 6
05:大事だからこそ
しおりを挟む
呼び出されたカミラ・ブルグント男爵令嬢は、ディータとルイーゼが婚約したと知らされた途端、真っ青になった。
さて、どんな言い訳をするつもりか。きっと見苦しくみっともない言い逃れをすることだろう。
そんなことを思いながら、ディータは冷めた目でカミラを見据える。
すると予想に反して、カミラは思いっきり頭を下げた。頭を上げたカミラの視線は真っ直ぐにルイーゼに向かっていて、その瞳には涙が浮かんでいる。
「ごめっ、ごめんなさい、ルイーゼ! 知らなかったのよ、あなたがシュレーダー伯爵令息様の婚約者になるなんて」
「言っていなかったのだもの、当然だわ。でも、どうして嘘をついたり、わたくしのフリをしたりしたの?」
「そ、それは……」
「それだけじゃないわ。学園に入学した途端、あなたが変わってしまったのは、なぜ?」
「……」
悲痛な表情で黙り込んだカミラの手を、ルイーゼの両手が包み込む。
「なにか理由があるのでしょう? どうか話してちょうだい。そして、大切なあなたのことをわたくしに助けさせて。お願い」
ルイーゼがそこまで言ってもカミラは口を開こうとはしない。
隣で黙って二人の話を聞いていたディータは、このままでは埒が明かないと少し威圧的にカミラを睨みつけてみせた。
「このまま黙っているつもりなら、名誉棄損の慰謝料請求を君の父上宛てに送らせてもらうことになる」
「え?!」
俯いていたカミラが勢いよく顔を上げる。
「慰謝料?! そ、それは困ります!」
「だったら今すぐ正直に話してくれるかい? そうしてくれれば、こまれでのことはすべて不問にするから」
しばらく考え込んでいたカミラは、やがてポツリポツリと話しだしたのだった。
カミラのブルグント男爵家は、昔はそれなりの資産を持つ裕福な家だったが、先代当主が事業に失敗したことにより、大きな借金を負うことになったという。それを当代当主であるカミラの父親は必死に返済していた。ところがちょうど一年ほど前、カミラの母親が質の悪い金貸しからブルグント男爵家名義で大きな借金を作り、その金を持って男と逃げたことで、もうどうにも立ち行かなくなったという。
「このままだと家も爵位も売り払うことになる。父は死ぬまで鉱山で働かされて、弟と妹は奴隷商、わたしは娼館に売られることになる。それを回避するために、借金を肩代わりしてくれる裕福な家の令息との結婚を目論んだの。借金さえどうにかしてくれるなら、愛人になって日陰の身になってもかまわなかった」
行きつく先はどうせ娼婦。だったら一人を相手にすればいい愛人の方がマシだと思ったのだとカミラは語った。
そもそも、金がないのにカミラが無理して学園に通っている目的は、金持ちの結婚相手を探すためだったのである。一年経っても相手が見つからなければ、退学して娼館に売られる予定だった。
だからこそ恥も外聞も捨て、カミラは必死になって学園で男漁りをしていたのである。
「わたしが娼婦になるのはいい。でも、父が鉱山で過労死するのも、まだ幼い弟と妹が奴隷になるのも絶対に嫌だった。そうならないためなら、わたしはなんだってやるわ! 尻軽でも淫売でも、好きに呼べばいい。家族が助かるなら、わたしはどんな汚名をきてでも金持ちのパトロンを手に入れてみせるって、そういう気持ちで学園で男漁りをしていたの……」
自分こそがルイーゼだとディータに嘘をついたのは、美しい女の噂を聞いただけで一年生棟にまで足を運ぶ女好きの高位貴族令息からルイーゼを守るためだった、とカミラは言った。
「そんなろくでもない男を、純粋なルイーゼに近付けてはいけないと思ったの。まさか婚約者になる人だったなんて思わなくて……本当にごめんなさい」
「わたくしを守るためだったのね」
感動したルイーゼがカミラに抱きついた。
「ありがとう、カミラ」
「ううん。逆に迷惑をかけてしまって……ごめんなさい。許して」
二人が抱き合うその横では、ディータが情けない顔をしていた。
あの時の咄嗟の言い訳は、確かに女好きと勘違いされても当然のものだったと、恥ずかしくてたまらなかったからだ。
そんなディータとルイーゼの顔を、カミラが交互に伺い見る。
「シュレーダー伯爵令息様に自分が口説かれたとルイーゼに言ったのは……ほら、ルイーゼは学園に入ってすぐに、シュレーダー伯爵令息様に一目惚れしたでしょう? その後はずっと健気に想いを寄せていた。でもその人は女好きの最低男だったわけで、だから早くルイーゼにシュレーダー伯爵様をあきらめさせようと思って、それであんな嘘をついたの」
「そうだったの……」
「わたし、結婚相手やパトロンになってくれそうな高位貴族の令息たちと知り合っていく内に、真面目だと評判だったり婚約者がいたりするくせに、すぐにわたしと密室で二人きりになろうとする令息たちのあまりの多さに、実は少し男性不信になりかけてたところだったの。そのせいで、シュレーダー伯爵令息様も同じ穴の狢だと簡単に決めつけてしまって……本当に申し訳ありませんでした」
改めて頭を深く下げたカミラに、ディータは首を横に振った。
「いや、いいんだ。確かに僕にも悪いところがあったのだから。そうか、君は幼馴染を守るために、あんな嘘をついたんだね」
「はい……でも、よかったわね、ルイーゼ。好きだった人と婚約できて。本当におめでとう」
ルイーゼに祝福の言葉をかけるカミラは、本当に嬉しそうに微笑んでいる。
今日、この会議室に来る前のディータは、正直なことを言うと、カミラに対するルイーゼの「とてもいい子」という評価を疑っていた。けれど、今は違う。
目の前にいる赤毛の令嬢は、男好きのする妖艶な見た目とは違い、家族や友人を心から大切に思い、彼らを守るためならば自分を犠牲にすることを厭わない、心優しき女性だった。
さて、どんな言い訳をするつもりか。きっと見苦しくみっともない言い逃れをすることだろう。
そんなことを思いながら、ディータは冷めた目でカミラを見据える。
すると予想に反して、カミラは思いっきり頭を下げた。頭を上げたカミラの視線は真っ直ぐにルイーゼに向かっていて、その瞳には涙が浮かんでいる。
「ごめっ、ごめんなさい、ルイーゼ! 知らなかったのよ、あなたがシュレーダー伯爵令息様の婚約者になるなんて」
「言っていなかったのだもの、当然だわ。でも、どうして嘘をついたり、わたくしのフリをしたりしたの?」
「そ、それは……」
「それだけじゃないわ。学園に入学した途端、あなたが変わってしまったのは、なぜ?」
「……」
悲痛な表情で黙り込んだカミラの手を、ルイーゼの両手が包み込む。
「なにか理由があるのでしょう? どうか話してちょうだい。そして、大切なあなたのことをわたくしに助けさせて。お願い」
ルイーゼがそこまで言ってもカミラは口を開こうとはしない。
隣で黙って二人の話を聞いていたディータは、このままでは埒が明かないと少し威圧的にカミラを睨みつけてみせた。
「このまま黙っているつもりなら、名誉棄損の慰謝料請求を君の父上宛てに送らせてもらうことになる」
「え?!」
俯いていたカミラが勢いよく顔を上げる。
「慰謝料?! そ、それは困ります!」
「だったら今すぐ正直に話してくれるかい? そうしてくれれば、こまれでのことはすべて不問にするから」
しばらく考え込んでいたカミラは、やがてポツリポツリと話しだしたのだった。
カミラのブルグント男爵家は、昔はそれなりの資産を持つ裕福な家だったが、先代当主が事業に失敗したことにより、大きな借金を負うことになったという。それを当代当主であるカミラの父親は必死に返済していた。ところがちょうど一年ほど前、カミラの母親が質の悪い金貸しからブルグント男爵家名義で大きな借金を作り、その金を持って男と逃げたことで、もうどうにも立ち行かなくなったという。
「このままだと家も爵位も売り払うことになる。父は死ぬまで鉱山で働かされて、弟と妹は奴隷商、わたしは娼館に売られることになる。それを回避するために、借金を肩代わりしてくれる裕福な家の令息との結婚を目論んだの。借金さえどうにかしてくれるなら、愛人になって日陰の身になってもかまわなかった」
行きつく先はどうせ娼婦。だったら一人を相手にすればいい愛人の方がマシだと思ったのだとカミラは語った。
そもそも、金がないのにカミラが無理して学園に通っている目的は、金持ちの結婚相手を探すためだったのである。一年経っても相手が見つからなければ、退学して娼館に売られる予定だった。
だからこそ恥も外聞も捨て、カミラは必死になって学園で男漁りをしていたのである。
「わたしが娼婦になるのはいい。でも、父が鉱山で過労死するのも、まだ幼い弟と妹が奴隷になるのも絶対に嫌だった。そうならないためなら、わたしはなんだってやるわ! 尻軽でも淫売でも、好きに呼べばいい。家族が助かるなら、わたしはどんな汚名をきてでも金持ちのパトロンを手に入れてみせるって、そういう気持ちで学園で男漁りをしていたの……」
自分こそがルイーゼだとディータに嘘をついたのは、美しい女の噂を聞いただけで一年生棟にまで足を運ぶ女好きの高位貴族令息からルイーゼを守るためだった、とカミラは言った。
「そんなろくでもない男を、純粋なルイーゼに近付けてはいけないと思ったの。まさか婚約者になる人だったなんて思わなくて……本当にごめんなさい」
「わたくしを守るためだったのね」
感動したルイーゼがカミラに抱きついた。
「ありがとう、カミラ」
「ううん。逆に迷惑をかけてしまって……ごめんなさい。許して」
二人が抱き合うその横では、ディータが情けない顔をしていた。
あの時の咄嗟の言い訳は、確かに女好きと勘違いされても当然のものだったと、恥ずかしくてたまらなかったからだ。
そんなディータとルイーゼの顔を、カミラが交互に伺い見る。
「シュレーダー伯爵令息様に自分が口説かれたとルイーゼに言ったのは……ほら、ルイーゼは学園に入ってすぐに、シュレーダー伯爵令息様に一目惚れしたでしょう? その後はずっと健気に想いを寄せていた。でもその人は女好きの最低男だったわけで、だから早くルイーゼにシュレーダー伯爵様をあきらめさせようと思って、それであんな嘘をついたの」
「そうだったの……」
「わたし、結婚相手やパトロンになってくれそうな高位貴族の令息たちと知り合っていく内に、真面目だと評判だったり婚約者がいたりするくせに、すぐにわたしと密室で二人きりになろうとする令息たちのあまりの多さに、実は少し男性不信になりかけてたところだったの。そのせいで、シュレーダー伯爵令息様も同じ穴の狢だと簡単に決めつけてしまって……本当に申し訳ありませんでした」
改めて頭を深く下げたカミラに、ディータは首を横に振った。
「いや、いいんだ。確かに僕にも悪いところがあったのだから。そうか、君は幼馴染を守るために、あんな嘘をついたんだね」
「はい……でも、よかったわね、ルイーゼ。好きだった人と婚約できて。本当におめでとう」
ルイーゼに祝福の言葉をかけるカミラは、本当に嬉しそうに微笑んでいる。
今日、この会議室に来る前のディータは、正直なことを言うと、カミラに対するルイーゼの「とてもいい子」という評価を疑っていた。けれど、今は違う。
目の前にいる赤毛の令嬢は、男好きのする妖艶な見た目とは違い、家族や友人を心から大切に思い、彼らを守るためならば自分を犠牲にすることを厭わない、心優しき女性だった。
96
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【完結】断りに行ったら、お見合い相手がドストライクだったので、やっぱり結婚します!
櫻野くるみ
恋愛
ソフィーは結婚しないと決めていた。
女だからって、家を守るとか冗談じゃないわ。
私は自立して、商会を立ち上げるんだから!!
しかし断りきれずに、仕方なく行ったお見合いで、好みど真ん中の男性が現れ・・・?
勢いで、「私と結婚して下さい!」と、逆プロポーズをしてしまったが、どうやらお相手も結婚しない主義らしい。
ソフィーも、この人と結婚はしたいけど、外で仕事をする夢も捨てきれない。
果たして悩める乙女は、いいとこ取りの人生を送ることは出来るのか。
完結しました。
【完結】傷跡に咲く薔薇の令嬢は、辺境伯の優しい手に救われる。
朝日みらい
恋愛
セリーヌ・アルヴィスは完璧な貴婦人として社交界で輝いていたが、ある晩、馬車で帰宅途中に盗賊に襲われ、顔に深い傷を負う。
傷が癒えた後、婚約者アルトゥールに再会するも、彼は彼女の外見の変化を理由に婚約を破棄する。
家族も彼女を冷遇し、かつての華やかな生活は一転し、孤独と疎外感に包まれる。
最終的に、家族に決められた新たな婚約相手は、社交界で「醜い」と噂されるラウル・ヴァレールだった―――。
頭頂部に薔薇の棘が刺さりまして
犬野きらり
恋愛
第二王子のお茶会に参加して、どうにかアピールをしようと、王子の近くの場所を確保しようとして、転倒。
王家の薔薇に突っ込んで転んでしまった。髪の毛に引っ掛かる薔薇の枝に棘。
失態の恥ずかしさと熱と痛みで、私が寝込めば、初めましての小さき者の姿が見えるようになり…
この薔薇を育てた人は!?
疎遠だった幼馴染が彼女と別れて私に会いに来るようになったのだけど
くじら
恋愛
図書館の定位置には、いつも黒縁メガネの女生徒がいる。
貴族同士の見栄の張り合いや出世争いから距離を置いて穏やかに過ごしていたのに、女生徒の幼馴染が絡んでくるようになって…。
公爵家の赤髪の美姫は隣国王子に溺愛される
佐倉ミズキ
恋愛
レスカルト公爵家の愛人だった母が亡くなり、ミアは二年前にこの家に引き取られて令嬢として過ごすことに。
異母姉、サラサには毎日のように嫌味を言われ、義母には存在などしないかのように無視され過ごしていた。
誰にも愛されず、独りぼっちだったミアは学校の敷地にある湖で過ごすことが唯一の癒しだった。
ある日、その湖に一人の男性クラウが現れる。
隣にある男子学校から生垣を抜けてきたというクラウは隣国からの留学生だった。
初めは警戒していたミアだが、いつしかクラウと意気投合する。クラウはミアの事情を知っても優しかった。ミアもそんなクラウにほのかに思いを寄せる。
しかし、クラウは国へ帰る事となり…。
「学校を卒業したら、隣国の俺を頼ってきてほしい」
「わかりました」
けれど卒業後、ミアが向かったのは……。
※ベリーズカフェにも掲載中(こちらの加筆修正版)
【完結】氷の仮面を付けた婚約者と王太子の話
miniko
恋愛
王太子であるセドリックは、他人の心の声が聞けると言う魔道具を手に入れる。
彼は、大好きな婚約者が、王太子妃教育の結果、無表情になってしまった事を寂しく思っていた。
婚約者の本音を聞く為に、魔道具を使ったセドリックだが・・・
女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です
くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」
身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。
期間は卒業まで。
彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる