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06:最終話
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大粒の涙を零しながらルイーゼが問う。
「ねえ、カミラ。本当に一年経ったら学園を退学しなければならないの? 娼館に売られるだなんて、そんなの酷すぎるわ。なんとかならないの?」
カミラが困ったような笑みを口元に浮かべた。
「こんな風にルイーゼを悲しませると思ったから内緒にしていたのに……。仕方がないのよ、借金があるんだもの。借りたものは返さなくちゃ」
「わたくしの父には相談したの? カミラのお父様とわたくしの父は昔からの親友同士じゃない。相談すればお父様はきっと力に――」
「それはダメよ。ルイーゼのお父様、キールマン子爵様には今までにもう十分お金を融通してもらっているの。これ以上頼ったら、キールマン家まで傾いてしまうかもしれない」
「そんな……どうしたらいいの……?」
悲しむ婚約者を見て胸を痛めるディータは、しばらく考えてからこう提案した。
「当家がブルグント男爵を支援しよう。といっても、当主である父に許可をもらえたらの話だけれど」
田舎の貧乏男爵家が事業で作る借金など、シュレーダー伯爵家にとってたいした金額ではない。肩代わりするくらい簡単にできる。借金さえなくなれば、元は事業を成功させていたブルグント男爵にとって、家の再興は難しいことではないはずだ。
「借金は少しずつ返してくれればいい」
「そ、そんな夢みたいな話……本当にいいんですか?」
思わぬ幸運に泣きながら体を震わせるカミラに、ディータは力強く頷いて見せる。
「これは慈善事業ではなく、先行投資だと思ってくれればいい。いずれブルグント家の事業が波に乗れば、当家にも大きな利になるのだから、気にすることはないよ」
「あ、ありがとうございます!」
「ただ残念だけれど、君には学園を退学してもらうことになるだろう。君の学園での評判はあまりに酷い。ブルグント男爵家の再興の邪魔になってしまうだろうから」
「自業自得だもの、もちろんかまいません」
「そ、そんな。どうしても辞めなければなりませんか? ディータ様、どうにかならないのですか?」
すぐに納得したカミラに対し、ルイーゼは縋るような目をディータに向ける。
ディータは愛する婚約者に微笑んでみせた。
「今の状況で学園に残っても、ブルグント嬢が辛い思いをするだけだよ。だったら潔く退学したほうがいい。退学後はシュレーダー伯爵家で侍女見習いとして働いてもらう。いずれ僕たちが結婚した時、ブルグント嬢にはルイーゼの専属侍女になってもらいたいのだけど、どうかな?」
「「専属侍女!」」
「侍女とはいっても男爵令嬢の肩書は残る。いずれ悪評が消えた頃に良縁があれば、結婚することも可能だろう」
「!!!」
手を取り合う二人の少女の顔がパァッと輝いた。
そんな二人を温かく見つめながら、ディータは密かに思っていた。
この程度のことでルイーゼからの好感度を上げることができるなら安いものだ、と。
その後、カミラはすぐに学園を自主退学して、シュレーダー伯爵家で侍女見習いとして勤め始めた。それと同時に、シュレーダー伯爵家がブルグント男爵家の後ろ盾となり、借金返済を肩代わりして、男爵家再興のための助力を始めたのである。
シュレーダー伯爵家の豊富な資金と領地運営ノウハウにより、ブルグント男爵家は少しずつでがあるが潤いの兆しをみせ始めた。
二年後、学園を卒業したルイーゼとディータは、王都の中央教会にて、多くの友人知人やその他関係者たちに祝福されながら、無事に結婚式を挙げることができたのだった。
そして、この頃すでに有能な侍女となっていたカミラは、予定通りルイーゼの専属侍女に任命された。
カミラが結婚したのは、ルイーゼが結婚した一年後である。相手はシュレーダー伯爵家で家令として代々務めているカージス家の嫡男ハンスで、侍女の仕事に不慣れなカミラを助けたり失敗を慰めたりしている内に、二人の間に愛が育まれていったという。
カージス家は領地はないものの、子爵位を持つ貴族であるため、カミラは結婚後も貴族のままでいられることになった。ルイーゼの侍女も続けたのである。
先に妊娠したのはカミラだった。ちょうど臨月の頃にルイーゼの懐妊が分かったのだが、カミラはいつ陣痛が始まってもおかしくない大きな腹を抱えて、フーフー言いながらディータの元へと直談判に向かった。
「若旦那様と若奥様のお子様の乳母は、わたしにっ! ぜひわたしに命じて下さいませ!!!!」
その鬼気迫る勢いに若干引きつつも、厚い忠誠心に心打たれたディータは、苦笑しながら頷いた。
「分かったよ、乳母は君に頼むことにしよう」
「!! あ、ありがとうございます、若旦那様!」
「さあ、早く家に帰って体を休めなさい。ルイーゼも楽しみにしているからね、元気な子供を産むんだよ?」
「はいっ。 …………ん? あら、もしかしたら破水したかも」
「え?!」
それから十五時間後、カミラは無事に元気な女児を出産した。母親によく似た美しい赤毛の子だった。
その約八ヵ月後にはルイーゼが出産。
こちらはシュレーダー家の次々代の跡取りとなる男児で、父親と母親によく似た容姿の整った美しい赤子だった。
約束通り乳母となったカミラは、子供二人を大切に愛情持って育てた。
その後もルイーゼとカミラは次々と出産して、シュレーダー家は子供たちの笑顔と笑い声に満ちた明るく楽し気な雰囲気に満ちていた。
カミラの実家はシュレーダー家の援助の元、再興を果たすことができた。幼かった弟と妹も立派に成長して、将来も安泰である。
愛する妻がいて、かわいい子供たちもいる。
彼らが友人や乳兄弟たちと会話を楽しんだり、一緒に遊んで弾けるような笑顔を見せる様子を見て、ディータは改めて思うのだった。
あの時、嘘をつかれたことで自分の婚約者が身持ちのよくない尻軽だと勘違いしていた頃、それを鵜呑みにして即座に婚約を取り止めずによかった。ちゃんと自分の目で確かめてから判断することにして本当によかった。
そうでなければ、今のこの幸せはなかったのだから。
若き日の自分の判断や行動に賛美を送りつつ、子供たちの笑い声を耳に楽しみながら、ディータは仕事の合間のひと時、ゆったりとお茶を楽しみながら目を細めたのだった。
end
「ねえ、カミラ。本当に一年経ったら学園を退学しなければならないの? 娼館に売られるだなんて、そんなの酷すぎるわ。なんとかならないの?」
カミラが困ったような笑みを口元に浮かべた。
「こんな風にルイーゼを悲しませると思ったから内緒にしていたのに……。仕方がないのよ、借金があるんだもの。借りたものは返さなくちゃ」
「わたくしの父には相談したの? カミラのお父様とわたくしの父は昔からの親友同士じゃない。相談すればお父様はきっと力に――」
「それはダメよ。ルイーゼのお父様、キールマン子爵様には今までにもう十分お金を融通してもらっているの。これ以上頼ったら、キールマン家まで傾いてしまうかもしれない」
「そんな……どうしたらいいの……?」
悲しむ婚約者を見て胸を痛めるディータは、しばらく考えてからこう提案した。
「当家がブルグント男爵を支援しよう。といっても、当主である父に許可をもらえたらの話だけれど」
田舎の貧乏男爵家が事業で作る借金など、シュレーダー伯爵家にとってたいした金額ではない。肩代わりするくらい簡単にできる。借金さえなくなれば、元は事業を成功させていたブルグント男爵にとって、家の再興は難しいことではないはずだ。
「借金は少しずつ返してくれればいい」
「そ、そんな夢みたいな話……本当にいいんですか?」
思わぬ幸運に泣きながら体を震わせるカミラに、ディータは力強く頷いて見せる。
「これは慈善事業ではなく、先行投資だと思ってくれればいい。いずれブルグント家の事業が波に乗れば、当家にも大きな利になるのだから、気にすることはないよ」
「あ、ありがとうございます!」
「ただ残念だけれど、君には学園を退学してもらうことになるだろう。君の学園での評判はあまりに酷い。ブルグント男爵家の再興の邪魔になってしまうだろうから」
「自業自得だもの、もちろんかまいません」
「そ、そんな。どうしても辞めなければなりませんか? ディータ様、どうにかならないのですか?」
すぐに納得したカミラに対し、ルイーゼは縋るような目をディータに向ける。
ディータは愛する婚約者に微笑んでみせた。
「今の状況で学園に残っても、ブルグント嬢が辛い思いをするだけだよ。だったら潔く退学したほうがいい。退学後はシュレーダー伯爵家で侍女見習いとして働いてもらう。いずれ僕たちが結婚した時、ブルグント嬢にはルイーゼの専属侍女になってもらいたいのだけど、どうかな?」
「「専属侍女!」」
「侍女とはいっても男爵令嬢の肩書は残る。いずれ悪評が消えた頃に良縁があれば、結婚することも可能だろう」
「!!!」
手を取り合う二人の少女の顔がパァッと輝いた。
そんな二人を温かく見つめながら、ディータは密かに思っていた。
この程度のことでルイーゼからの好感度を上げることができるなら安いものだ、と。
その後、カミラはすぐに学園を自主退学して、シュレーダー伯爵家で侍女見習いとして勤め始めた。それと同時に、シュレーダー伯爵家がブルグント男爵家の後ろ盾となり、借金返済を肩代わりして、男爵家再興のための助力を始めたのである。
シュレーダー伯爵家の豊富な資金と領地運営ノウハウにより、ブルグント男爵家は少しずつでがあるが潤いの兆しをみせ始めた。
二年後、学園を卒業したルイーゼとディータは、王都の中央教会にて、多くの友人知人やその他関係者たちに祝福されながら、無事に結婚式を挙げることができたのだった。
そして、この頃すでに有能な侍女となっていたカミラは、予定通りルイーゼの専属侍女に任命された。
カミラが結婚したのは、ルイーゼが結婚した一年後である。相手はシュレーダー伯爵家で家令として代々務めているカージス家の嫡男ハンスで、侍女の仕事に不慣れなカミラを助けたり失敗を慰めたりしている内に、二人の間に愛が育まれていったという。
カージス家は領地はないものの、子爵位を持つ貴族であるため、カミラは結婚後も貴族のままでいられることになった。ルイーゼの侍女も続けたのである。
先に妊娠したのはカミラだった。ちょうど臨月の頃にルイーゼの懐妊が分かったのだが、カミラはいつ陣痛が始まってもおかしくない大きな腹を抱えて、フーフー言いながらディータの元へと直談判に向かった。
「若旦那様と若奥様のお子様の乳母は、わたしにっ! ぜひわたしに命じて下さいませ!!!!」
その鬼気迫る勢いに若干引きつつも、厚い忠誠心に心打たれたディータは、苦笑しながら頷いた。
「分かったよ、乳母は君に頼むことにしよう」
「!! あ、ありがとうございます、若旦那様!」
「さあ、早く家に帰って体を休めなさい。ルイーゼも楽しみにしているからね、元気な子供を産むんだよ?」
「はいっ。 …………ん? あら、もしかしたら破水したかも」
「え?!」
それから十五時間後、カミラは無事に元気な女児を出産した。母親によく似た美しい赤毛の子だった。
その約八ヵ月後にはルイーゼが出産。
こちらはシュレーダー家の次々代の跡取りとなる男児で、父親と母親によく似た容姿の整った美しい赤子だった。
約束通り乳母となったカミラは、子供二人を大切に愛情持って育てた。
その後もルイーゼとカミラは次々と出産して、シュレーダー家は子供たちの笑顔と笑い声に満ちた明るく楽し気な雰囲気に満ちていた。
カミラの実家はシュレーダー家の援助の元、再興を果たすことができた。幼かった弟と妹も立派に成長して、将来も安泰である。
愛する妻がいて、かわいい子供たちもいる。
彼らが友人や乳兄弟たちと会話を楽しんだり、一緒に遊んで弾けるような笑顔を見せる様子を見て、ディータは改めて思うのだった。
あの時、嘘をつかれたことで自分の婚約者が身持ちのよくない尻軽だと勘違いしていた頃、それを鵜呑みにして即座に婚約を取り止めずによかった。ちゃんと自分の目で確かめてから判断することにして本当によかった。
そうでなければ、今のこの幸せはなかったのだから。
若き日の自分の判断や行動に賛美を送りつつ、子供たちの笑い声を耳に楽しみながら、ディータは仕事の合間のひと時、ゆったりとお茶を楽しみながら目を細めたのだった。
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