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02:秘める想い
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ここ最近のディータは、モヤモヤした気持ちを抱えてばかりいる。
原因は婚約者のルイーゼ・キールマン子爵令嬢。
彼女のことを考えると、どうしても憂鬱になってしまうのだ。
思いがけず会話する機会を得たキールマン嬢だが、どう考えても彼女の言動は異常だった。知らない男に自ら声をかけ、その男の腕に許可もなく自分の腕を絡ませたかと思うと、胸を押し付けながら破廉恥な遊びに誘ってくる。
まるで娼婦の所業である。
貴族令嬢とは思えないほどの品のなさだ。
キールマン嬢が婚約者であることが、ディータには不安で仕方がなかった。
シュレーダー伯爵家の嫡男として、ディーアには跡継ぎを残す義務がある。その相手に貞淑な女性を望むのは当然のこと。どんな男にでも簡単に股を開く阿婆擦れを妻にするわけにはいかないのだ。
どうしたものかと大きなため息をつきながら、ディータは眼下に広がる学園の中庭を見下ろした。ふと見覚えのある赤毛の令嬢がベンチ座っている姿が目にとまる。
キールマン令嬢である。
友人だろうか、隣には亜麻色の髪の令嬢が座っている。
どうやら二人は持参したランチを食べているらしい。仲がいいのだろう、楽しそうに会話する様子が遠目にも見て取れる。
一緒にいる相手が女性でよかったとホッと胸を撫で下ろした時、親友のロニーがやってきてディータの顔を覗き込んだ。
「外を見ながらなにを百面相しているんだ? なにか面白いものでもあるのか?」
「面白いものというより、気になるものというか……」
言いながらディータはふと思う。情報通のロニーなら、キールマン令嬢についての情報をなにか持っているかもしれない。
親友のロニーは蜂蜜色の髪に薄茶色の瞳をした優男っぽい美形で、昔から女性によくモテる。女性人気が高いのはディータも同じだが、真面目で堅物なディータとは違い、ロニーは女性と後腐れなく上手に遊ぶことのできるプレイボーイタイプだ。おかげで女性の友人知人が多く、彼女たちから入ってくる膨大な情報を有している。
そんなロニーであれば、キールマン嬢の情報を持っていても不思議はない。
「なあ、ロニー。あそこのベンチに赤い髪の令嬢が座っているだろう? どんな娘なのか知っている? 他にも性格だとか生活態度だとか、なんでもいいから知っていることがあるなら教えてくれないかな?」
それを聞いたロニーが意味深にニヤリと笑った。
「ふふ~ん? ディータが女性に興味を持つなんて珍しいな。惚れたのか?」
「い、いや、そういうんじゃないけれど、赤毛がすごく目立っているし、それでちょっと気になったというか……」
キールマン嬢との婚約について、今はまだ親友のロニーにでさえ話せない。
許可がでたら一番に話すからな、ごめんな、と心中で謝罪するディータの肩を、笑顔のロニーがポンと叩いた。
「いいじゃないか、俺たちの年で女性に興味を持つのは普通のことだぞ?」
「いや、本当にそういうことじゃ――」
「ははっ、いやー、よかったよ。俺はね、ディータはもっと女性に目を向けて人生を楽しむべきだと思っていたんだ。せっかく容姿もいいんだし、勿体ないからな」
「だから、そういうんじゃないんだって」
「ただ、そうは言っても……」
とそこで、ロニーは急に真顔になった。そのまま窓外のキールマン嬢へと冷たい視線を向ける。
「あの赤毛の令嬢はやめたほうがいい」
「……なぜ?」
「この学園に入学して以来、男漁りばかりしている尻軽だともっぱらの噂だからだ」
やはりそうなのか、とディータは肩を落とす。
「男を金づるとしか見ず、それを隠そうともしない。あからさまに高位貴族の令息にだけ、まるで娼婦のように擦り寄っているらしい」
「…………」
「相手に婚約者がいてもおかまいなし。結婚が無理なら愛人として囲ってくれれば十分だから、などと言っているそうだ」
ディータは重い息を吐いた。聞けば聞くほどキールマン嬢は最低だ。
コメカミに感じる痛みを振り払うように軽く頭を振りながら、気持ちを切り替えようと心を落ち着かせる。
なんにせよ、今の時点の決めつけは時期尚早と言える。他人に聞いた話や噂話だけで人を決めつけるのは愚かなことだ。
そう思ったディータは、婚約者の動向に注視し続けることにした。
噂は噂でしかないかもしれない。
もしかすると、本当の彼女は素晴らしい女性なのかもしれない。
そんなディータの縋るような思いに反して、知れば知るほどキールマン嬢の評価は下がっていった。
ここ最近のキールマン嬢は、悪い噂のある令息たち数人と行動をともにすることが多くなった。彼らの距離感は貴族としてはあり得ないほど近く、会話しながらのボディタッチが頻繁で、嘘か本当か、人気のない場所で抱き合っていたなどという噂も流れている。
そんなキールマン嬢は、学園に通う他の令嬢たちから蛇蝎のごとく嫌われている。当然のことだ。
だが一人だけ、キールマン嬢を嫌う素振りを見せない令嬢がいる。それは以前、中庭のベンチに座るキールマン嬢の隣に座っていた令嬢だった。
キールマン嬢は男と一緒ではない時、いつもその友人令嬢と行動をともにしている。
キールマン嬢を目で追うディータは、その令嬢を何度も目にしていた。
亜麻色の髪に翠色の瞳を持つ彼女は慎ましく清楚で、笑うと可憐な花のように美しい。
二人の令嬢は見た目にも性格的にも正反対で、なぜ彼女たちが親しくしているのか、周囲の人間は不思議がっているようだ。
それはもちろんディータも同じで。
彼女たちが連れ立っている姿を見かけるたびに、なぜあの二人が親しいのだろうかと首を傾げていた。キールマン嬢と懇意にしていては、亜麻色髪の令嬢の評価まで下がるのではと心配になる。
そうやって気にしている内に、ディータの目は亜麻色髪の令嬢ばかりを追うようになっていった。彼女の穏やかな笑顔や品のある立ち振る舞いを見ているだけで、婚約者のせいですり減ったディータの精神は優しく癒されていくようだった。
あの令嬢が婚約者だったらよかったのに。
ディータはそう考えるようになった。
恋する人を見つめる親友の熱い眼差しに、色恋に敏いロニーはすぐに気付いたらしい。楽し気にこんな提案をしてきた。
「あの令嬢に関して俺が持っている情報を教えようか? どうせ名前も知らないのだろう?」
考えることなくディータは首を横に振った。知ってしまえば、想いは更に深くなってしまうと思ったからだ。
自分には婚約者がいる。他の令嬢に想いを寄せていい立場ではない。
彼女を見つめることができるだけで十分幸せだ。
そう自分自身に言い聞かせながら、ディータは自分の初恋を必死に抑え込むのだった。
原因は婚約者のルイーゼ・キールマン子爵令嬢。
彼女のことを考えると、どうしても憂鬱になってしまうのだ。
思いがけず会話する機会を得たキールマン嬢だが、どう考えても彼女の言動は異常だった。知らない男に自ら声をかけ、その男の腕に許可もなく自分の腕を絡ませたかと思うと、胸を押し付けながら破廉恥な遊びに誘ってくる。
まるで娼婦の所業である。
貴族令嬢とは思えないほどの品のなさだ。
キールマン嬢が婚約者であることが、ディータには不安で仕方がなかった。
シュレーダー伯爵家の嫡男として、ディーアには跡継ぎを残す義務がある。その相手に貞淑な女性を望むのは当然のこと。どんな男にでも簡単に股を開く阿婆擦れを妻にするわけにはいかないのだ。
どうしたものかと大きなため息をつきながら、ディータは眼下に広がる学園の中庭を見下ろした。ふと見覚えのある赤毛の令嬢がベンチ座っている姿が目にとまる。
キールマン令嬢である。
友人だろうか、隣には亜麻色の髪の令嬢が座っている。
どうやら二人は持参したランチを食べているらしい。仲がいいのだろう、楽しそうに会話する様子が遠目にも見て取れる。
一緒にいる相手が女性でよかったとホッと胸を撫で下ろした時、親友のロニーがやってきてディータの顔を覗き込んだ。
「外を見ながらなにを百面相しているんだ? なにか面白いものでもあるのか?」
「面白いものというより、気になるものというか……」
言いながらディータはふと思う。情報通のロニーなら、キールマン令嬢についての情報をなにか持っているかもしれない。
親友のロニーは蜂蜜色の髪に薄茶色の瞳をした優男っぽい美形で、昔から女性によくモテる。女性人気が高いのはディータも同じだが、真面目で堅物なディータとは違い、ロニーは女性と後腐れなく上手に遊ぶことのできるプレイボーイタイプだ。おかげで女性の友人知人が多く、彼女たちから入ってくる膨大な情報を有している。
そんなロニーであれば、キールマン嬢の情報を持っていても不思議はない。
「なあ、ロニー。あそこのベンチに赤い髪の令嬢が座っているだろう? どんな娘なのか知っている? 他にも性格だとか生活態度だとか、なんでもいいから知っていることがあるなら教えてくれないかな?」
それを聞いたロニーが意味深にニヤリと笑った。
「ふふ~ん? ディータが女性に興味を持つなんて珍しいな。惚れたのか?」
「い、いや、そういうんじゃないけれど、赤毛がすごく目立っているし、それでちょっと気になったというか……」
キールマン嬢との婚約について、今はまだ親友のロニーにでさえ話せない。
許可がでたら一番に話すからな、ごめんな、と心中で謝罪するディータの肩を、笑顔のロニーがポンと叩いた。
「いいじゃないか、俺たちの年で女性に興味を持つのは普通のことだぞ?」
「いや、本当にそういうことじゃ――」
「ははっ、いやー、よかったよ。俺はね、ディータはもっと女性に目を向けて人生を楽しむべきだと思っていたんだ。せっかく容姿もいいんだし、勿体ないからな」
「だから、そういうんじゃないんだって」
「ただ、そうは言っても……」
とそこで、ロニーは急に真顔になった。そのまま窓外のキールマン嬢へと冷たい視線を向ける。
「あの赤毛の令嬢はやめたほうがいい」
「……なぜ?」
「この学園に入学して以来、男漁りばかりしている尻軽だともっぱらの噂だからだ」
やはりそうなのか、とディータは肩を落とす。
「男を金づるとしか見ず、それを隠そうともしない。あからさまに高位貴族の令息にだけ、まるで娼婦のように擦り寄っているらしい」
「…………」
「相手に婚約者がいてもおかまいなし。結婚が無理なら愛人として囲ってくれれば十分だから、などと言っているそうだ」
ディータは重い息を吐いた。聞けば聞くほどキールマン嬢は最低だ。
コメカミに感じる痛みを振り払うように軽く頭を振りながら、気持ちを切り替えようと心を落ち着かせる。
なんにせよ、今の時点の決めつけは時期尚早と言える。他人に聞いた話や噂話だけで人を決めつけるのは愚かなことだ。
そう思ったディータは、婚約者の動向に注視し続けることにした。
噂は噂でしかないかもしれない。
もしかすると、本当の彼女は素晴らしい女性なのかもしれない。
そんなディータの縋るような思いに反して、知れば知るほどキールマン嬢の評価は下がっていった。
ここ最近のキールマン嬢は、悪い噂のある令息たち数人と行動をともにすることが多くなった。彼らの距離感は貴族としてはあり得ないほど近く、会話しながらのボディタッチが頻繁で、嘘か本当か、人気のない場所で抱き合っていたなどという噂も流れている。
そんなキールマン嬢は、学園に通う他の令嬢たちから蛇蝎のごとく嫌われている。当然のことだ。
だが一人だけ、キールマン嬢を嫌う素振りを見せない令嬢がいる。それは以前、中庭のベンチに座るキールマン嬢の隣に座っていた令嬢だった。
キールマン嬢は男と一緒ではない時、いつもその友人令嬢と行動をともにしている。
キールマン嬢を目で追うディータは、その令嬢を何度も目にしていた。
亜麻色の髪に翠色の瞳を持つ彼女は慎ましく清楚で、笑うと可憐な花のように美しい。
二人の令嬢は見た目にも性格的にも正反対で、なぜ彼女たちが親しくしているのか、周囲の人間は不思議がっているようだ。
それはもちろんディータも同じで。
彼女たちが連れ立っている姿を見かけるたびに、なぜあの二人が親しいのだろうかと首を傾げていた。キールマン嬢と懇意にしていては、亜麻色髪の令嬢の評価まで下がるのではと心配になる。
そうやって気にしている内に、ディータの目は亜麻色髪の令嬢ばかりを追うようになっていった。彼女の穏やかな笑顔や品のある立ち振る舞いを見ているだけで、婚約者のせいですり減ったディータの精神は優しく癒されていくようだった。
あの令嬢が婚約者だったらよかったのに。
ディータはそう考えるようになった。
恋する人を見つめる親友の熱い眼差しに、色恋に敏いロニーはすぐに気付いたらしい。楽し気にこんな提案をしてきた。
「あの令嬢に関して俺が持っている情報を教えようか? どうせ名前も知らないのだろう?」
考えることなくディータは首を横に振った。知ってしまえば、想いは更に深くなってしまうと思ったからだ。
自分には婚約者がいる。他の令嬢に想いを寄せていい立場ではない。
彼女を見つめることができるだけで十分幸せだ。
そう自分自身に言い聞かせながら、ディータは自分の初恋を必死に抑え込むのだった。
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