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席についたアイザックの前に、侍女が手早く慣れた手つきでお茶を用意する。その侍女がお辞儀して後ろに下がると、すぐにアイザックは話し始めた。
「先ほど二人が話していた男爵令嬢についてだが、俺は早い段階からアリアンヌ嬢から情報をもらっていたのでね。何度か下品に誘惑されはしたが、誑かされることなく今に至っている」
「そうか、だったら良かったよ」
ホッとした顔を見せたローベルトだったが、すぐにその顔がすぐに苦笑に変わる。
「アイザック殿には我が国の恥ずかしいところを見られてしまったね。穴があったら入りたい気分だよ」
「ローベルト殿のせいではないさ」
気にしないでくれ、とそう言われて安堵したローベルトだったが、だからといって男爵令嬢の好き勝手をこれ以上許しておくわけにはいかない。このまま放っておけば近隣諸国との関係にも問題が出る可能性があるし、乱れてしまった学園の風紀を早々に正す必要がある。
しかし、とはいえどうすればいいのか。
男爵令嬢の犯した罪は、実はそう重いものではない。貴族としてのマナーを守れていないだけだからだ。それは他者から後ろ指を差されて嘲笑される程度のことでしかなく、しかも場所は生徒の平等を謳った学園内での出来事である。王族が出張ってまで処分を行うほどの重罪ではない。
どうしたものかとローベルトが悩んでいると、それに気付いたのだろう、アリアンヌが声をかけた。
「ローベルト様、差支えなければ男爵令嬢の処分を我が公爵家に任せていただけませんか?」
「そうしてもらえると有難いけど、公爵家が男爵令嬢を罰する大義名分はあるのかい? 適当な理由をでっち上げることは可能だろうけれど、そうすると公爵家の評判が下がることもありえる。君にそこまで泥を被せるわけにはいかないよ」
「それは大丈夫ですわ。実はわたくし、以前に彼女から無礼を働かれておりますので、その報復を行う権利を持っていますの」
策略家の顔をしたアリアンヌが、口元に薄っすらと笑みを浮かべた。それを見たアイザックが楽し気な顔をする。
「へぇ、どんな無礼を働かれたんだ?」
「わたくしが取り巻きのご令嬢たちに命じて、彼女に対して酷いイジメを行っていると、学園中で吹聴してまわっているのです。なんでも、多くの男子生徒に愛される彼女に対し、わたくしが嫉妬のあまりイジメているのだそうですわ」
「バカバカしい。アリアンヌがそんなことをするはずがないのに」
ローベルトの顔に不愉快さが滲む。
アイザックも呆れたように肩を竦めた。
「アリアンヌ嬢は公爵令嬢だ。本気でその男爵令嬢を邪魔に思うのなら、イジメなど面倒なことはせず、修道院送りにするなり、公爵家子飼いの暗部に暗殺を命じるなり、男爵家そのものを没落させるなり、どうとでもなるものな」
物騒とも言えるアイザックの言葉を否定することなく、アリアンヌはその通りだと当然の様に頷いた。
「先ほども申しました通り、格下の家の娘から虚偽により貶められようとしているわたくしには、彼女に報復する権利があります。なので、それを行使しようかと」
「すぐにでもやるべきだな。その女がいなくなりさえすれば、恋にトチ狂った男共も、すぐに正気に戻るだろう」
「わたしも同意見だよ。だけどアリアンヌ、やはり君にすべての責任を押し付けるわけにはいかないよ。男爵令嬢に対する処分は、わたしの名の元に行うことにする」
アリアンヌを軽んじたり貶めようとする行動は、婚約者である王太子ローベルトを軽んじることと同義である。突き詰めるとそれは王族に対する反逆罪にも等しい。
いくら学園内でのできごとはいえ、それを黙って見過ごせるほど王太子ローベルトのプライドは低くない。
「後はわたしに任せて欲しい。その令嬢と男爵家には重罰を処することを約束するよ」
普段は柔和なローベルトが目つきを鋭くして意気込む姿に、アリアンヌは微笑みながらも首を横に振った。
「王家からの正式な処罰となりますと、官吏が動くことになり手続きに時間がかかりましょう? ここはやはり我が公爵家にお任せを。王太子たるローベルト様からの命を受けたという形でなら、即座に動いて刑を執行できます。それに父はわたくしを溺愛しております。そんなわたくしに無礼を働いた相手への処罰ですもの。おそらく父は明朝までにすべてを終わらせることでしょう」
自分がやる気だったローベルトは、残念そうに肩を落とした。王太子という立場から事を正しく進めようとすると、どうしても時間がかかってしまう。書類一枚を通すのに、何人もの文官の承認が必要になるからだ。
ローベルトが残念そうに大きなため息を吐いた。
「はあ、分かったよ。その令嬢の始末はアリアンヌにお願いしよう」
「お任せ下さいませ」
「ローベルト殿のお墨付きによる処罰であることは、ここで話を聞いていた俺が証人になろう。後顧の憂いなく思い切りやるといい」
「ありがとうございます、アイザック殿下。けれど、ご心配は無用ですわ。あの令嬢の虚言や愚行の数々についての証拠や証言は、既に山ほど集まっていますから。当家が彼女を罰することの正当性は完璧な形で示せますわ。誰にも文句は言わせません」
ふふふ、とにこやかに笑うアリアンヌに、アイザックもニヤリと笑った。
「さすがはアリアンヌ嬢、手際のいいことだな」
「すべての手筈が整ったからこそ、本日こうしてローベルト様に相談し、お許しをもらうことにしたのです。ではローベルト様、かのご令嬢とその家に対し、これより粛正を行います」
「ああ、頼んだよ」
アリアンヌは胸元から小さな紙を取り出すと、後に控えていた侍女にそれを渡した。
「この時間ならお父様は城内の執務室にいらっしゃるはず。すぐにこれを届けてちょうだい」
「承知しました、お嬢様」
侍女は一礼すると、その場を後にした。
後は報告を待つばかりである。
その後、アリアンヌたち三人は取り留めのない世間話をしながらお茶を楽しんだ。
やがて日も傾いてきてお茶会もお開きになろうかという時、ローベルトが言った。
「この後、少しアリアンヌと二人だけで話したいことがあるんだ。申し訳ないけれど、アイザック殿は外してもらえるかな」
「問題ない。むしろ婚約者同士の楽しい時間の邪魔をして、こちらこそ申訳なかった」
「邪魔だなんてとんでもない、話せて楽しかったよ」
「ええ、わたくしもですわ」
「またご一緒できる日を楽しみにしている。では先に失礼する」
会釈の後、アイザックは颯爽と立ち去っっていった。
「先ほど二人が話していた男爵令嬢についてだが、俺は早い段階からアリアンヌ嬢から情報をもらっていたのでね。何度か下品に誘惑されはしたが、誑かされることなく今に至っている」
「そうか、だったら良かったよ」
ホッとした顔を見せたローベルトだったが、すぐにその顔がすぐに苦笑に変わる。
「アイザック殿には我が国の恥ずかしいところを見られてしまったね。穴があったら入りたい気分だよ」
「ローベルト殿のせいではないさ」
気にしないでくれ、とそう言われて安堵したローベルトだったが、だからといって男爵令嬢の好き勝手をこれ以上許しておくわけにはいかない。このまま放っておけば近隣諸国との関係にも問題が出る可能性があるし、乱れてしまった学園の風紀を早々に正す必要がある。
しかし、とはいえどうすればいいのか。
男爵令嬢の犯した罪は、実はそう重いものではない。貴族としてのマナーを守れていないだけだからだ。それは他者から後ろ指を差されて嘲笑される程度のことでしかなく、しかも場所は生徒の平等を謳った学園内での出来事である。王族が出張ってまで処分を行うほどの重罪ではない。
どうしたものかとローベルトが悩んでいると、それに気付いたのだろう、アリアンヌが声をかけた。
「ローベルト様、差支えなければ男爵令嬢の処分を我が公爵家に任せていただけませんか?」
「そうしてもらえると有難いけど、公爵家が男爵令嬢を罰する大義名分はあるのかい? 適当な理由をでっち上げることは可能だろうけれど、そうすると公爵家の評判が下がることもありえる。君にそこまで泥を被せるわけにはいかないよ」
「それは大丈夫ですわ。実はわたくし、以前に彼女から無礼を働かれておりますので、その報復を行う権利を持っていますの」
策略家の顔をしたアリアンヌが、口元に薄っすらと笑みを浮かべた。それを見たアイザックが楽し気な顔をする。
「へぇ、どんな無礼を働かれたんだ?」
「わたくしが取り巻きのご令嬢たちに命じて、彼女に対して酷いイジメを行っていると、学園中で吹聴してまわっているのです。なんでも、多くの男子生徒に愛される彼女に対し、わたくしが嫉妬のあまりイジメているのだそうですわ」
「バカバカしい。アリアンヌがそんなことをするはずがないのに」
ローベルトの顔に不愉快さが滲む。
アイザックも呆れたように肩を竦めた。
「アリアンヌ嬢は公爵令嬢だ。本気でその男爵令嬢を邪魔に思うのなら、イジメなど面倒なことはせず、修道院送りにするなり、公爵家子飼いの暗部に暗殺を命じるなり、男爵家そのものを没落させるなり、どうとでもなるものな」
物騒とも言えるアイザックの言葉を否定することなく、アリアンヌはその通りだと当然の様に頷いた。
「先ほども申しました通り、格下の家の娘から虚偽により貶められようとしているわたくしには、彼女に報復する権利があります。なので、それを行使しようかと」
「すぐにでもやるべきだな。その女がいなくなりさえすれば、恋にトチ狂った男共も、すぐに正気に戻るだろう」
「わたしも同意見だよ。だけどアリアンヌ、やはり君にすべての責任を押し付けるわけにはいかないよ。男爵令嬢に対する処分は、わたしの名の元に行うことにする」
アリアンヌを軽んじたり貶めようとする行動は、婚約者である王太子ローベルトを軽んじることと同義である。突き詰めるとそれは王族に対する反逆罪にも等しい。
いくら学園内でのできごとはいえ、それを黙って見過ごせるほど王太子ローベルトのプライドは低くない。
「後はわたしに任せて欲しい。その令嬢と男爵家には重罰を処することを約束するよ」
普段は柔和なローベルトが目つきを鋭くして意気込む姿に、アリアンヌは微笑みながらも首を横に振った。
「王家からの正式な処罰となりますと、官吏が動くことになり手続きに時間がかかりましょう? ここはやはり我が公爵家にお任せを。王太子たるローベルト様からの命を受けたという形でなら、即座に動いて刑を執行できます。それに父はわたくしを溺愛しております。そんなわたくしに無礼を働いた相手への処罰ですもの。おそらく父は明朝までにすべてを終わらせることでしょう」
自分がやる気だったローベルトは、残念そうに肩を落とした。王太子という立場から事を正しく進めようとすると、どうしても時間がかかってしまう。書類一枚を通すのに、何人もの文官の承認が必要になるからだ。
ローベルトが残念そうに大きなため息を吐いた。
「はあ、分かったよ。その令嬢の始末はアリアンヌにお願いしよう」
「お任せ下さいませ」
「ローベルト殿のお墨付きによる処罰であることは、ここで話を聞いていた俺が証人になろう。後顧の憂いなく思い切りやるといい」
「ありがとうございます、アイザック殿下。けれど、ご心配は無用ですわ。あの令嬢の虚言や愚行の数々についての証拠や証言は、既に山ほど集まっていますから。当家が彼女を罰することの正当性は完璧な形で示せますわ。誰にも文句は言わせません」
ふふふ、とにこやかに笑うアリアンヌに、アイザックもニヤリと笑った。
「さすがはアリアンヌ嬢、手際のいいことだな」
「すべての手筈が整ったからこそ、本日こうしてローベルト様に相談し、お許しをもらうことにしたのです。ではローベルト様、かのご令嬢とその家に対し、これより粛正を行います」
「ああ、頼んだよ」
アリアンヌは胸元から小さな紙を取り出すと、後に控えていた侍女にそれを渡した。
「この時間ならお父様は城内の執務室にいらっしゃるはず。すぐにこれを届けてちょうだい」
「承知しました、お嬢様」
侍女は一礼すると、その場を後にした。
後は報告を待つばかりである。
その後、アリアンヌたち三人は取り留めのない世間話をしながらお茶を楽しんだ。
やがて日も傾いてきてお茶会もお開きになろうかという時、ローベルトが言った。
「この後、少しアリアンヌと二人だけで話したいことがあるんだ。申し訳ないけれど、アイザック殿は外してもらえるかな」
「問題ない。むしろ婚約者同士の楽しい時間の邪魔をして、こちらこそ申訳なかった」
「邪魔だなんてとんでもない、話せて楽しかったよ」
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