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アイザックの後ろ姿を見送っていたアリアンヌが、やがてその視線をローベルトに向けた。
「それで? お話とはなんでしょう」
「う……ん、それなんだけど……」
ほんの一瞬、気まずそうに視線をさ迷わせたローベルトだったが、やがて決心したようにアリアンヌを正面から見つめた。
「実はお願いがある。アリアンヌ、君との婚約を解消させてもらいたいんだ」
「……理由をお伺いしても?」
ローベルトの真剣な表情から本気を感じ取り、アリアンヌは背筋を伸ばして姿勢を正す。
「わたくしになにか不手際でも?」
「いや違う。アリアンヌにはなにも問題はない。学園でも多くの生徒が言っている様に、君は実に完璧な令嬢だ。身分が高く教養もあり、容姿も精神性も美しい。誰よりも国母に相応しいと思っている」
「ならば、どうして?」
「うん……それが、言いにくいんだけれど、実は好きな人ができたんだ。その令嬢と出会ったことで、わたしは真実の愛を知った。もう彼女以外との婚姻は考えられないんだ。彼女と結婚して唯一の妻としたい」
ローベルトとアリアンヌは婚約者同士ではあるが、二人の間に恋愛感情は皆無である。その結びつきは政略的なもので、国王陛下により命じられたものである。その王命にローベルトは背こうとしているのである。
「ローベルト様のことですもの。わたくしとの婚約を解消することの意味を、正しく理解なさっておいでですのよね」
「うん、それは勿論。わたしは王位継承権を放棄してもいいと思っている。彼女と添い遂げられないくらいなら、王位などいらないとさえ思えるんだ」
一片の迷いなくローベルトは言い切る。
ローベルトには三才年下に同腹の弟がいる。仮にローベルトが廃嫡されてもすぐに弟が立太子することになり、国内に大した混乱は起きないと予想される。先ほどのローベルトの発言は、それを見越しての言葉に違いない。
それらのことを瞬時に悟ったアリアンヌが、やがて納得したように頷いた。
「分かりました。婚約の解消を受け入れます」
「ああ、アリアンヌ。本当に君は優しいな。心から感謝するよ。当然ながら咎はわたしにある。君の経歴に傷は絶対につけないから、そこは安心して欲しい。望むなら新しい婚約者の紹介も王家からするよ」
だから先のことは心配しないで、と言ったローベルトにアリアンヌは首を振った。
「それは自分で見つけますわ。そんなことよりも殿下、真実の愛のお相手というのは、どういった方なのですか? ぜひ教えて下さいませ」
わずかに頬を染めたローベルトは、少し恥ずかしそうにしながらも嬉々として語り出した。
「彼女の名前は――――」
「ああ、それはおっしゃらないで。お二人の婚約発表を楽しみにしますので」
「そうか? じゃあ、さわりのない情報だけでいうと、彼女はとある男爵家の令嬢で、今年学園に入学してきた新入生なんだ。笑顔のかわいい子でね、彼女の笑顔を見ると日頃の執務の疲れが消えてなくなるんだ」
「……」
「とても素敵な人だから、彼女はいつも多くの友人に囲まれていてね。そんな彼女の人気に嫉妬する令嬢たちから、不当な虐めを受けているそうなんだけど、自分に至らないところがあるからだろうって、虐めをする令嬢たちを責めるようなことは一切言おうとしなくてね。そういうところが堪らなくいじらしくて、愛おしく感じてしまう」
「……あら、ふふふ」
「まあ、彼女を虐める令嬢たちの気持ちが分からないワケじゃない。あの可愛さと性格の良さから、多くの貴族令息たちから彼女は好かれているからね、わたしもつい嫉妬しそうになる。でも、彼女がこっそり『みんなただの友達です。好きなのはローベルト様だけ』なんて言ってくれるものだから、浮気なんて勘違いせずに安心していられるんだよ」
「おモテになりますのね、彼女」
「うん。でもね、彼女に恋慕する他の者たちには申し訳ないけれど、彼女はわたしのものだ。君との婚約が正式に解消されたら、わたしは彼女と婚約するつもりでいる。彼女の身分が低いから、父上には反対されるだろう。けれど、わたしは諦めない」
「継承権よりもそのご令嬢のことの方が大切なんですものね」
「ああ、絶対に彼女と添い遂げるつもりだよ」
ローベルトの話を聞きながら、後ろに控える彼の侍従にアリアンヌはちらり視線を向けた。侍従は気まずそうに目を反らす。
アリアンヌは小さくため息を吐くと、未だに自分の想い人について熱心に話し続けているローベルトのことを、心の中で密かに憐れんだ。
すべてのことが終わる明朝、彼女の結末を知ったローベルトは一体どんな顔をしてみせるのか。
少し気にかかるものの、婚約が解消された今となっては、それはアリアンヌの心配することではない。
これ以上話を聞いていてもローベルトが憐れになるばかりである。アリアンヌは作り笑顔でローベルトの話を遮った。
「それでは殿下、お名残惜しくはありますが、わたくしもこれで失礼致します。自分の肉体を使って男性を誑かす、例の破廉恥でふしだらなご令嬢の処分について、早くその後の結果報告を受けたいので」
「そうか、処分がすんだら、その結末をすぐにわたしにも教えて欲しい」
「それは……ええ、早急にご連絡させていただきます。では、長きに渡り婚約者として殿下と過ごせたこと、とても楽しく有意義でございました。あなた様のこれからの多幸をお祈りしております」
学園一と言われる美しいカーテシーを見せた後、アリアンヌはそそくさと四阿を後にしたのだった。後ろでにこやかに手を振るローベルトのことを、心の底から憐れみながら。
「それで? お話とはなんでしょう」
「う……ん、それなんだけど……」
ほんの一瞬、気まずそうに視線をさ迷わせたローベルトだったが、やがて決心したようにアリアンヌを正面から見つめた。
「実はお願いがある。アリアンヌ、君との婚約を解消させてもらいたいんだ」
「……理由をお伺いしても?」
ローベルトの真剣な表情から本気を感じ取り、アリアンヌは背筋を伸ばして姿勢を正す。
「わたくしになにか不手際でも?」
「いや違う。アリアンヌにはなにも問題はない。学園でも多くの生徒が言っている様に、君は実に完璧な令嬢だ。身分が高く教養もあり、容姿も精神性も美しい。誰よりも国母に相応しいと思っている」
「ならば、どうして?」
「うん……それが、言いにくいんだけれど、実は好きな人ができたんだ。その令嬢と出会ったことで、わたしは真実の愛を知った。もう彼女以外との婚姻は考えられないんだ。彼女と結婚して唯一の妻としたい」
ローベルトとアリアンヌは婚約者同士ではあるが、二人の間に恋愛感情は皆無である。その結びつきは政略的なもので、国王陛下により命じられたものである。その王命にローベルトは背こうとしているのである。
「ローベルト様のことですもの。わたくしとの婚約を解消することの意味を、正しく理解なさっておいでですのよね」
「うん、それは勿論。わたしは王位継承権を放棄してもいいと思っている。彼女と添い遂げられないくらいなら、王位などいらないとさえ思えるんだ」
一片の迷いなくローベルトは言い切る。
ローベルトには三才年下に同腹の弟がいる。仮にローベルトが廃嫡されてもすぐに弟が立太子することになり、国内に大した混乱は起きないと予想される。先ほどのローベルトの発言は、それを見越しての言葉に違いない。
それらのことを瞬時に悟ったアリアンヌが、やがて納得したように頷いた。
「分かりました。婚約の解消を受け入れます」
「ああ、アリアンヌ。本当に君は優しいな。心から感謝するよ。当然ながら咎はわたしにある。君の経歴に傷は絶対につけないから、そこは安心して欲しい。望むなら新しい婚約者の紹介も王家からするよ」
だから先のことは心配しないで、と言ったローベルトにアリアンヌは首を振った。
「それは自分で見つけますわ。そんなことよりも殿下、真実の愛のお相手というのは、どういった方なのですか? ぜひ教えて下さいませ」
わずかに頬を染めたローベルトは、少し恥ずかしそうにしながらも嬉々として語り出した。
「彼女の名前は――――」
「ああ、それはおっしゃらないで。お二人の婚約発表を楽しみにしますので」
「そうか? じゃあ、さわりのない情報だけでいうと、彼女はとある男爵家の令嬢で、今年学園に入学してきた新入生なんだ。笑顔のかわいい子でね、彼女の笑顔を見ると日頃の執務の疲れが消えてなくなるんだ」
「……」
「とても素敵な人だから、彼女はいつも多くの友人に囲まれていてね。そんな彼女の人気に嫉妬する令嬢たちから、不当な虐めを受けているそうなんだけど、自分に至らないところがあるからだろうって、虐めをする令嬢たちを責めるようなことは一切言おうとしなくてね。そういうところが堪らなくいじらしくて、愛おしく感じてしまう」
「……あら、ふふふ」
「まあ、彼女を虐める令嬢たちの気持ちが分からないワケじゃない。あの可愛さと性格の良さから、多くの貴族令息たちから彼女は好かれているからね、わたしもつい嫉妬しそうになる。でも、彼女がこっそり『みんなただの友達です。好きなのはローベルト様だけ』なんて言ってくれるものだから、浮気なんて勘違いせずに安心していられるんだよ」
「おモテになりますのね、彼女」
「うん。でもね、彼女に恋慕する他の者たちには申し訳ないけれど、彼女はわたしのものだ。君との婚約が正式に解消されたら、わたしは彼女と婚約するつもりでいる。彼女の身分が低いから、父上には反対されるだろう。けれど、わたしは諦めない」
「継承権よりもそのご令嬢のことの方が大切なんですものね」
「ああ、絶対に彼女と添い遂げるつもりだよ」
ローベルトの話を聞きながら、後ろに控える彼の侍従にアリアンヌはちらり視線を向けた。侍従は気まずそうに目を反らす。
アリアンヌは小さくため息を吐くと、未だに自分の想い人について熱心に話し続けているローベルトのことを、心の中で密かに憐れんだ。
すべてのことが終わる明朝、彼女の結末を知ったローベルトは一体どんな顔をしてみせるのか。
少し気にかかるものの、婚約が解消された今となっては、それはアリアンヌの心配することではない。
これ以上話を聞いていてもローベルトが憐れになるばかりである。アリアンヌは作り笑顔でローベルトの話を遮った。
「それでは殿下、お名残惜しくはありますが、わたくしもこれで失礼致します。自分の肉体を使って男性を誑かす、例の破廉恥でふしだらなご令嬢の処分について、早くその後の結果報告を受けたいので」
「そうか、処分がすんだら、その結末をすぐにわたしにも教えて欲しい」
「それは……ええ、早急にご連絡させていただきます。では、長きに渡り婚約者として殿下と過ごせたこと、とても楽しく有意義でございました。あなた様のこれからの多幸をお祈りしております」
学園一と言われる美しいカーテシーを見せた後、アリアンヌはそそくさと四阿を後にしたのだった。後ろでにこやかに手を振るローベルトのことを、心の底から憐れみながら。
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