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第十一話 ミツキ様_7
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数分後、俺たちは二階のトイレ跡地に集まった――一名を除いて。
その一名、剣持祐三は…現場の大便器に突っ伏して死んでいた。ぱっと見でまるで吐き戻しているだけのようにも見えるが、便座周囲を真っ赤に染めた血が異常性を示している。
「こ、これは一体…」
最後に現れた田崎が慌てて駆け寄り、助け起こそうとする…が、剣持の身体はぐんにゃりと横倒しになる。右目に刺さっていた太い釘がポロリと抜けて、床にぶつかりがちりと鈍い音を立てた。
「ど、どういうことだ、なんでこんなことに…」
なおも揺り動かそうとする田崎に、はっと我に返った桂木が慌てて言った。
「そ、そうだ、電話! 警察に電話!」
「…あ、ああ! そ、そうだな…」
震える手で田崎が携帯を取り出すと警察に通報するが。
「…くそっ、繋がらない!!」
慌てて他の人々も自分の携帯を取り出す。
「電波が届いてない?!」
「えっ、なんで? さっきまで普通に使えてたじゃない!?」
「どうして…何が起きてんだ!?」
事実、少し前までは打ち合わせなどで何度か使っていた。しかし、耳に当てても返ってくるのは無情な不通音だけだ。
「…下だ! 外に出れば連絡できる!」
桂木の言葉に、一同は我先にとトイレを飛び出し、階段を駆け下る。一刻も早く、非日常の象徴から離れたい、ただそれだけだった。
真っ先に玄関に飛びついた大島が扉を引く、が開かない。
「えっ、あっ、なんで?! か、鍵、掛かってる!?」
「はぁ?!」
遅れて田崎が取っ手に手をかけるが、がたがたと音を立てるだけで玄関は開かない。はじめは一人ずつ取り付いたが、すぐに男たちが寄って集って開こうとするも歯が立たない。
「田崎さん、鍵持ってないんですか?!」
額の汗を袖でぬぐう桂木の疑問に、肩で息を切らしている田崎は苦々しげな面持ちで答えた。
「こんなことになるとは思ってなかったから鍵は三階の機材のところにおいてきちまった。すまんが桂木、取りに行って開けておいてくれ。俺たちはその間、剣持くんの現場を確保してくる」
「分かりました」
カメラを大島に渡し、桂木は階段を駆け上がる。
機材は三階西側、真ん中の部屋にまとめて置いてある。桂木はまっすぐに部屋を横切り、奥にある田崎の荷物の下へ向かった。
「…無い」
周囲をくまなく探してみるが、肝心の鍵がどこにも無い。
「まさか…誰かが持っていった?」
考えてみればここに来て以来、誰にでも触れるところにずっと放置されていたわけで、誰でも警戒されず持っていくことは可能ってことだ。
肝心の、誰が持っていったのかまでは謎だが…
桂木は改めてもう一度調べてやはり見当たらないことを確認すると、急ぎその旨を田崎に伝えた。
「そ、そんなバカな…大島、今度はお前が調べてこい。桂木は…もう一度、今度こそ玄関をぶち破る、手伝え!」
「分かりました」
男たちで適当に椅子などを持ち寄り、玄関のガラス部分を打ち砕く…つもりだったが。
「かった…」
「なんだよこれ、ぜんぜん、ヒビすら入らないぞ?!」
結局、全員疲れ果てるまで殴っても扉どころか構成するガラスに傷ひとつついていない。
「…もしかして、ヤクザのカチコミ対策で防弾ガラスを奮発したのかな」
「それでも結局乗り込まれて撃ち殺されてれば世話ねーんだよ」
へたり込む田崎の愚痴に、大島が取り成すが彼の表情も暗い。
「気持ちは分かりますが、ここで文句を言っても…」
「つっても、ここがダメなら…」
「そ、そうだ! 非常口は?」
三城の言葉に、桂木と大島、田崎が期せずして同時に首を横に振る。
先日確認した限りでは、一階の非常口は錆びていて動かない。かといって他の階は、外階段が朽ち落ちていて利用すらできない有様だ。つまるところ、
「閉じ込められた…?」
ということになる。
「これさすがにまずいですよ田崎さん…」
疲弊する一同に、三城の言葉が重くのしかかる。
「落ち着こうみんな。こういうときは慌ててはダメです。まず、状況を把握しましょう」
大学在籍中は山岳部の部長として部員たちを何年も率いてきた桂木は、不測の事態という奴に幾度も遭遇している。そのときと同じような感覚が、この場で真っ先に冷静さを取り戻させた。
「状況把握…なんで?」
大島の場違いにのんきな発言に、苛立ちを隠した桂木は端的に答えた。
「…これが、殺人事件だからだよ」
「はぁ?!」
「殺人?!」
「お、怨霊の祟りなんじゃ…」
それらの声を、桂木は否定する。
「剣持さんを殺害し、鍵を持ち出し玄関を封鎖する。これは、間違いなく生身の人間のしたことです」
「で、でも!」
絵里香が声を震わせた。
「そうすると、この中に…犯人が…」
しばらくの沈黙の後、桂木は静かにつづけた。
「…そう、俺は考えてます」
「ばかなっ!」
「田崎さん。確かに、この廃ビルに、我々以外の第三者が潜んでいる可能性は捨て切れません。ですが、あれだけ我々が別れてあちこち観て回ってるのに、誰にも見つからず鍵を確保して鍵を掛け、再び階段を昇り剣持さんを殺害する…できると思いますか?」
この問いに答えられるものはいなかった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ツギハ30ニチ19ジ
その一名、剣持祐三は…現場の大便器に突っ伏して死んでいた。ぱっと見でまるで吐き戻しているだけのようにも見えるが、便座周囲を真っ赤に染めた血が異常性を示している。
「こ、これは一体…」
最後に現れた田崎が慌てて駆け寄り、助け起こそうとする…が、剣持の身体はぐんにゃりと横倒しになる。右目に刺さっていた太い釘がポロリと抜けて、床にぶつかりがちりと鈍い音を立てた。
「ど、どういうことだ、なんでこんなことに…」
なおも揺り動かそうとする田崎に、はっと我に返った桂木が慌てて言った。
「そ、そうだ、電話! 警察に電話!」
「…あ、ああ! そ、そうだな…」
震える手で田崎が携帯を取り出すと警察に通報するが。
「…くそっ、繋がらない!!」
慌てて他の人々も自分の携帯を取り出す。
「電波が届いてない?!」
「えっ、なんで? さっきまで普通に使えてたじゃない!?」
「どうして…何が起きてんだ!?」
事実、少し前までは打ち合わせなどで何度か使っていた。しかし、耳に当てても返ってくるのは無情な不通音だけだ。
「…下だ! 外に出れば連絡できる!」
桂木の言葉に、一同は我先にとトイレを飛び出し、階段を駆け下る。一刻も早く、非日常の象徴から離れたい、ただそれだけだった。
真っ先に玄関に飛びついた大島が扉を引く、が開かない。
「えっ、あっ、なんで?! か、鍵、掛かってる!?」
「はぁ?!」
遅れて田崎が取っ手に手をかけるが、がたがたと音を立てるだけで玄関は開かない。はじめは一人ずつ取り付いたが、すぐに男たちが寄って集って開こうとするも歯が立たない。
「田崎さん、鍵持ってないんですか?!」
額の汗を袖でぬぐう桂木の疑問に、肩で息を切らしている田崎は苦々しげな面持ちで答えた。
「こんなことになるとは思ってなかったから鍵は三階の機材のところにおいてきちまった。すまんが桂木、取りに行って開けておいてくれ。俺たちはその間、剣持くんの現場を確保してくる」
「分かりました」
カメラを大島に渡し、桂木は階段を駆け上がる。
機材は三階西側、真ん中の部屋にまとめて置いてある。桂木はまっすぐに部屋を横切り、奥にある田崎の荷物の下へ向かった。
「…無い」
周囲をくまなく探してみるが、肝心の鍵がどこにも無い。
「まさか…誰かが持っていった?」
考えてみればここに来て以来、誰にでも触れるところにずっと放置されていたわけで、誰でも警戒されず持っていくことは可能ってことだ。
肝心の、誰が持っていったのかまでは謎だが…
桂木は改めてもう一度調べてやはり見当たらないことを確認すると、急ぎその旨を田崎に伝えた。
「そ、そんなバカな…大島、今度はお前が調べてこい。桂木は…もう一度、今度こそ玄関をぶち破る、手伝え!」
「分かりました」
男たちで適当に椅子などを持ち寄り、玄関のガラス部分を打ち砕く…つもりだったが。
「かった…」
「なんだよこれ、ぜんぜん、ヒビすら入らないぞ?!」
結局、全員疲れ果てるまで殴っても扉どころか構成するガラスに傷ひとつついていない。
「…もしかして、ヤクザのカチコミ対策で防弾ガラスを奮発したのかな」
「それでも結局乗り込まれて撃ち殺されてれば世話ねーんだよ」
へたり込む田崎の愚痴に、大島が取り成すが彼の表情も暗い。
「気持ちは分かりますが、ここで文句を言っても…」
「つっても、ここがダメなら…」
「そ、そうだ! 非常口は?」
三城の言葉に、桂木と大島、田崎が期せずして同時に首を横に振る。
先日確認した限りでは、一階の非常口は錆びていて動かない。かといって他の階は、外階段が朽ち落ちていて利用すらできない有様だ。つまるところ、
「閉じ込められた…?」
ということになる。
「これさすがにまずいですよ田崎さん…」
疲弊する一同に、三城の言葉が重くのしかかる。
「落ち着こうみんな。こういうときは慌ててはダメです。まず、状況を把握しましょう」
大学在籍中は山岳部の部長として部員たちを何年も率いてきた桂木は、不測の事態という奴に幾度も遭遇している。そのときと同じような感覚が、この場で真っ先に冷静さを取り戻させた。
「状況把握…なんで?」
大島の場違いにのんきな発言に、苛立ちを隠した桂木は端的に答えた。
「…これが、殺人事件だからだよ」
「はぁ?!」
「殺人?!」
「お、怨霊の祟りなんじゃ…」
それらの声を、桂木は否定する。
「剣持さんを殺害し、鍵を持ち出し玄関を封鎖する。これは、間違いなく生身の人間のしたことです」
「で、でも!」
絵里香が声を震わせた。
「そうすると、この中に…犯人が…」
しばらくの沈黙の後、桂木は静かにつづけた。
「…そう、俺は考えてます」
「ばかなっ!」
「田崎さん。確かに、この廃ビルに、我々以外の第三者が潜んでいる可能性は捨て切れません。ですが、あれだけ我々が別れてあちこち観て回ってるのに、誰にも見つからず鍵を確保して鍵を掛け、再び階段を昇り剣持さんを殺害する…できると思いますか?」
この問いに答えられるものはいなかった。
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