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1-5.それぞれの一夜
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「機嫌いいですね」
須川に言われ、王輝は企画書から意識を離した。
事務所の一室、新しい企画書とファンレターを受け取った王輝は、にこにこした須川に対して「別に」と何でもない風を装った。
Bloom Dreamのライブの日が近い。王輝は自分が浮き足立っていることを感じ、思っていたよりも楽しみにしてることに驚く。思えばライブに行くこと自体が久しぶりだ。大学時代には友達に連れられフェスに行ったこともあるが、夏の野外フェスに半分死んでいた記憶しかない。
須川から受け取った企画書はWebCMのもので、主に動画サイトで放映される予定だった。最近はWeb媒体の仕事が増えている。映画館や劇場で、演技に触れる機会は想像以上に少ないものだ。
特に断る理由がなかったので、もちろん引き受けるつもりだ。須川が取ってくる仕事は概ね王輝の主義に合っているし、ハズレなんてほとんどない。それだけ須川が優秀で、王輝のことを理解しているという証拠だった。
「で、いい話と悪い話どちらから聞きたいですか?」
須川の洋画みたいな言い回しに、王輝は思わず笑ってしまった。
「いい話からしてよ」
王輝は好きなものから食べる派だ。そして嫌いなものは食べない。
「だと思いました」
須川はにっこり笑って、大袈裟に一呼吸おいてから言い放った。
「諏訪監督作品のオーディションが決まりました。おめでとうございます」
めでたさを表すように、パチパチと胸元で小さく拍手をする須川は、王輝の冴えない顔を不思議に感じた。
「え?嬉しくないですか?あの諏訪ユヅル監督ですよ?好きですよね?」
諏訪ユヅル、三十七歳。今大人気の映画監督だ。大学時代から映像を生み出していた彼は、三十歳で手掛けた恋愛小説の実写映画で世間の注目を浴びた。原作はティーン向けの小説だが、その映像と演出の妙に老若男女が虜になり、大ヒットを記録。一気に諏訪の名前が知られることになった。
諏訪自身がもともと役者をしていたこともあり、演技に対しては特に厳しく、情け容赦ないのは俳優界隈では有名な話だ。しかし、それ以上に諏訪の演技指導は的確で、諏訪のディレクションを望む俳優が多い。
王輝は諏訪の作品が好きだった。実写映画で初めて名前を知り、そこから過去の作品を漁るように見たのだ。映像もさることながら、セリフの間や呼吸一つまで計算されたかのような俳優の演技に、思わず鳥肌がたったほどだ。俳優の元来の演技のうまさもあるが、それだけではない何かを画面から感じた。きっと監督が上手いのだ、と王輝は確信した。
王輝が諏訪主催のワークショップに参加したのは昨年だ。憧れの諏訪に会えると嬉々として臨んだのに、散々指導され凹んだ記憶が残った。それ以来、王輝は諏訪本人が苦手になってしまった。
「悪い話のほうは聞きますか?」
表情が暗くなってしまった王輝に、須川は恐る恐る尋ねる。王輝が頷いたことを確認して、須川は話を続けた。
「オーディションの日がBloom Dreamのライブの日で…」
「どっちも悪い話じゃないですか!」
王輝はがっくりと肩を落とした。さっきまで最高に楽しかったのに、地獄に突き落とされた気分になった王輝は、不貞腐れて、むっとした表情になる。
「諏訪監督のオーディションに参加できるだけでもすごいんですから!監督自ら選んでくれたんですよ?!すごいじゃないですか!それに、オーディション自体そんなに時間かからないと思うので、ライブは間に合いますよ…!」
テンション高くフォローすると、王輝は「そうだよな」と気を取り直したように、力なく笑った。
今回のオーディションは向こうから話が来たのだ。急な話だったが、須川はすぐにオーディションを受けると返事をした。王輝が諏訪自身を苦手としていることを須川は知っていた。それほどまでに諏訪監督が嫌なのだろうか。王輝が仕事と私的な感情を分けることを須川はよく知っている。こういう風に、たまに垣間見える子供っぽさが、まだまだ王輝の弱点だ。
須川は諏訪の手によって 王輝の演技がどこまで引き上げられるかが楽しみで仕方なかった。例えオーディションの結果が芳しくなくても、オーディションに参加すること自体がいい刺激になるはずだ。
もしくは、ライブに行けないことがショックなのかもしれない。明日にはいつもどおりに戻っているだろうと、須川は暢気に構えていた。
須川に言われ、王輝は企画書から意識を離した。
事務所の一室、新しい企画書とファンレターを受け取った王輝は、にこにこした須川に対して「別に」と何でもない風を装った。
Bloom Dreamのライブの日が近い。王輝は自分が浮き足立っていることを感じ、思っていたよりも楽しみにしてることに驚く。思えばライブに行くこと自体が久しぶりだ。大学時代には友達に連れられフェスに行ったこともあるが、夏の野外フェスに半分死んでいた記憶しかない。
須川から受け取った企画書はWebCMのもので、主に動画サイトで放映される予定だった。最近はWeb媒体の仕事が増えている。映画館や劇場で、演技に触れる機会は想像以上に少ないものだ。
特に断る理由がなかったので、もちろん引き受けるつもりだ。須川が取ってくる仕事は概ね王輝の主義に合っているし、ハズレなんてほとんどない。それだけ須川が優秀で、王輝のことを理解しているという証拠だった。
「で、いい話と悪い話どちらから聞きたいですか?」
須川の洋画みたいな言い回しに、王輝は思わず笑ってしまった。
「いい話からしてよ」
王輝は好きなものから食べる派だ。そして嫌いなものは食べない。
「だと思いました」
須川はにっこり笑って、大袈裟に一呼吸おいてから言い放った。
「諏訪監督作品のオーディションが決まりました。おめでとうございます」
めでたさを表すように、パチパチと胸元で小さく拍手をする須川は、王輝の冴えない顔を不思議に感じた。
「え?嬉しくないですか?あの諏訪ユヅル監督ですよ?好きですよね?」
諏訪ユヅル、三十七歳。今大人気の映画監督だ。大学時代から映像を生み出していた彼は、三十歳で手掛けた恋愛小説の実写映画で世間の注目を浴びた。原作はティーン向けの小説だが、その映像と演出の妙に老若男女が虜になり、大ヒットを記録。一気に諏訪の名前が知られることになった。
諏訪自身がもともと役者をしていたこともあり、演技に対しては特に厳しく、情け容赦ないのは俳優界隈では有名な話だ。しかし、それ以上に諏訪の演技指導は的確で、諏訪のディレクションを望む俳優が多い。
王輝は諏訪の作品が好きだった。実写映画で初めて名前を知り、そこから過去の作品を漁るように見たのだ。映像もさることながら、セリフの間や呼吸一つまで計算されたかのような俳優の演技に、思わず鳥肌がたったほどだ。俳優の元来の演技のうまさもあるが、それだけではない何かを画面から感じた。きっと監督が上手いのだ、と王輝は確信した。
王輝が諏訪主催のワークショップに参加したのは昨年だ。憧れの諏訪に会えると嬉々として臨んだのに、散々指導され凹んだ記憶が残った。それ以来、王輝は諏訪本人が苦手になってしまった。
「悪い話のほうは聞きますか?」
表情が暗くなってしまった王輝に、須川は恐る恐る尋ねる。王輝が頷いたことを確認して、須川は話を続けた。
「オーディションの日がBloom Dreamのライブの日で…」
「どっちも悪い話じゃないですか!」
王輝はがっくりと肩を落とした。さっきまで最高に楽しかったのに、地獄に突き落とされた気分になった王輝は、不貞腐れて、むっとした表情になる。
「諏訪監督のオーディションに参加できるだけでもすごいんですから!監督自ら選んでくれたんですよ?!すごいじゃないですか!それに、オーディション自体そんなに時間かからないと思うので、ライブは間に合いますよ…!」
テンション高くフォローすると、王輝は「そうだよな」と気を取り直したように、力なく笑った。
今回のオーディションは向こうから話が来たのだ。急な話だったが、須川はすぐにオーディションを受けると返事をした。王輝が諏訪自身を苦手としていることを須川は知っていた。それほどまでに諏訪監督が嫌なのだろうか。王輝が仕事と私的な感情を分けることを須川はよく知っている。こういう風に、たまに垣間見える子供っぽさが、まだまだ王輝の弱点だ。
須川は諏訪の手によって 王輝の演技がどこまで引き上げられるかが楽しみで仕方なかった。例えオーディションの結果が芳しくなくても、オーディションに参加すること自体がいい刺激になるはずだ。
もしくは、ライブに行けないことがショックなのかもしれない。明日にはいつもどおりに戻っているだろうと、須川は暢気に構えていた。
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