お隣さんはセックスフレンド

えつこ

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1-5.それぞれの一夜

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「機嫌いいね」
 カズがスポーツドリンクを遼に差し出した。遼は「そうか?」と答えながらペットボトルを受け取る。特に調子が良いわけでも悪いわけでもない、いつも通りだと思っていた遼は首を傾げた。
 事務所のレッスンスタジオにBloom Dreamの三人はいた。壁の一面だけが鏡張りになっている。さきほどまで振付スタッフがいたが、今は三人だけでダンスの自主練習をしていた。ツアーでサプライズ発表する新曲は、夏のポップチューンで、テンポが速く、ダンスがなかなかそろわないのだ。さきほどから何度も音源を流して、ダンスを身体に叩き込んでいた。
 カズと遼はスタジオの端に座りこみ、休憩していた。スポーツドリンクはタスクの分もあったが、タスクは鏡に向かってダンスの確認をしている。苦手なダンスの練習は人一倍やるのがタスクにとっては常だった。
「タスク、休憩しようよ」
 カズがタスクに声をかけると、タスクは「あと一回通したら」と踊りながら答えた。汗だくのタスクが動くと、床に汗が飛び散ちり、床とシューズがきゅ、きゅっと音を鳴らした。遼はタスクの表情を伺いながら、スポーツドリンクを飲む。タスクは何でも完璧にこなそうとして、結構無理をするタイプだ。練習中にダウンしてしまうときがある。岸がいないときは、代わりに遼がタスクの様子に気を配っていた。
「じゃあ俺も付き合あおうっと」
 カズは軽やかに立ちあがり、タスクの横に並び、一緒に踊り始めた。二人のシューズが軽やかに音を立てる。
「タスク、戻るの遅い」
「わかってる」
「そこ、止まりきれてない」
「カズうるさい」
 カズに指摘されたタスクはムッとした表情を見せるも、きちんとアドバイスを受け入れ、ダンスを修正していく。タスクは普段は物静かで大人びた雰囲気だが、カズと一緒のときは歳相応の顔を見せる。二人の十代らしい表情に、遼は心が和んだ。
 ツアーの最終公演まで一週間。慌ただしく日々が過ぎていくなかで、遼は王輝が見に来てくれることを密かに楽しみにしていた。子供の頃、遠足の前にワクワクしていたのと似ている。機嫌がいいとカズに言われたのは、もしかしたらそれが原因かもしれない。ライブやイベント前は、どちらかというと緊張してしまう遼は、我ながら単純だと思った。
 王輝が来ても来なくても、それに関わらずライブは成功させなければならない。リーダーとしてグループを引っ張っていかなければならない。遼は頭を切り替えようと立ち上がり、ダンスをする二人に加わろうとした。ちょうどそのとき、スタジオのドアが開き、岸が姿を見せた。
「お疲れ、ちょっといいか」
 カズとタスクはダンスを止め、タスクはオーディオプレーヤーを操作し音源を止めた。三人は「お疲れさまです」と口々に言い、岸の近くへと集まる。
「新曲どうだ?」
 岸に尋ねられ、三人は顔を見合わせた。三人の何とも言えない表情に岸は察して「本番までに形にしてくれ」と短く指示した。言われなくてもやる三人ではあるが、念のためだった。
「その新曲のMVなんだが、今回は新しい監督に撮ってもらうことが決まった」
 Bloom DreamのMVは、だいたい二、三人の決まった監督がディレクションしている。特に可もなく不可もなくというクオリティーで、事務所側がそれほど力を入れていなかったという証拠だ。岸はそんな現状を打破したいと常に思っており、何度も上層部に要望を出していた。それが今回の新曲でようやく叶ったのだ。
「今回のMVの監督は、諏訪ユヅル監督だ。知ってるか?」
「映画監督ですよね?」
 反応したのはタスクだけだった。遼とカズは聞いたことのない名前に、今度は二人で顔を見合わせた。
「そう、今人気の映画監督だ。忙しいなかスケジュールを抑えてもらった。監督は次の作品が控えてるらしくて、撮影は短期間に済ませてほしいそうだ。ツアーが終わって、七月頭には撮影だから、そのつもりで」
 三人は声をそろえて「はい」と返事をした。映画監督なら王輝が知ってるかもしれないと遼は考えていた。
「それで、監督側から一つ注文があって……」
 岸は難しそうな顔をし、一呼吸置いた。
「ショートムービーを撮らせて欲しい、とのことだ。つまり演技をする必要がある」
「えー!無理無理!」
 一番大きく反応したのはカズだった。片手を顔の前で左右に振る。遼は心の中で無理だと思っていたし、同時にこの前の王輝とのセックスを思い出し、顔が熱くなった。
「本格的な演技は初めてだから、正直不安です」
 タスクの意見にカズと遼は頷いた。
「お前らの演技力がどんなものかわからないけど、向こうの希望だ。やるしかない」
 今までメンバーは演技の仕事をしたことがない。MVやライブ用の映像で簡単な演技をすることはあっても、ドラマや映画への出演はいまだにない。岸としてはメンバーの演技のレベルが心配で仕方なかったが、案外うまくいって、今後の演技の仕事に繋がればラッキーだと思っていた。
「ショートムービーってどんな内容なんですか?」
「そうそう、セリフありますよね?覚える自信ないんだけど!」
 タスクとカズは岸に詰め寄った。
「本当はもう手元にある予定だったが、今内容詰めてるところらしい。多分ぎりぎりになる」
「そんなぁ」
 カズは泣きつくように遼に抱きついた。
 岸も泣きたい気分だった。MVの絵コンテは上がってきているが、ショートムービーの脚本がまだできていない。脚本ができていないということは、絵コンテももちろんできておらず、撮影場所も押さえられないし、衣装や小道具も準備ができないということだ。ショートムービーはMVと共にCD特典に収録される予定なので、間に合わないでは済ませられない。七月初旬に撮影し、八月発売というかなりギリギリのスケジュールに、胃が痛くなりそうだった。撮影が遅れることは許されないため、ライブ後のスケジュールは可能な限り空けて、撮影に費やすつもりだ。
「岸さんも言った通り、とりあえずやるしかないだろ。ファンのみんなに、新しいBloom Dreamを見えてもらえるチャンスだ。今までも無理難題を乗り越えてきただろ?少しでもいいものを見せれるように三人で頑張ろう」
 力強い遼の発言に、カズとタスクの表情がぱっと明るくなる。
「そうだよね。話題にもなるし、新しい仕事にも繋がるかもしれないし」
「レッドカーペット歩けるかも!すご!」
 冷静なタスクとはしゃぐカズに、遼は見守るような視線を送っていた。
 こういうところを遼に頼っていることを岸は自ら卑怯だとわかっていた。三人で解決できるならそれがいいとは思っているが、ついつい遼に任せて、傍観者になってしまう。三人の中で一番演技を苦手としているのは遼だというのに、そういう素振りは見せなかった。三人のために何とかしなけれならないと岸は心の中で自身に喝を入れる。
「俺もできるだけサポートするよ。あとで監督の情報送っておくから、時間あるなら作品見ておいてくれ」
「はい!」
 三人の雰囲気が前向きになったのを確認して、岸はスマホを取り出す。
「じゃあ、カウントダウン動画と告知写真撮るぞ」
 岸の一声で、三人は手早く身なりを整える。Bloom DreamのSNS公式アカウントではライブに向けてカウントダウン動画を連日アップしていた。
「岸さん、俺のスマホでもお願いしまーす」
 カズは岸にスマホを手渡した。メンバーの中でカズだけがSNSの個人アカウントを持っている。SNSに対しては、遼は苦手意識を持っており、タスクは興味がないため、個人アカウントは持っていない。
 スマホのカメラレンズを見ながら、遼は不安で胸がいっぱいだった。頑張ろうとは言ったものの、演技については全然自信がない。王輝に相談すればなんとかなるだろうか。いや、相談する前に自分なりにやってみなければならない。王輝だって忙しいだろう。笑顔を作りながら、新たに発生した問題に、遼は肩が重くなるのを感じた。

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