最後の男

深冬 芽以

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15 女の顔、母親の顔

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「なんか、変か?」

「え?」

「俺が荷物を持つと、変な顔するから」

「変な顔って……、失礼な」と、彩が唇を曲げる。

「いや、ビックリしたような、不思議そうな顔するだろ。なんで?」

「あーーー……」と、目を逸らし、口ごもる。

「別に?」

「なんだよ、気になるだろ」

「たいした理由は――」

「じゃ、言え」

 彩が観念して、口を開いた。

「……優しくされ慣れてなくて」

「は?」

「こうやって荷物を持ってもらったの、すごく久し振り? で……」

「なんだ、それ」



 優しい、うちに入るか?



「元夫は、買い物した荷物も持ってくれないような男だったのか?」

「結婚する前は、持ってくれてたはずなんだけどねぇ」

「なんで、結婚したら持たなくなるんだよ」

「煙草を……吸う人でさ。スーパーに着いてまず一服、スーパーを出る時に一服って感じで、私が会計している間にいなくなるのよ。で、私が車に荷物を積み終える頃に戻ってくる。……みたいな?」

「みたいな、じゃねぇよ。おかしいだろ」

「だよね」と、彩が空笑いをした。

「けど、頼んでも嫌な顔されたり、すぐにはやってもらえなくて、そのうち私も自分でやった方が早いと思うようになってさ。子供を小脇に抱えてこの量の荷物を片手で持つくらい平気になったりして」



 子供抱えて、って……。



 不謹慎だが、彩が真心を脇に抱えて、小走りする姿を想像してしまった。肝っ玉母ちゃん、て感じがして、少し笑えた。

「あ、でも、真が大きくなってからは、手伝ってくれるようになったから――」

「なんで子供に出来て、旦那に出来ないんだよ」

「出来ないんじゃなくて、する気がないの。真が生まれてからは一緒に買い物に行くこともしなくなったし」

「なんで」

「私が嫌がったから。一緒に買い物に行くと、余計なものをカゴに入れるし、私の買い物が遅いと怒るし。それなら一人で行った方が、よっぽどゆっくり買い物できるから」

「なんで買い物くらいで――」

 マンションの入り口で、俺は袋を片手に持ち替え、ポケットから鍵を出す。が、ちょうど住人が出て来て、俺たちは鍵を使わずにドアを通った。

 タッチの差で、エレベーターは動き出してしまった。

「一応、買うものをメモして行くんだけどね? 安くなってる食材があったら、メニューを変えるじゃない。そうすると、カゴに入れたものを戻したり、別のものを探して歩いたりして、気がついたらスーパーを三周くらいしちゃうんだよね? それが、イライラするみたいで。『効率が悪い』とか『時間の無駄だ』とか言われるのよ。そんなこと言われるくらいなら、一人の方がよっぽど楽じゃない?」

「――じゃない? って、お前の元夫って、聞けば聞くほどあり得ないだろ。同じ男でも最悪だと思うぞ」

「ね。けど、一緒に暮らしてると、段々私の方がおかしいんじゃないかと思えてくるのよ。あの人を怒らせる私が悪い、あの人の言うことに疑問を持つ私がおかしい、って」
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