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7.15年目のホンネ
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しおりを挟む「嬉しかったんだよ。比べてたわけじゃないけど、広田はそういうの全然なかったし。自分の好みとか考えたことなかったけど、柚葉みたいな、守ってやりたくなるような子が好きなんだなって気づいたし」
今日の夫はよく喋る。
だから、余計に恥ずかしい。
「当たり前だけどさ? 結婚して子供ができて、今じゃ出張だって言っても、お土産よろしく、って普通に言われるし。平日の雪かきとか、俺を起こさないの……とかも、気を遣ってくれんのはありがたいけど、なんか……」
それは……つまり……?
「子供みたいなこと、言ってんな」と、和輝が苦笑いする。
「頼られなくなるのが寂しい……とか……」
寂しい……?
意外な言葉に、そっと夫の横顔に目を向けると、彼もまた私を見た。
そして、少し口角を上げ、すぐに戻し、唇を引き締め、開く。
「……思ってたけど、違うよな」
……何が?
「この前、柚葉の店で、店長が柚葉の代わりに重い荷物持ってたりするの見て、思った。柚葉を逞しくさせたのは……俺だよな。俺が、柚葉の優しさに甘えてたから、柚葉は逞しくなるしかなかったんだっよな」
……ホント、真面目。
「母親なんて、みんなそうだよ」
「それでも、さ」
自分の気持ちを言葉にせずに、悶々として、卑屈になって、逃げだした。
もっと責められても仕方がないのに、優しくて真面目な夫は、そうさせたのは自分だと責める。
彼の大きな手が、膝の上の私の手に重なる。
私たちの瞳には、互いを映したまま。
「ごめんな?」
「……なにが?」
「柚葉が甘えたがりで寂しがりなこと、ずっと忘れてて」
あんまり真顔で言うから、思わずフッと笑いが漏れた。
だって、三十八にもなって、二人の子供の母親になって、甘えたいとか寂しいとか、恥ずかしすぎる。
「いつの話――」
「――もう、一人が平気になったか?」
「え?」
「昔は、一人でいるのが嫌だって言ってたろ」
そんな頃もあった。
ずっと実家暮らしで、一人暮らしの経験のないまま結婚したから、一人で過ごす夜が心細かった。
特にこれといった趣味もないから、ボーッとテレビを見たり、ちょっとインターネットを見たりするしか時間の潰し方がわからなくて、和輝がいない夜は九時過ぎには寝ちゃったりして。
子供ができてからは、昼も夜もなかったから、寂しがる余裕もなかった。
けれど、思えば、そうだ。
子供ができてから、一人の夜は初めてだ。
「この二日、なにしてた?」
「……え?」
「ここで、一人で、なにしてた?」
「……海を――」と言葉を区切り、私は夫から目を逸らした。
首を回し、窓を見る。
「――海を見てた」
ギシッとベッドのスプリングが唸り、夫が立ち上がる。
窓まで数歩。
夫が窓枠に手を添えた。
「海を見て、落ち着けた?」
今日はあまり天気が良くない。
空はどんよりと曇っていて、揺れる木々の様子から風邪が強く、波は高い。
私は夫の背中に、首を振る。
落ち着けるはずなどない。
落ち着こうともがいていただけ。
「場所を変えようか」
「え?」
窓越しに、目が合った気がする。
「ここ、二人で泊まるには狭いだろ」
「泊まるの?」
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