15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以

文字の大きさ
54 / 89
7.15年目のホンネ


「うん。インフルエンザなんだから、今日は帰れないだろ」

「でも、和輝は――」

 夫が振り向く。

「――荷物、持って」

 荷物なんて呼べるほどのものはない。

 パジャマはホテルにあるだろうと持ってこなかったし、化粧道具はポーチに入ったまま。

 簡単に化粧をして、ポーチをしまう。

「これだけ?」

 ちょっと遠出する時の、いつものトートバッグとショルダーバッグ。

 和輝はトートバッグを肩に掛けると、私の手を握って歩き出した。

 手を繋ぐのなんて、何年振りだろう。

 そんなことを考えながら、少しくすぐったい気持ちで夫の後に続いた。

 チェックアウトして二日振りに外に出ると、やはり風が強かった。

 ごわごわの髪がメデューサのように四方八方へと舞う。



 やっぱり、切ろうかな。



「あ!」

 繋いでいない方の手で、風に舞う髪を押さえつけながら、思い出して声を上げる。

 和輝が何事かと振り返った。

「どうした?」

「美容室、忘れてた」

「美容室?」

 和葉の卒業式は次の土曜日。

 その前にと、美容室を予約していた。

 今日の午後。

 ショルダーからスマホを取り出して画面をタップするが、真っ暗なまま。

「あれ?」

「充電、切れてるだろ」

「え?」

 そういえば、ホテルに来てから充電していない。

 昨日の夜、和葉と電話したのがスマホを使った最後だ。

「柚葉のお母さんもうちの母さんも心配してたぞ」

「え? お義母――さ――?」

 強風に目を開けていられず、私は髪を押さえたままギュッと目を閉じて風上に背を向ける。

 同時に、風を感じなくなる。

「とにかく、車に行こう」

 耳元で囁かれ、ドキッとした。

 夫が風除けになってくれたのだ。

 思いがけず抱きしめられるような格好になり、今更ながら恥ずかしくなる。

 さっきから、自分が自分でないようだ。

 最近、昔のことを思い出すことが多かったせいだろうか。

 気持ちまで、二十代の、和輝に憧れ、手が触れるだけで呼吸が苦しくなっていた頃に戻ってしまったようだ。

 ホテルの正面の道路を渡り、駐車場の端に停まっている車に乗り込む。

 潮風に吹かれ、髪がバリバリいっている。

 私は髪をゴムで一つに束ねた。

「今、何時?」

 夫がエンジンをかけると、モニターに地図と時刻が表示された。

 十一時四十七分。

 私は自分のスマホを車に接続しっ放しになっている充電器に差し込む。

「美容室に行くのか?」

「ううん。キャンセルの電話しなきゃ」

 予約は十三時。

 今から車を走らせても間に合うかどうか。

 そもそも、私は今インフルエンザということになっているのだから、美容室に行って家に帰るわけにいかない。

 由輝はともかく、和葉は気づくだろう。

 スマホの電源が入ると、美容室にキャンセルの電話をした。

 そして、車が走り出す。

「どこに行くの?」

「温泉」

「温泉!?」

「その前に美容室を探すか」

「かず――」

 タイミング良くか悪くか、ぐぅーっと私のお腹が鳴った。

「飯だな」

 海沿いを五分ほど走り、夫は車を止めた。

「ここ……」

「憶えてる?」

 珍しくスマホで検索したり私に聞いたりせずに店を決めたと思ったら、付き合っていた頃に来たことがある洋食店。

 店の横の駐車場の一番端に、店に向かって正面から停める。

 夫がハンドルの上に両腕をおき、抱きかかえるようにもたれた。そして、顔だけ私に向ける。

「なぁ、柚葉」

「なに?」

「明日、家に帰るまで、たくさん話をしよう」

「え?」
感想 7

あなたにおすすめの小説

秘められた薫り

La Mistral
恋愛
エブリスタにて、トレンド#恋愛で最高位 55位を獲得した作品です。 「愛しているよ」という夫の言葉が、今の美咲には虚しい空気にしか聞こえない。 欠けていたのは、理性を焼き尽くすような衝動。 ​クライアントの慎吾と交わす視線。ビジネスという仮面の下で共有される、剥き出しの欲望。 指先が触れる。名前を呼ばれる。ただそれだけで、美咲の積み上げてきた「良き妻」としての世界は音を立てて崩れ去る。 ​完璧なアリバイ、塗り固めた嘘。 夫の隣で微笑みながら、心は別の男の指先を求めている。 一度知ってしまった濃厚な「薫り」は、もう彼女を元の場所へは戻してくれない。 ​守るべき家庭と、抗えない本能。 二つの世界の境界線で、美咲が選ぶ「最後の一線」とは――。 欲望の熱に浮かされた女の、美しくも残酷な堕落の記録。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。 しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。 私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。 近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。 泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。 私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。

三度裏切られた私が、四度目で「離婚」を選ぶまで

狛犬
恋愛
三度、夫に裏切られた。 一度目は信じた。 二度目は耐えた。 三度目は――すべてを失った。 そして私は、屋上から身を投げた。 ……はずだった。 目を覚ますと、そこは過去。 すべてが壊れる前の、まだ何も起きていない時間。 ――四度目の人生。 これまでの三度、私は同じ選択を繰り返し、 同じように裏切られ、すべてを失ってきた。 だから今度は、もう決めている。 「もう、陸翔はいらない」 愛していた。 けれど、もう疲れた。 今度こそ―― 自分を守るために、家族を守るために、 私は、自分から手を放す。 これは、三度裏切られた女が、 四度目の人生で「選び直す」物語。

【完結】曖昧な距離で愛している

山田森湖
恋愛
結婚4年目のアラサー夫婦、拓海と美咲。仲は悪くないが、ときめきは薄れ、日常は「作業」になっていた。夫には可愛い後輩が現れ、妻は昔の恋人と再会する。揺れる心、すれ違う想い。「恋人に戻りたい」――そう願った二人が辿り着いた答えは、意外なものだった。曖昧で、程よい距離。それが、私たちの愛の形。

私と彼の恋愛攻防戦

真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。 「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。 でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。 だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。 彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。

隣の夫婦 ~離婚する、離婚しない、身近な夫婦の話

むらさきさゆり
恋愛
オムニバス形式です。 理解し合って結婚したはずの梓、同級生との再会が思わぬことになる雅美、年下の夫のかつての妻に引け目を感じる千晴、昔の恋の後悔から前向きになれない志織。 大人の女性のストーリーです。

愛のかたち

凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。 ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は…… 情けない男の不器用な愛。